お食事処 鶴形 ~ 江戸中期に建てられた歴史を感じる建物で味わう和食

倉敷美観地区の倉敷川に沿って並んでいる白壁の建物。

建物ごとに特徴があるものの、統一された景観に心を動かされます。

もとは蔵だった建物を外観はそのままで、旅館やお食事処、土産物屋に改装され今に至っているのです。

建物を見ていると、ひと際背の高い松が目に入ります。

建物より高く、まっすぐのびた松があるのが「お食事処 鶴形」です。

倉敷美観地区の中心にあり、歴史を感じる和食店「お食事処 鶴形」を取材しました。

倉敷で2番目に古い建物の歴史

お食事処 鶴形の建物の入り口は、飲食の「お食事処 鶴形」と宿泊の「料理旅館 鶴形」の2つがあります。

正面右手が「料理旅館 鶴形」、左手が「お食事処 鶴形(以下、鶴形)」です。

旅館に泊まらなくても食事のみの利用ができます。

中庭は塀に囲まれているため外から見られませんが、にょきっと天高くのびる松が顔をのぞかせています。

2階建ての建物より高い、立派な松です。

倉敷川沿いの通りや、川をゆったりすすむくらしき川舟流しの川舟からもよく見えます。

船頭さんが川舟をこぎながら倉敷の豆知識や歴史を語ってくれますが、鶴形と松の話が登場することがしばしば。

樹齢はおよそ400年だそうです。

倉敷の移り変わりを高いところから眺めてきたのでしょうか。

鶴形の建物は松より若いですが、それでも江戸中期の1744年に建てられたものです。

1744年は、どのような年だったのでしょう。

調べてみるとヨーロッパではオーストリア継承戦争中であり、日本では出雲大社の本殿が完成したのだそうです。

あまりピンと来なくとも、ずいぶんと昔のように感じるのではないでしょうか。

倉敷のなかでは2番目に古い建物なんだとか。

1970年に旅館とお食事処へ変わるまでは、油問屋でした。

蔵を改装した客室があったり、2階の造りは倉庫だった名残があったり。

必要最低限の改装のため、随所に歴史を感じられます

鶴形のメニュー

食事のみの利用なら左側の入り口から入りましょう。

和食店ですが、すべてテーブル席です。

店の真ん中には長テーブルがあり、4人掛けが4卓、通りに面したカウンター席がひとつあります。

メニューは以下の通りです。

2023年(令和5年)4月時点の情報。価格は消費税込

以前は夜の膳など、3区分で営業していましたが、2023年4月現在は昼の膳のみの営業となっています。

名物 鯛茶漬け

鶴形の名物メニューはランチ名のとおり、「名物 鯛茶漬け」です。

茶漬けと聞いて、どのようなイメージが浮かんでくるでしょうか。

筆者の場合は、白ご飯の上にあられと梅干がちょこんとのって、質素なイメージです。

ただ、鶴形の茶漬けは質素とはほど遠く、豪華

筆者のお茶漬けの概念を思いっきり崩す豪華なものでした。

丼ぶりにこんもりと盛られた鯛にくぎ付けに。

すりゴマのたれが鯛にしっかりかかって、香ばしい香りが漂います。

まずはお茶をかけずにぱくり。

鯛のヅケ丼のようで、お茶をかけなくても十分においしく味わえる丼ぶりです。

大きくて厚みのある鯛は白ご飯と相性ばつぐん。

次にお茶漬けに。

お茶をかけて少し蒸らして食べるのがおすすめだそうです。

蒸らすことで鯛の身がふわっと。

お茶に鯛とゴマだれの旨みが溶けだして、丼ぶり全体に行き渡ります。

今まで食べたことのない贅沢(ぜいたく)なお茶漬けを堪能しました。

副菜が2つと汁物が付いているので、お茶漬けがすすみます。

国産牛すき焼き鍋

ぐつぐつと食欲をそそる匂いをさせながら運ばれる国産牛すき焼き鍋。

最初から鉄鍋にうどんも入っています。

鶴形のすき焼きはあとから半熟卵をいれるスタイルです。

筆者の家庭のすき焼きは生卵を溶かして、そこへ肉などを入れて食べるので、半熟卵をのせる食べかたもあると初めて知りました。

卵なしでもしっかりと割り下の甘い味がしみ込んでいるので、まずはそのままで食べるのもおすすめです。

しっかりと味わってから、好きなタイミングで卵を入れてくださいね。

おすすめ昼膳 鶴風

季節によってメニューが変わる「鶴風」はお造りや焼き物、甘味などがあります。

