知られざるモノラル・サウンドの世界、ビートルズはステレオに見向きもしなかった!  ホントのモノラルレコードをしっかりしたモノラル専用カートリッジで聴いてみませんか?

ステレオに興味がなかったビートルズ

ビートルズの場合、1968年11月発売の『The Beatles(ホワイト・アルバム)』が、ステレオとは別にモノラルミックスをつくった最後のアルバムでした。でも、米国では既にモノラル盤の需要はなくなりつつあったので、ステレオ盤のみ発売されました。逆に英国では、次の『Yellow Submarine』(1969年1月)まで、モノラル盤も発売されたようです。

一方、ステレオミックスがつくられるようになったのは3rd アルバムの『A Hard Day’s Night』(1964年7月)からで、それ以前は、モノミックスのみ。で、2トラックのテープレコーダーで、トラック1に楽器、2に歌を録音し、合わせてモノにしていたので、その2トラックを左右のチャンネルにそのまま振り分けてステレオ盤としていました。なので歌と楽器がビシッと左右に分かれている状態。喫茶店で歌しか聴こえてこないなと思ったら、ステレオの左右のスピーカーがすごく離れていた、なんて経験ありますよね?

つまり、60年代半ばの5年ほどで、世の中はモノラルからステレオへガラッと変わったということなんですが、おもしろいことに、『ホワイト・アルバム』の時点でも、ビートルズの面々はステレオにはさほど興味を持っていなかったらしいのです。あんなに実験精神が旺盛だった彼らが、ですよ。それはたとえば、アルバム『Let It Be』をミックスしたアメリカ人プロデューサー、フィル・スペクターも同じでした。『Let It Be』はもうステレオの時代ですが、長いことステレオは好きじゃなく、モノラルでいかに魅力的な音をつくるかにこだわり続けていたそうです。

そういえば映画の世界でも、小津安二郎監督は、50年代に進んでいたカラー化には非常に慎重だったといいます。1958年の『彼岸花』から、会社の命令によりしぶしぶカラーを採用したそうです。音楽と映像を同列で論じることはできないでしょうが、そのマインドには共通するものがあったと思います。

いずれも作品の質にこだわった人たちですから、モノラルやモノクロという枠組みは彼らにとっては、表現への制限などではなかったということだと思います。市場の需要がステレオあるいはカラーに移ってしまったので、しかたなく対応せざるを得なかっただけで、まだまだモノの世界は充分に魅力的な「キャンパス」だったのではないでしょうか。

企業の論理が滅ぼしたモノラル文化

一方、その需要をつくったのはわれわれ一般大衆なのですが、そこには資本主義経済の宿命的とも言える大きな力が働いていました。

モノラルからステレオ、モノクロからカラーという変化は大衆にとってとても分かりやすい。私自身は、能動的に音楽を聴くようになった頃にはすっかりステレオが当たり前だったので、モノラルからの移行は体験していませんし、映画のカラー化などもっと以前のことです。ただ、テレビがカラーになった時のことはよく憶えています。カラーテレビがウチに来た時はそりゃ嬉しかった。家の中がパーッと明るくなったような気がしたものです。当然、当時のカラーテレビに対する需要にはすごい勢いがあったと思います。同じことがステレオ機器にもあったでしょう。電機メーカーにとって最高の稼ぎどころです。分かりやすい変化ですから、放っておいても大衆の購買欲は大きいのですが、ここぞとばかりに各メーカーは、ステレオが(カラーテレビが)いかに夢の世界であるかを強調し、時には誇張し、返す刀で、モノラルが(モノクロが)もはや時代遅れで、何の価値もないもののようにバッサリと切り捨てました。

メーカーとしては当然の振る舞いだったでしょう。しかしその結果、大衆はすっかり洗脳されて、わずか数年でモノラル再生という文化は完璧に忘れ去られました。私は1970年に高校に進学し、その頃から多少オーディオに興味を持って、スピーカーやアンプを自作したりしていたのですが、既にステレオがデフォルトで、モノラル再生なんて考えたこともありませんでした。とにかくオーディオ機器のことを「ステレオ」って呼ぶのがふつうだったのですから。

そもそも仕組みが違うモノラルとステレオ

映像はまだ、カラー対応機器でモノクロ作品もそのまま観れるからいいのです。1984年に公開されたジム・ジャームッシュ監督の『Stranger Than Paradise』はモノクロ映画であったことも人気の一因でしたし、今でもモノクロ映像は、むしろインパクト狙いでしばしば使われますね。モノクロは現役です。

