行政を動かした地方局の調査報道 「偽りのアサリ」取材が見せた執念

◆報道が社会を変える、報道で社会が変わる

「報道が社会を変える、報道で社会が変わる」という言い方がある。しかし、そんな例は実際はそれほど多くない。まして地方メディアの報道が日本全体に大きな影響を与えるケースとなると、さらに実例は減る。そんな中、名古屋のテレビ局・CBCが追いかけた調査報道「偽りのアサリ」は「報道が社会を動かす」を目に見える形で見せてくれた。

「偽りのアサリ」。YouTubeで公開されている番組の一場面

スーパーなどで売られている活アサリの大半は「熊本産」と表示され、消費者はそれを信じていた。ところが、実際はそのほとんどが中国産だった―。衝撃の事実である。多くの人が気づかずにいた、その大規模な産地偽装の実態を暴いてみせたのが、CBCの「偽りのアサリ」だった。報道によってスーパーから「熊本産アサリ」は消え、現地では出荷停止の処分も行われた。農林水産省や熊本県、業者も巻き込んで、抜本的な対策が講じられることになっていく。

名古屋のテレビ局がなぜ、九州で行われていたアサリの産地偽装を取り上げたのか? それは愛知県・三河湾のアサリ漁師らから「アサリの漁獲量は愛知県が全国一。それなのに店頭では愛知県産ではなく、熊本産ばかりが出回っている」といった話を聞いたことに始まる。CBCにとって、熊本産アサリの問題は遠い地域の出来事ではなかったのだ。

◆「ここで諦めたら永遠に闇に埋もれてしまう」

日本記者クラブ会報2022年3月号に記された取材メンバー・吉田駿平氏の「追跡5年、顔出し実名決め手」によると、取材の端緒は5年前に遡る。そのとき、吉田氏はCBCの豊橋支社勤務だった。そして三河アサリの資源確保に奔走する漁業者らに密着しているとき、中国産・韓国産の輸入ものが偽装されているという情報を得た。そして有明海に通い、偽装の現場をカメラに収めていく。

吉田氏は書いている。

だが、核心を突いた証言を得られないまま2021年7月に報道部から東京支社営業部に異動になり記者職を離れた。
取材を始めて5年、全国に流通する“熊本産”アサリのほとんどが偽装されたものだとの核心はあった。ここで諦めたらこの問題は永遠に闇に埋もれてしまうかもしれない。営業部に異動後も関係者と連絡を取り合い、大規模なアサリ産地偽装の当事者だった吉川昌秀氏にたどり着いた。当初は取材に難色を示していたが、長年続いていた偽装を断ち切りたいとの思いから実名・顔出しでの告発を決心してくれた。

CBCの公式HPから

一連の取材の集大成となる番組は今年3月末、「偽りのアサリー追跡1000日 産地偽装の闇ー」として放送された。番組は45分。ドキュメンタリーとしては異例の午後9時からのオンエアだった。番組はYouTubeでも公開されており、丹念な調査報道の成り立ちも理解することができる。

最近のテレビ番組では、“告発もの”が実名・顔出しで報じられることは多くない。たいていが匿名であり、顔にはぼかしが入っている。音声を変えることもざらにある。そうしたケースと「実名・顔出し」では、番組の持つ力が違う。また、部署が変わってもこの問題に執着した吉田氏の粘りも大きかった。地方の民放では、記者・制作の部署から営業系に異動することも珍しくない。吉田氏はそこも乗り越えた。この問題は今年1月、TBSの「報道特集」で全国放送され、行政を動かす結果になった。吉田氏らの粘りや努力がなければ、「報道が社会を変える」ことも達成されなかっただろう。

■参考URL

【中国産が国産…ニセアサリ1000日の追跡取材の記録】「偽りのアサリ ~追跡1000日 産地偽装の闇~」(CBCドキュメンタリー・YouTube公式チャンネル、2022年4月1日)
“熊本県産アサリ”の産地偽装を暴いた名古屋CBCテレビの調査報道(フロントラインプレス 2022年2月3日)
顧客情報の政治利用という大問題 「注意」処分で幕引き急ぐ日本郵便 追う調査報道(フロントラインプレス 2022年2月2日)

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