70歳のロックバンド・ムーンライダーズが高らかに宣言した “老齢ロックの夜明け”  11年ぶりのアルバム「it's the moooonriders」リリース! 聴いて実感、正真正銘のロックバンドの音

ムーンライダーズ11年ぶりのアルバム「it's the moooonriders」

ここのところ、私はリマインダーで還暦を迎えたバンドのコラムをいくつか書いているのだが、今回は+10歳=70歳、古希のロックバンドについてのコラムで行こうではないか!

2022年4月20日、ムーンライダーズは11年ぶりのアルバム『It's the moooonriders』をリリースした。

鈴木慶一曰く、長いキャリアの中で今回の作品では大きな変化がいくつかあったという。

まず、最大の変化は、レコーディング前の各メンバーからの曲提出において、かしぶち哲郎の作品がひとつもなかったとのこと…

当たり前だ。

ムーンライダーズのオリジナルメンバーでドラマーのかしぶち哲郎は、2013年12月17日に他界している。

かしぶちは、これまでのライダーズ作品においてもアルバムの核となる楽曲をいくつも残してきたメンバーで、その作風もメンバーの中では最もロマンチックでありながらも、時にはエロチックなものがあったりして、かなり個性的な作品を残してきたメンバーといえるだろう。かしぶちの不在を意識して、それを埋めるかのような作風のものを作ってきたメンバーもいたという。

次に大きな変化として挙げていたことは、ヴァイオリン、トランペットの武川雅寛が大病を患ったことだ。武川は、2015年に大動脈解離を患い死に直面し、そこから生還した。しかし、その際に声帯が傷付き、かすれた声になってしまったのだ。

そのことに対して鈴木慶一は、今まで出ていた声を失ったのではなく、かすれた声という新たな個性を手に入れることができたと考えたそうだ。

これ以外にもキーボードの岡田徹は2021年に圧迫骨折により入院。ギターの白井良明も、2022年正月から体調不良で入院している。

メンバーの年齢を考えれば、仕方のないことなのだが、ロックバンドとしては満身創痍の状態で、デビュー46年目、11年ぶりの新譜リリースを迎えたわけだ。

こうしたメンバーの健康状態から否が応でも残された時間はそう長くないことを自覚したロックバンドが作る11年ぶりのアルバムとは果たしてどんなものなのだろうか?

奏でられたのは生々しいロックバンドの音

正直なところ、私は期待と怖さが半々な思いで聴いてみたのだが、新作『It's the moooonriders』は生々しいロックバンドの音が鳴っていることにまずは驚きを隠せなかった。

アルバムのオープニング「monorail」からして、かなり不穏な曲調の中をミュジーク・コンクレートのようにメンバーが散文的に語りかけてくる。

ハッキリ言って、不気味で怖いのだが、聴き手に対して、“このアルバムは楽しいだけのポップアルバムではないんだよ” と静かに宣言しているようにも聴こえる。

続く2曲目「岸辺のダンス」でもイントロのバイオリンから不穏なメロディーが炸裂する。

歌詞についても老いを受け入れ、いずれは朽ち果てていくことを達観したような残酷な言葉が並び、前述した武川のかすれ声によるスポークンワードが更に重たくのしかかってくる。

そして、3曲目からは曲調が一転し、ライダーズ流のポップなナンバーが立て続けに展開される。

こうしたポップなナンバーには、今時の80sリバイバル的なシンセの音色が主導したり、シティポップ的なアレンジを施せは現行のポップシーンとの親和性はグッと高まるはずなのだが、トレンドに安直に迎合することなく、ロックバンドとしての王道アレンジと演奏で、あくまで直球勝負を挑んでくるところが何とも潔い。

ムーンライダーズの今を象徴するナンバー「Smile」

そして、アルバムも終盤に差し掛かったところで「Smile」というナンバーが歌われる。タイトルからして、ブライアン・ウィルソンを思わせる内向的でありつつも優しさとやるせなさを内包したポップシンフォニーが奏でられる。

ここで歌われる歌詞の中にムーンライダーズの今を象徴する一節が登場するのだ。

 スマイル スマイル スマイル
 微笑みだけで

 ライフ ライフ ライフ
 今を生きる

2022年、ムーンライダーズは生きること、生命あるロックバンドとして存在することを渇望しているように感じる。この一節はバンドとしての心の叫びとして私にはとても強く、深く響くのだ。

70オーバーの爺さんたちは自分たちの音楽に対してわがまま?