さまざまな味を少しずつ食べたいかたにおすすめです。

▼鶏の南蛮漬けや積み上げ湯葉など。どれから食べるか迷います。

▼レンコン餅、マイタケ、青唐の揚げ物です。天だし餡がかかっています。

天井のない2階席

通常、食事は1階のお食事処でとりますが、団体客の利用やイベント時に2階席が使われるそうです。

部屋に入ると大きな梁や柱に目を奪われますが、構造にも驚きます。

天井がないため、本来屋根裏の部分がむき出しに。

2階席はもともと油問屋の倉庫だったため天井がないのだとか。

かつて瀬戸内海にいた村上水軍の船をつくったひとが鶴形の建設に携わったため、梁の組みかたが船の底の作りかたと同じだそうです。

湾曲しているのは重たさを逃がすために、あえてこの形をしているのではないかといわれています。

梁も見事ですが、壁の書にも目が行くのではないでしょうか。

部屋の中央に板画家、棟方志功の書「鶴風」が飾られています。

この鶴風と店の裏側にそびえる鶴形山の「鶴」から取って、店名が「鶴形」になったそうです。

倉敷の歴史を感じる和食店

江戸中期に建てられた鶴形は、随所に油問屋だった名残があります。

建てられてから約280年が経っているものの古さを感じません。

むしろ数十年しか建っていないのではと思うほど、すみずみまできれいで清潔感があります。

鶴形の料理と建物について支配人の村上裕人(むらかみ ひろと)さんと、料理長の片岡清人(かたおかきよと)さんに話を聞きました。

支配人の村上裕人さんと料理長の片岡清人さんにインタビュー

観光地、倉敷美観地区の真ん中にある「お食事処 鶴形」。

約280年の歴史がある建物で、旅館とお食事処を支える支配人の村上裕人さんと料理長の片岡清人さんに話を聞きました。

インタビューは2022年7月の初回取材時に行った内容を掲載しています。

左:料理長の片岡さん、右:支配人の村上さん

鶴形の建物について

──建物の歴史について教えてください。

村上(敬称略)──

1744年の江戸時代に建ちました。約280年前の建物で、現在のところ倉敷で2番目の古さです。

1番古い建物は鶴形のすぐ裏(本町通り)にある井上家住宅です。

鶴形はもともと油問屋でした。

旅館になったのは1970年で、おととし(2020年)の3月でちょうど50周年を迎えました。

──建物に油問屋としての名残はあるのですか?

村上──

油問屋としてより商家としての名残なら。

この建物が厨子2階造りになっています。

厨子とは物置、倉庫のことで、それが2階にあるという意味です。

倉庫ですから天井はなく、大きな梁はむき出しに。

窓は小さく、倉敷窓になっていて、空気の入れ替えや光を入れる役割があります。

2階に物品を運ぶため1階の玄関に、昔は階段があったようです。

階段を取り付けていた南京錠だけは残っています。しかし私たちは階段を見たことはありません。

玄関の天井にある南京錠の鍵穴

通りからお食事処へ入る入り口には3段の段差があります。

さらに奥の蔵を改装した客室へ入るときはもう3段あります。

ですから、かなり貴重なものを蔵に納めていたのだろうと。

以前は高梁川が東高梁川と西高梁川の2本ありました。

鶴形の近くに川が流れていて、当時はよく洪水があったようです。

大原美術館は入り口前に7段の段差がありますよね。緑御殿もあがっています。

緑御殿は有隣荘の別名。有隣荘は大原孫三郎が建てた大原家の旧別邸です。

昔のかたは水への意識が高かったのでしょうね。

大切なものは奥へ、高いほうへ置いていたようです。

鶴形の料理について

──名物の鯛茶漬けについて教えてください。

村上──

鯛茶漬けのたれは、醤油とみりんとゴマをベースに合わせています。

たれは2日寝かせて絡めます。

実は、ここまでしかたれのことを知りません。

ついこの間、私がカロリー計算をして取引先にお伝えしようと思ったところ、NGが出まして。

たれのレシピは門外不出なんです。

たれがしっかり染みた鯛。門外不出と聞くと余計レシピが気になります。

たれのレシピは一部の料理人さんしか知らず、料理長が代々受け継いでいるようです。

──片岡さんは最近料理長に就任されましたが、受け継いでいますか?

