アメリカの投資ファンドの儲け方にみる、日本とは対照的なアメリカ的な発想とは

アメリカでは、投資ファンドがベンチャー企業へ出資し、出資を受けた企業が躍進することで、経済を活性化させるという好循環が生まれています。この構造は、どのように作られたのでしょうか?

産経新聞特別記者・編集委員兼論説委員の田村 秀男氏の著書『「経済成長」とは何か - 日本人の給料が25年上がらない理由 -』(ワニ・プラス)より、一部を抜粋・編集して「アメリカの経済成長の構造」について解説します。


アメリカにおける金融経済の位置

金融は現代経済では最も重要な市場になっていますが、そもそもそのきっかけは何でしよう。最初のきっかけになったのはやはりドルと金の交換停止、一九七十一年のニクソンショックです。ここから金融の自由化がどんどん進められました。さらにIT化、グローバル化でお金の移動が自由になっていきました。これがアメリカ主導で拡大していきました。金融市場が巨大になっていったのです。

ところが、金融市場がとても大きくなったのは事実ですが、アメリカには非常にうまい仕掛けがあって、金融経済から実体経済にお金がきちんと流れるようになっているのです。

その仕組みのひとつは家計の金融資産の構成です。恐らく現価(現金価格)の比率は一割か二割です。ほとんど七割くらいが株式絡みです。金融市場の要である株です。

株価が上がると、アメリカの景気は確実に良くなるのです。格差問題はありますが、株価が上がると株を持っていればいるほど儲かります。トータルとしては購買力が大きくなる。それで消費が支えられるということです。

低所得者にも影響がないわけではありません。年金があるからです。アメリカの場合、退職年金――教職員、公務員、GM等の企業年金等――はことごとく株で運営されています。株価が上がると年金の運用成績がよくなるわけです。年金をきちんと払える。リタイアした人も安心して暮らせるという側面が出てきます。

だから、株価が上がるということはアメリカの消費を支える、あるいは国民の広い意味での厚生福祉を支えるという意味で大きな要素なのです。株価が動くと、実体経済が活性化する、要するに実体経済にリターンが流れてくるということです。実体経済と金融経済との間に断絶がないということです。

もうひとつの仕組みが、アメリカの場合、ベンチャーはとくにそうですが、銀行借り入れではなく、すぐ上場します。少し成功しかけたら、IPO(新規公開株)、新規上場すればいい。

正直なところ成功率は高くありませんが、投資家にも目利きが多くIPOは活発です。ベンチャーの育つ土壌があるのです。

投資家からすると、当たりはずれはあるかもしれませんが、当たれば大きいわけです。当たれば大きいというのはリスクも高くて確実性に欠けます。では普段このような投資家たちはどこで儲けているかというと、株式市場です。株式市場で原資を確保しています。そのため資金的ゆとりもあるから、めぼしいベンチャーを見つけて、「じゃあ、お前のところに一〇万ドル投資してあげるから、これでやってみろ」と出資する。取りっぱぐれる場合ももちろんありますが、儲かると大きいのです。もし株式市場が低調だとすると、これはできない。

このように、アメリカの実体経済と金融経済の関係は非常にうまくできているのです。

一方、日本ではアベノミクスの効果で株価が上がっても、ベンチャーが育つということにはなかなかならない。一部の株式投資家が儲かっているだけです。家計の金融資産の構成は、依然として現預金が五割から下がりませんから。よく街頭インタビューで、「株価が上がっても自分のところは関係ない」という回答がありますが、金融資産構成を考慮すれば尤もなことです。

ただ、自分の給料をどんどん株式に投資して大損したら取り返しがつかないということも当然出てくる話です。ゆとりのない投資は危険です。アメリカの、ベンチャーに投資する人たちはゆとりがあるからこそ、投資できているのです。

アメリカには金融経済と実体経済がうまく組み合う仕組みが、法律や制度がとくにあるわけではありませんが、自然に出来あがっているのです。これはもうカルチャーです。

政策の是非、その判断基準

アメリカの場合、すべての人が出身や階級に関係なく自らの努力で成功を挑むことができるという、所謂アメリカン・ドリームの価値観があります。ある種アメリカの美」ですね。「努力すれば報われる」ということは、先にも説明しましたが「誰にでもチャンスがある環境」がきちんと整備してあることが前提となるので、マクロの経済環境に基づいたものです。つまり経済成長しなかったら、あり得ないことなのです。

