個室に入院する時に請求される「差額ベッド料」、払わなくちゃいけないの? 患者と病院、双方の言い分

石川県の加賀市医療センターの病室(同センターのホームページより)

 病気やけがで入院するとき「お金がいくらぐらいかかるのか」と心配になる人は多いだろう。個室などを利用した際に請求される「差額ベッド料」も支払うことになれば、万単位で膨れ上がってしまう。実はこの差額ベッド料を払わなくてもいいケースがあることをご存じだろうか?厚生労働省は、病院が患者に差額ベッド料を求めてはならない条件を明示している。ただ、請求する病院にも切実な事情がある。コロナ禍で先が見えない患者と病院、双方の実情を追った。(共同通信=山岡文子)

 ▽ルールがあることを知らず…

 医療に関する電話相談を受ける認定NPO法人「ささえあい医療人権センターCOML」には、毎月のように差額ベッド料に関する相談が寄せられる。

 山口育子理事長は「私も払う必要のない差額ベッド料を払ったことがあります」と話す。30年以上前、COMLで活動を始める直前のことだ。「ルールがあることを知らなかったからです」

 当時は「患者は医者の言うことに従っていればいい」という考え方が主流。インターネットで簡単に情報を入手できるわけでもなかった時代だ。

 山口理事長は、医療制度を決めたり、改善を検討したりする政府の会議に参加する、いわば医療情報の専門家だ。その山口理事長でさえ、ずいぶん前のこととはいえ、知らないことがどういうことなのか、身をもって体験した。COMLは差額ベッドに関する相談が多かった1990年代半ば以降、ルールの明確化を求め活動を続けた。今では、かなり改善されたという。

 ▽最高37万8千円

 そもそも「差額ベッド料」とはどういったものだろうか?

 公的保険でカバーされる治療を受ければ、医療機関に払われる対価は「診療報酬」と呼ばれる公定価格として決まっている。患者が窓口で支払う金額は総額の1~3割だ。

 差額ベッド料は、この医療費とは全く別枠で、病院が独自に価格を決める。同じ地域の他の病院の料金を参考にすることもあるが、料金の決め方はさまざまだ。

 国に報告された2019年7月1日時点のデータを確認してみた。差額ベッド料を徴収するのは、130万床のうち2割の26万床。1日当たりの料金は最低50円、最高37万8千円と、驚くほど幅が広い。

 いわゆる「個室」の1人部屋が約18万1千床と最も多い。1日当たりの平均額の推計は約8千円だ。

 実際には4人部屋までOKだが、プライバシーを確保する最低限の広さや環境は、決められている。

 病院で設置できる差額ベッドの割合にも上限がある。一般の病院は全体の5割以下、自治体が運営する病院では3割以下、国が開設している病院は2割以下と定められている。

 ▽「同意」が前提

 厚生労働省も、病院が患者に差額ベッド料を求めてはならない条件を明示している。それは(1)料金を記載した同意書による同意を得ていない場合(2)治療上の必要がある場合(3)病院の都合で、実質的に患者の選択ではない場合―の3点だ。

 特に(3)では「差額ベッド料がかかるベッドしか空いていないときに入院する場合は、料金を徴収できない」と説明する。

 注意が必要なのは「病院が明確かつ懇切丁寧に説明し、その上で患者が同意していることが確認されれば料金を徴収することは差し支えない」という解説があることだ。

 山口理事長は「『懇切丁寧』って形にならないですよね。言った言わないになる可能性が残ります。そのため同意書を提出しているかどうかが決め手になります」。

 特にコロナ禍で、対面による説明を避ける傾向は続く。家族でさえ病室に入れず、丁寧な説明は、むしろ後退しているのが現実だ。

 ▽高齢男性を同意なく個室に入れ料金を請求したケース

 昨年7月、こんな相談がCOMLに寄せられた。

 95歳の祖父が2年間入院している病院から、退院を強く勧める電話があった。その直後から、祖父は個室に入れられたようだ。話し合うため病院へ行った時点で2週間以上が過ぎていた。病院は日をさかのぼって差額ベッド料を支払うよう同意書への署名を求めてきたが、拒否した。その後、日をさかのぼった料金は請求してこなくなったが「大部屋は空いていない」と繰り返し、話し合った日からの料金の支払いを求めてきた。

 山口理事長は「残念ながら、このような問題のある対応をする医療機関は、いまだにあります」と話す。「同意書の提出を求めず、さかのぼって差額ベッド料を請求することは認められていません」

 ▽断りにくくても

 しかし、病院から「大部屋がいっぱいなので、個室に入ってもらえませんか」と言われると、どうだろう。心情的に断りにくい気がする。

 山口理事長は「差額ベッド料の同意書に署名を求められ、どうすればいいか分からなければ『署名はいったん保留させてください』とお願いしてはどうでしょうか」と提案する。「一般論ですが、日本人は契約書の内容を理解した上で署名するという習慣が根付いていなのではないでしょうか」「難しいと感じるかもしれませんが、同意署の署名には慎重になってください」

 「ただ、病院を一方的に批判するのは、よくないと思います」と山口理事長。「コロナの院内感染者を出さないために『ゾーニング』をしたり、大部屋に入る患者さんの人数を減らしたりしています。今は、患者さんだけでなく、病院も大変な事態に直面していることを認識してほしいですね」

認定NPO法人「ささえあい医療人権センターCOML」の山口育子理事長

 ▽正当な請求なのに…

 不適切な請求をする病院がある一方、困惑する病院も少なくないようだ。

 首都圏にある民間の救急病院に勤める事務長によると、差額ベッド料は比較的安く抑え、1万円を超えるのは2床のみ。毎月、約1千万円のベッド料が入るが、それでも設備投資には見合っていない。コロナ患者も受け入れる中、ベッドやスタッフの確保も綱渡りだ。

 差額ベッドからの収入が下がれば、どうなるのか?