だけど、モノラルは違う。いや、ふつうのステレオオーディオ機器でもモノのレコードを再生はできます。だけど、その本来の音は再現できないのです。

「モノラル専用カートリッジ」というものが、今も販売されています。これはステレオレコードには使えないから「専用」なのですが、要するに、(本当の)モノラルレコードはステレオとは構造が違うのです。逆にステレオは、1本しか溝がないのになぜ左右2つの違う音を再現できるの? と考えたら、その理由が分かります。

レコードはレコード盤に音の波形を凹凸にして刻んで、その溝を針がなぞり、凹凸をカートリッジに伝えます。カートリッジはそれを電気信号にして、アンプはそれを大きくして、スピーカーで音に復元する、という仕組みです。

で、モノラルしかない時代。レコード盤は薄いですから、凹凸を水平方向に刻みました。溝の深さは一定で、横に波が揺れるわけです。

さて時が経ち、それをステレオにしようとした。でも2つの音をどう刻めばいいのか。2本、溝を刻む? とふつう考えますよね。… 実際そういうものもつくったようです。盤の外周から始まる溝と、中ほどから始まる溝、トーンアームにカートリッジを2つくっつけて、両溝に一度に乗せる… 一応ステレオとは区別して「binaural(バイノーラル)」というのですが、なんだかちょっと実直過ぎですねぇ。

でも頭がいい人はいるものです。溝を45度ずつの傾斜にして、片側の斜面に左トラック、もう片側に右トラックの凹凸を刻む。正面から見ると、左の斜面の凹凸は右斜め上方向に針を動かし、右斜面はその逆となります。動きの方向が左右で90度違うので、それぞれ別の信号として取り出せるのです。言葉だけでは解りにくいと思いますが、これは「45-45方式」というそうで、よく考えましたよね。

よく考えられているのですが、ただ、斜め方向の凹凸なので針は縦横に細かく動きます。複雑な分、繊細なんですね。モノラルカートリッジは横方向だけなので、シンプル。だからステレオには使えないのですが、そのシンプルさが音に現れるのです。しっかりとした力強い音。これがモノラル再生の特徴で、ステレオでは得られない魅力なのです。

知られざるモノラルの世界を見てみよう

そんなことを、ほんの数年前までは、私もまったく知りませんでした。「MONO」と書かれたレコードも何枚かはあるけど、ウチのステレオで聴いても、もちろん広がりはないし、なんだか地味なだけ。植え付けられた先入観通り、過去の遺物だと思っていました。またレコード自体も、67、8年くらいまでに製造されたLP、EPじゃないと、基本的にホントの、横方向のみのカッティングではなく、MONOとは書いてあっても、ステレオのカッティングマシーンで刻んだものなのです。先程「本当の」と書いたのはそういう意味です。それくらい、モノラルの文化自体、もう終わったものにされているということですね。

ホントのモノラルレコードをしっかりしたモノラル専用カートリッジで聴く。そんな機会があったら、けっして逃してはなりません。そのダイナミックな音に驚くでしょうし、魅了されると思います。ステレオと違って、生演奏とは聴こえ方自体全然異なるわけですから、「録音音楽の妙」のようなものを改めて発見できるかもしれません(「そんな機会どこにあるんだよー!?」とお嘆きのあなた、ちょうど5月にあるんです! 末尾をご覧ください)。

考えてみれば、昔はこれがありふれた世界で、それを簡単には味わえなくなってしまった現代が、どこかおかしいのでしょうけどね。

だけど、人間というのはほんとにおもしろいもので、誰かしら、何か常にこう、今までなかったものを探求しているんですね。モノラルというテーマでいろいろ調べていたら、こんなものに出会いました。なんと、1956年に制作されたモノラル音源を、音色や周波数で極限まで解析して、完璧なステレオに再構築したものだそうです。

Lisbon Antigua Nelson Riddle {DES Stereo}

これはこれで、脱帽です。


*イベントのお知らせ*

■ 知られざるモノラル・サウンドの世界!
~モノラル専用カートリッジで聴く「いい音&爆音」レコードコンサート~
ビートルズ、ローリング・ストーンズ、ビーチ・ボーイズ、クリーム、坂本九…

開催日:2022年5月26日(木曜)
開場:18:00
開演:19:00
料金:3,500円(税込)
会場:ケネディハウス銀座
ナビゲート:ふくおかとも彦(いい音研究所)、金田有浩(Golden Time Age CLUB)、太田秀樹(Re:minder) 監修:梶原弘希(カジハラ・ラボ) 主催:Golden Time Age CLUB、Re:minder、ヒビノ株式会社

カタリベ: ふくおかとも彦

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