もしアメリカで日本のようにゼロ成長やマイナス成長が四半世紀以上も続いたらどうなるでしょう。恐らく内乱状態で毎日のように人を殺し合うことになったでしょう。最近でもアメリカでは人種的な対立などいろいろな軋轢は起きていますが、恐らくその比ではないでしょう。

一方、私がワシントンに駐在した一九八〇年代の半ばから後半に比べると、いま、アフリカ系アメリカ人の富裕物も結構増えています。それだけ経済が成熟したと言っていいでしょう。アメリカという国はそれだけの新たな活力を生み、不平等は同時に出来ますが、逆にそれまでの不平等は解消されています。絶えず更新されていると私は思います。

「アメリカという国はいつまで経っても格差が拡大していて、差別もあって問題なんだ」と言われますが、それでもアメリカに惹かれる人が多い、移住を希望する人が多いというのは、やはり希望がある、それは経済成長を続けているからです。

私はアメリカから国境を越えて、メキシコに足を延ばしたことが何度もありますが、いつも両国の落差に愕然としました。例えばアメリカのテキサス州エルバソとメキシコのシウダー・ファレス、アメリカのサンディエゴとメキシコのティファナは同じ気候風土です。ところが国境を越えてメキシコに入ったとたんにバラックがバンバンあって、道はガタガダです。なぜこんなことが起きるのでしょう。

両国民の能力にそんな差があるのでしょうか。人間というものにはそんなに大きな能力はないはずです。実際、ヒスパニック系はカリフォルニアにもテキサスにもたくさんいますし、社会的にも活躍しています。気候風土はむしろメキシコのほうが恵まれているくらいの印象ですが、インフラ整備は全然ダメ。それから教育をしっかりと受けた人が極めて少ない。貧困層が多い。そうなると政策がおかしいということになります。

政策がおかしいか否かを何によって判別するかというと、やはり経済政策――経済を成長させて、チャンスを公平に行き渡らせるような政策――が肝要になると思います。残念ながらメキシコはそれがお粗末なのでしょう。教育の問題ももちろんあります。政府がしっかり教育に投資していないと、人財が育つはずもないですから。アメリカとメキシコ、国境を挟んでこれほどの格差が生じるのは不思議ですが、それは政策が間違っているのでメキシコが経済成長していないわけではありません。

メキシコが経済成長していないわけではありません。ある程度はしているのでしょうが、欲ある人にチャンスを与えるよう、環境を整えるまでには及ばないのだと思います。汚職が多いということもあるかもしれません。

実際にアメリカの企業をはじめ、各国企業がメキシコは労働賃金が安いから、喜んで進出しています。ただ繰り返しますが、周りのインフラはひどい。これは民度の問題とする向きはありますが、メキシコにも優れた人も勤勉な人もたくさんいます。教育が行きとどけば、そして将来に希望が持てる環境が整えば、ずいぶん変わってくるでしょう。

メキシコは慢性的に金融危機が起きるので、安定しません。そもそも開発が目的とはいえ、外国の銀行からお金を借りすぎです。第一次と第二次のオイルショックの頃にアメリカの銀行を中心に、メキシコに貸しまくりました。それが焦げ付いているのです。

アメリカの構造から得られる"ヒント"

いまの日本でベンチャーを起こしても、国内マーケットが伸びないのであれば、投資家は見向きもしないでしょう。加えて既存のメーカーが大きなシェアを持っていますから、これを崩すのも容易ではありません。よほどの素晴らしい発明をしないと難しいでしょう。

例えばどこかの大学のベンチャーが画期的な発明をして、成功しそうだという話は出てくる。こういう例は大学のブランドである程度の信用を得て、技術開発にお金が入ります。こういうパターンがあることはありますが、次々と出ているわけではありません。