 事務長は「ベッドの稼働率を上げたり、外来診療を増やしたりして、他の方法で収益を上げることになります」と説明する。しかし、それにも人件費がかかる。「診療報酬の範囲内で補うのは簡単ではありません」

 ▽「拒否すればいい」が独り歩き

 この病院では、患者が差額ベッド料の支払いに納得できるよう、入院前に看護師が説明し、同意書に署名をもらうことにした。過去には事務担当者が説明していたが、入院後になったり、翌日になったりすることも。そのためか「聞いていない」という苦情も出た。

 だが、この手順を徹底すると、苦情は大幅に減ったという。署名してもらえなくても無理強いだと受け止められかねない説明はしないという。

 ただ、看護師の手間は増えた。看護部長は「正直、急ぎではない手術の患者さんが差額ベッドしか空いていないときに料金を支払いたくないと言われると困惑します」と打ち明ける。

 患者の中には一度は同意して個室に入ったのに「『希望しなかった』と言えば払わなくていいはずだ」と拒否する人もいるという。

 この病院の法人幹部は「料金を払わない患者さんの入院を拒否することは、地域医療を担う病院としてあり得ません」と話す。「でも病院にも事情があることを理解してほしいです」

 中部地方にある民間の救急病院の事務長は「快適な療養環境を望む患者さんに入ってもらうために用意した部屋です。それ以上でもそれ以下でもありません」と話す。この病院の個室に入る患者の8割は、自分から希望して入っているという。

 クレイマーとしか思えない不当な主張をする患者もおり、対応に苦慮することもある。「病院としては、優良な患者さんだけ治療できればいいのですが、そうはいきません。全て織り込み済みで経営しています」

 患者からの苦情が多い病院に共通しているのは「丁寧な説明をしていないことに尽きる」と、この事務長は考える。「ほとんどの病院は、きちんと運用しているのに、全ての病院が悪いように思われるのは迷惑です」と憤る。

 ▽全部個室で差額なしの病院も

 一方、全てを個室にして差額ベッド料を取らない選択をした病院もある。二つの病院を統合し2016年に300床でスタートした石川県の加賀市医療センターだ。ハイケアユニット10床を除く290床全てが個室。ホームページによると、これまでの大部屋では「一日中カーテンでベッドを囲わなければならない」「隣の人のいびきがうるさい」「暑くても寒くても室温を調整できない」といった問題があった。

 医療センターの担当者によると、計画段階から全てを同じ形状の個室としたため、差額ベッド料を取る病室と取らない病室の違いを出すのが難しく、差額ベッド料は取らないことになったという。「病床稼働率を3%程度上げることで、差額ベッド料はカバーできると判断をしました」

 ▽医療費には敏感

 とはいえ、自治体が運営主体の病院なら可能でも、全体の7割を占める民間病院は収益確保のプレッシャーが大きい。

 医師で医療経営が専門の真野俊樹・中央大学大学院教授は「少し乱暴な言い方かもしれませんが差額ベッド料は、病院にとって『手っ取り早く稼げる手段』です」と話す。

 差額ベッド料が最近、問題になってきたのには理由があると指摘する。

 まず、財政が厳しくなってきた国が、公的保険で担う国の負担分を減らし、病院に「自前で稼げる分は稼いでもらう」という流れをつくってきたこと。

 もう一つは日本の景気が悪化し、患者が医療費に敏感になったからだ。

真野俊樹・中央大学大学院教授(本人提供)

 ▽病院に求められるマーケティング

 差額ベッド料は、1日1万円を超えることもある。ホテルなら、消費者は自分が払ってもいい金額で部屋を予約するが、入院はそうもいかない。

 患者が不満に思う原因の一つは「なぜ、この金額なのか」を病院が患者に説明できる根拠がないからだと真野教授は分析する。「ほとんどの病院は、ビジネスでは当たり前のマーケティングをせずに金額を決めているからなんです。いわゆる『言い値』です」

 では、どうすれば、いい方向に変えられるだろうか?

 「個室に入った患者さんに、病院がヒアリングをすることです」と真野教授。「そんなに膨大な人数に聞く必要はありませんが、患者さんが『いくらなら払ってもいい』と思うのかを病院が把握するべきです」

 患者にも、できることはあるのだろうか?

 「医療費が高いか安いかだけに着目せず、医療の仕組みをある程度、学んだほうがいいと思います」と真野教授は提案する。「きちんとした情報に基づかなければ、要望もできません。病院とけんかをするのではなく、正しい情報に基づいて話し合えばいいわけです」

 「大きな視点でみると、日本は国民皆保険制度なので、病院にかかりやすく、医療費も比較的安く抑えられています」と指摘する。「だからといって、コンビニのように利用していいわけではありません。病院で働く医師や看護師に過剰な負担をかけずに医療を守る視点は、患者も持つべきではないでしょうか」

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