【4/23〜、山武市】松尾城と埴谷城の御城印が販売開始

4月23日より、わがまち案内処(山武市観光協会)や道の駅「あずの里いちはら」において松尾城と埴谷城の御城印が発売されます。

販売開始日:
2022年4月23日(土)

販売価格:
各300円(税込)

販売場所:
わがまち案内処(山武市観光協会)
道の駅 あずの里いちはら
千葉ポートタワー
まるごとしすい

※歴×トキにて通販も開始

山武市商工観光課の尾勝さんからコメントをいただけたのでご紹介します。

尾勝さんからのメッセージ

山武市の松尾城、埴谷城の御城印が新しく販売となります。松尾城は明治時代に築かれた日本唯一の三陵郭、埴谷城は関東の中世を揺るがせた上総本一揆の拠点となった城です。ともにその歴史的価値は高く、この両城の価値を山城ガールむつみさんが素晴らしい図柄にデザインしてくれました。山武市の新しい誇りとなる名品です。全国の御城印ファンの皆様、よろしくお願いいたします。

デザインを担当された山城ガールむつみさんからもコメントをいただけましたのでお読みください。

山城ガールむつみさんからのメッセージ

松尾城は明治2年に築かれた松尾藩の城です。明治元年に徳川家が駿河、遠江に移封になったことを受けて遠江国掛川藩は上総国に国替えとなり、西洋の稜堡式多角形要塞の建築が始まりました。掛川城にあった「松尾池」などに因み、城名を「松尾城」とし、太田資美を藩主とする松尾藩5万石が成立しましたが、未完のまま廃城となりました。

松尾城の御城印には、松尾藩主太田氏の家紋「丸に桔梗」「違い鏑矢」をデザインし、「臨時築法四稜城之図」をモチーフにしました。さらに御城印には掛川城の天守をデザインしました。掛川城から移封になりながらも、新たな城名と藩名に「松尾」の名を付けた藩主と藩士らの想いが偲ばれます。

埴谷城の詳細は不明ですが、上杉禅秀家臣の埴谷氏や、千葉一族宍倉氏との関連が指摘されています。埴谷氏は、秩父平氏を出自とすると伝わり、関東管領を務める家柄の犬懸上杉氏の執事だったといわれています。犬懸上杉氏は上総国守護を務めていたため、埴谷氏がいずれかの段階で上総国埴谷に入植したと考えられます。上杉禅秀の乱が勃発し、禅秀は鎌倉で自害しますが、上総国内でそれらに対する不満から上総本一揆とよばれる一揆が形成され、その拠点のひとつが埴谷城だったと考えられています。

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