独裁色強める「プーチニズム」、リベラル派が去り側近も処罰された 「暴走」止める勢力なし

2月、モスクワで記者会見するロシアのプーチン大統領(ロイター=共同)

 ロシアのプーチン政権がウクライナ侵攻後、ますます独裁色を強めている。侵攻に反対するリベラル派の主要人物は相次いで政権を去る一方、ウクライナ問題を担当していた情報機関側近は逮捕され、「プーチニズム」を演出し政権の中核にいたスルコフ氏拘束の情報も流れた。対ウクライナ強硬路線の失敗を部下に負わせたとの指摘もある中、その「暴走」を止める勢力はもはやない。独立系メディアの報道などを基に、ロシア政界の現状を追った。(共同通信=太田清)

 ▽リベラル派が次々と…

 2月24日の侵攻前日に、大統領特別代表(国際協力担当)のチュバイス氏が辞任したことが明らかになった。同氏はエリツィン政権時代、第1副首相、大統領府長官など要職を歴任。間接的ながらプーチン氏が大統領府で働くきっかけを作り、プーチン政権下では長年、国営電力企業社長を務めた。リベラル系政党「右派連合」幹部も務め、政権内で数少ないリベラル派だった。侵攻に同意できなかったことが理由とみられる。その後、イスタンブールの空港で姿が確認されて以降、動向は不明だ。

2016年12月、チェリャビンスクでプーチン大統領(左)と話すチュバイス氏(ゲッティ=共同)

 リベラル派では、ロシアの先端技術開発を担う「スコルコボ財団」の代表ドボルコビッチ元副首相も辞任した。米メディアに対し反戦発言を行ったことで、与党議員などから辞任を要求されていた。同氏は経済担当の大統領補佐官、副首相などを歴任した。

 また、ブルームバーグ通信などによると、ロシアの銀行システム近代化に大きな役割を果たし、ロシアのベストバンカーとして国際的な評判も高いナビウリナ中央銀行総裁も侵攻後に辞意を表明。プーチン大統領の説得により、その後撤回したという。

ナビウリナ氏(ロイター=共同)

 ▽インナーサークルにも異変

 以上、挙げた人物たちはいずれもロシアの経済分野を中心とするリベラル派だが、政権の中核を担う軍・情報機関出身の「シロビキ」で構成されるインナーサークルでも異変が起きている。

 英紙タイムズによると、侵攻前にウクライナについて正確な情報を提供しなかったとして旧ソ連国家保安委員会(KGB)の後継機関、連邦保安局(FSB)の職員150人が解任された。いずれも、ウクライナなど旧ソ連構成国への政治工作などを担当する第5局の職員で、虚偽情報とはウクライナ軍の抵抗や同国の政治体制などについての間違った情報を指すと思われる。第5局は1998年にプーチン大統領がFSB長官だった際に前身組織が創設された。

ウクライナ首都キーウ(キエフ)近郊ブチャで親戚の遺体を確認し泣く女性=4月13日(ゲッティ=共同)

 中でも、注目されたのが第5局の局長、セルゲイ・ベセダ氏だ。同氏は自宅軟禁の後、逮捕され、秘密警察による政治犯の尋問や拷問で旧ソ連時代から悪名高いレフォルトボ刑務所に収監された。上級大将の階級を持ち、長年第5局を指揮してきた高官を、単に解職するだけにとどまらず、FSBが管理する刑務所に収監までした理由は明らかではないが、対ウクライナ工作での資金横領疑惑のほか、独立系メディアは米国の情報機関に侵攻に関する情報を漏えいした疑いが持たれている可能性を指摘した。いずれにしろ、プーチン政権はウクライナへの政治工作を担当していた組織を、そのトップごと追放してしまった。

 ▽体制のイデオローグまで処罰

 さらに関係者を驚かせたのが、元副首相のウラジスラフ・スルコフ氏の拘束と、それに続く自宅軟禁の情報だ。情報を明らかにしたのは元下院議員イリヤ・ポノマリョフ氏で、同氏は2014年のロシアによるクリミア編入で、下院の中で唯一、編入に反対票を投じ、その後、政治的迫害を逃れるため米国に亡命した。ポノマリョフ氏のSNSでの発言に対し、ペスコフ大統領報道官は「そうした情報を持ち合わせていない」と、否定も肯定もしなかった。

スルコフ氏(ゲッティ=共同)

 スルコフ氏は副首相の他、大統領府副長官、補佐官などを歴任。プーチン体制のイデオローグとして、ロシアの伝統を重視し市民の権利より国家の利益を重視する「主権民主主義」を提唱、体制内野党設立など「灰色の枢機卿」として数々の政界工作に関与。プーチン大統領を信奉する青年組織「ナーシ」を創設したことでも知られる。

 スルコフ氏はプーチン大統領からウクライナなど旧ソ連諸国への工作を任され、まさに同氏がヤヌコビッチ親ロシア政権への資金供与、2014年のクリミア編入、東部ドンバス地域への介入などロシアの対ウクライナ政策を一手に引き受けてきたとされる。しかし、2020年2月、プーチン大統領はスルコフ氏を突然、補佐官から解任。その理由についてクレムリンは明らかにしていない。

 スルコフ氏の拘束について、ポノマリョフ氏はドンバス地域の親ロシア勢力に提供された巨額資金の横領容疑を挙げるが、ウクライナ侵攻後の今、なぜ突然、拘束する必要があったのか不明だ。ウクライナ軍の抵抗などにより、軍事作戦が予想以上に難航していることに対する、責任追及との見方も強い。

 ▽残された側近たち

 プーチン氏のワンマンぶりを強く印象づけたのが、侵攻直前に国営テレビで流された最高意思決定機関、安全保障会議でのやりとり。ウクライナ東部のドンバス地域の独立承認が討議されたが、同会議の様子がテレビで伝えられるのは極めて異例だ。

ナルイシキン氏(ゲッティ=共同)

 下院議長、大統領府長官を務めた大物のナルイシキン対外情報局長官は、プーチン氏の意に反してウクライナに譲歩させるよう西側諸国に最後の機会を与えるよう進言したが、プーチン氏から独立の賛否を「はっきり答えて」と詰め寄られ、口ごもりながら「独立承認」を「ロシアへの編入」と取り違えるなどろうばい。結局、会議ではプーチン氏提案の独立が全会一致で承認された。そのナルイシキン氏も、最近のロシア誌への論文で「米国はウクライナでの戦闘を長引かせ、紛争をアフガニスタンのようにしようとしている」と批判するなど、強硬派ぶりをアピールしている。

 ウクライナ侵攻を主導するメンバーを見てみると、ショイグ国防相、ラブロフ外相、ゲラシモフ参謀総長、パトルシェフ安保会議書記、ボルトニコフFSB長官ら、すべて軍事作戦について強硬派で、プーチン大統領の庇護を受けてきた側近ばかり。侵攻を巡るプーチン氏の判断に世界の注目が集まる中、停戦交渉を促すような側近はまったくいない。

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