そして、本作のラストナンバー「私は愚民」は9分に及ぶ長尺曲。曲の後半からはメロディーもボーカルもなくなり、キング・クリムゾンかソニック・ユースと言われても納得してしまうようなエクスペリメンタルなノイズ・インプロビゼーションが展開されアルバムは幕を閉じる。

アルバムの最初と最後に重くオルタナティブな曲を配置し、中盤はポップな曲想を展開している。

通常、アルバムのオープニングにはポップで分かりやすいものを配置した方が “つかみ” になり、リスナーをすんなり迎え受けることができるのだが、70オーバーの爺さんたちは、そんなに優しくないし、自分たちの音楽に対してはわがままなのだ(←ライダーズ、ここについては若い時からわがままでしたが…)。

アルバム1枚を通して聴くことを明らかに意識した作りであり、聴き終わった後には、オルタナとポップのバランス感の良さとともに、圧倒的で正真正銘のロックバンドの音だという印象が鮮烈に残る。

そこには大人の余裕とか、枯れた魅力、渋さなんて微塵も感じないし、もちろんシングルヒットなんて、鼻っから狙ってもいなければ、時代の最先端のトレンドへの目配せもない。

そこにあるのは、圧倒的な存在感の音がとんでもない説得力で鳴っており、我々、聴き手を圧倒する。

ソロ活動も “超積極的” メンバー全員が独立したアーティスト

そもそも、ムーンライダーズはメンバー全員が独立したアーティストで、ソロやプロデュースワーク、映画音楽からCM、ゲーム音楽までバンド活動と平行して個々の活動にも超積極的。

こうしたバンドの歩みからは、メンバー間の契りというか、同じ釜の飯を食って育ったみたいな一蓮托生なイメージは極めて希薄で、ロックバンドの生き様からは程遠いバンド像を築いてきたように感じる。

しかも、90年代以降には、録音データをメンバー間でやり取りしながら音源制作を進めていく今時のバンドの有り様をいち早く確立し、クールで大人な人間関係で成立しているバンド… というパブリック・イメージを定着させたと断言しても間違いないだろう。

本作のレコーディングにおいても今までの制作手法を大幅に変えることはなかったようで、作曲を担当したメンバーが作ったデモテープをベーシックにして、各メンバーが音を重ねていく作り方は90年代以降のライダーズ作品と同様であり、特に新しい手法ではない。

「it's the moooonriders」を聴いて感じた生への渇望

そんなクールな距離感のバンド活動を長いこと続けてきたにも関わらず、70代を迎えたメンバーが半数になる2022年になって、ロックバンド然とした音の塊をこれでもかと届けてくれたのだ。

こうした音像の変化は、かしぶち哲郎の死やメンバーの健康状態が少なからず影響していることは明らかだろう。

そこには、ロックバンドとしての体力が残っているうちに、生々しいバンドサウンドの決定打になるアルバムを残したいという意識が働いたことはメンバーの置かれた現状を考えれば至極当然のことだろう。

新作『it's the moooonriders』では、メンバーが生きていることの大切さとロックバンド=ムーンライダーズの生への渇望が強く感じられる。

“老齢ロックの夜明け”モード

こうした意識がロックバンドとしての生々しい音像を鳴らさせており、パンク・ニューウェーブの洗礼を浴びて以降の作品としては、最も生々しいロックバンド然とした作品に仕上がっている所以と言えるだろう。

11年間の活動休止期間にも、“活動休止の休止” を宣言し、散発的にライブを行っていたムーンライダーズ。この間は、新作づくりというモードではなく、ライブにおいてバンドとしての体力がどこまであるのかを探っていたように感じられる。

そして、ライブにおいて充分に自主トレを積んで臨んだ新作のレコーディングでは、11年間溜め込んだクリエイティビティを一気に噴出させたような強力な音塊をぶつけてきたのだ。

ロックバンドとして、明らかに新たなフェーズに突入したムーンライダーズ。

鈴木慶一による “一生バンド宣言” も発令されたことで、今後の活動も楽しみで仕方がない。

本作を「老齢ロックの夜明け」と位置づけた現存する日本最古のロックバンドは、音楽ファンが体験したこともない新たな領域にまで我々を連れて行ってくれそうな勢いだ。

こんなに深くて、ポップで、オルタナなお爺さんたちに私は一生ついていこうと思う。

彼らの月夜のドライブがこれからも1日1秒でも長く続くことを願いつつも、健康第一で無理は禁物。怪我しないように転がり続けて欲しいと願うばかりだ!

カタリベ: 岡田浩史

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