先に出したアメリカの、ベンチャーに対する投資ファンドが出資する体制は理に適っていると思います。日本のような銀行中心の金融制度ですと、「担保はどのくらいありますか」など審査がややこしいのと、土地の値段が上がらないと貸し出しも難しいということになりますから。

それに対してアメリカの場合、ベンチャー投資の専門家が見定めて、「これはいける」と即時判断ができる環境があります。こういうカタチでお金が金融経済から実体経済へと活発に循環している。先ほどから何度も言ってますが、アメリカはそういう部分ではすごく健全な構造を持っています。投資家がリスクを取ってお金が回って、需要を生んで好循になる。投資先が成功すれば、当然リスクを取った投資家は儲ける。

日本も資本主義である以上、同じ構造であるはずです。しかし経済というものは、とくに国内の需要が委縮している、つまり経済のパイが大きくなる可能性が望めない場合は、誰もリスクを取ろうとしません。だから、雇用を増やそうともしませんし、イノベーションの推進――それに向けての人材確保、機械設備やシステムの導入についても、気後れしてしまいます。そのため、新しく育ってきた人材が新しいことにチャレンジする機会が小さくなってしまいます。

こうなってしまうと民間ではどうしようもない。結局、政府が戦略的に出動していくしか方法はないのです。

会社は、"商品"だけれども例外がある

アメリカの投資ファンドの儲け方はこんな感じです。

まず上場企業の株をTOBで買い取って非上場にします。そのうえで「物言う株主」なと経営に口出しする人たちを排除して、その会社を部門別に切り売りするわけです。買い上げた株の支出はありますが、その何倍かで売れれば倍返しで儲かります。これが投資フアンドの手口です。

先日の東芝ガバナンス問題では、これをやろうとしたのでしょう。「東芝ほどの名門企業でそこまでやるか、冗談じゃない。日本を代表する会社だ」と騒ぎになった。しかも東芝には原子力事業があります。日本の原子力発電は福島第一原子力発電所の事故で大変困難な状況になっていて、東芝はウエスティングハウスを買収して大失敗をしたとはいえ、やはり日本を代表する原子力技術を持っています。航空宇宙技術も持っていますし、防衛産業にも関連があります。このような日本の国家安全保障の根幹に関わる企業を切り売りするとは何事だという話が出ています。「日経新聞」などは、盛んにアメリカの投資ファンドの手口を褒め称えますが、「何を考えてるんだ、会社は商品じゃないぞ」と。

アメリカ的な発想では、会社もいわゆる商品だとは言いますが、そのアメリカでも国家安全保障に関わる話になると、じつは全然違ってくるのです。例えばボーイングやロッキード・マーチン、ノースロップ・グラマンなどを切り売りするはずはありません。そもそも外資に売るなんてことはあり得ない。そこを『日経新聞』などは取り違えています。彼らはアメリカ型と礼賛しますが、アメリカには国家安全保障という重要な尺度があり、ここに抵触したら一切認めないのです。

それを認めない法律をすぐに作ってしまいます。もしくは昔の法律を引っ張り出してくることもある。さらに大統領令を出すという方法もあります。覇権国ゆえに安全保障に対する意識が強いということもあるでしょう。法令制度が不十分だったら、議会で与野党問わず、すぐ法律を作ってしまうのです。

国家安全保障上、企業を守るという法律がないせいもありますが、ああでもない、こうでもないと時間ばかりかかって、法律が成立しない日本とは対照的です。日本では結局、実質的に外資に「どうぞ、おやりください」みたいなことになってしまう。

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給料が増えないのも、「安いニッポン」に成り下がったのも、すべて経済成長を軽視したことが原因です。
物価が上がらない、そして給料も上がらないことにすっかり慣れきってしまった日本人。ところが、世界中の指導者が第一の目標にしているのは「経済成長」。経済が成長しないと国力が衰え、国民の生活が窮乏するからなのだが、なぜか平成バブル以降の日本政治は経済を成長“させない""政策ばかりを繰り返してきた。その理由とはいったい何か? そして、そもそも「経済」とは、「経済成長」とは何なのかを、日本経済の分岐点に幾度も立ち会った経済記者が説く!

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