片岡(敬称略)──

受け継いでいます。

すき焼きの割り下もこだわっていまして、こちらのレシピも門外不出です。

村上──

すき焼き、この匂いに苦しめられるんですよね。すごくいい匂いがしてお腹がすいてしまって。スタッフにとっては辛いんです。

外国人客にも人気

──観光地にありますけれど、お食事されるのは観光客が多いですか?

村上──

お客様の95パーセントは観光客のかたでしょうか。地元客は少ないようです。

コロナ以前は外国人観光客も多くお越しくださいました。

圧倒的にヨーロッパのかたが多く、アジアのかたは少なかったです。

特に瀬戸内国際芸術祭のシーズンは、芸術や美術に興味があるフランスのかたが多いですね。

瀬戸内国際芸術祭は4年に1度開かれます。2022年に開催予定。

外国人のかたもお茶漬けを召し上がります。お箸にご興味があるようです。

外国人のかたは和食そのものだけでなく、箸も興味があるのは意外でした。

宿泊のかたにもお料理をお出ししているのですが、わざわざ着物に着替えてお食事なさる外国人のお客様がいらっしゃいます。

背の高いかたもいらっしゃるんですが、長い足を曲げてでも座敷で召し上がられるかたも。

──お食事処の場所以外でも鶴形の食事が話題になったようですが。

村上──

2018年1月にJALの国内線の機内食を提供しました。メニューすべてを監修させていただきました。

JALの国内線に採用された機内食(提供:鶴形)

2000年には天皇陛下が井原へお越しになられたときに昼食をご提供いたしました。鶴形でお作りし、井原へお運びいたしました。

他には、2017年の将棋の第75期名人戦がここ鶴形で行われまして。佐藤名人と稲葉八段の対局でしたね。我々は昼食のご提供をいたしました。

鶴形の目指しているもの

──今後の展望を教えてください。

村上──

目指しているところがありまして、総支配人からは「凛とした旅館にしなさい」と。

かみ砕くと「きれいな旅館」を目指しています

我々の思っている「きれい」は、掃除が行き届いているだけでなく、お料理や器の使いかた、お客様に対しての所作も。

すべてにおいて「きれい」を目指しております。

3月に訪れたときに、棚の上に飾られていました。

──グループの倉敷国際ホテルとの連携もあるのですか?

村上──

私どもグループは、倉敷国際ホテルとレストラン亀遊亭の洋食も、そして鶴形の和食もあるのがひとつの強みです。

たとえばご宴会の料理ですと最初から最後まですべて洋食だけより、途中に和食の料理があるほうが喜ばれる場合もあります。

そのため鶴形で和食をお造りして、倉敷国際ホテルへお運びすることも。

倉敷国際ホテル

宿泊ですと、和食をご希望のかたへ倉敷国際ホテルに泊って、夕食を鶴形で召し上がっていただくプランもありますし。

逆に、鶴形の朝食付きプランの宿泊者に夕食は倉敷国際ホテルや亀遊亭をご案内する場合もあります。

今後はさらに連携をとって、朝食で倉敷国際ホテルの洋食バイキングより和食がいいかたは、鶴形にお越しくださるようになれば。

今後実現できればと思っています。

おわりに

倉敷で2番目に古い建物「お食事処 鶴形」。倉敷の歴史を感じられる特別な空間での食事は格別ではないでしょうか。

ごく一部の料理人しか知らない秘伝のたれ、割り下を使った料理も気になりますよね。

倉敷美観地区の散策もあわせて鶴形の料理を食べに行きませんか?

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