ガンダムの世界も夢じゃない!宇宙エレベーターを実現する日本企業の技術

最先端の化学や科学の研究によって、将来の日常が変わるかもしれません。しかし、ニュースなどで紹介されても「難しくてよくわからない」と感じる人も多いのではないでしょうか?

そこで、化学講師・坂田 薫(@kaorukagaku)氏の著書『「家飲みビール」はなぜ美味しくなったのか?』(ワニブックスPLUS新書)より、一部を抜粋・編集して最先端技術を解説。今回は、宇宙エレベーターを実現させる技術「カーボンナノチューブ」を紹介します。


ガンダムの世界が現実に!?

子供の頃、誰もが一度は想像しワクワクした世界が、現実のものになるかもしれません。それは、いつでも誰でも気軽に宇宙に行ける「宇宙エレベーター」。

"宇宙旅行の父"とよばれていたコンスタンチン・ツィオルコフスキー氏が、今から100年以上前に自著の中で記したのが最初といわれています。

それから数々の研究者が宇宙エレベーターの研究をおこなってきましたが、実現性に乏しく、いつしか私たちは「ガンダムの世界の中だけのもの」と割り切るようになりました。

ところが1991年。「あるきっかけ」により、宇宙エレベーターは研究者のあいだで「実現可能な計画」に変わります。そして2012年、総合建設業の大林組は「2050年宇宙エレベーター完成を目指す建設構想」を発表。2018年には静岡大などの研究者が宇宙空間での稼働実験をおこなうなど、構想は実現に向けて急速に進み始めたのです。その「あるきっかけ」とは、いったい何だったのか。それは、1人の博士による、とある素材の発見でした。その名も「カーボンナノチューブ」。日本発のこの素材は、研究者たちの想像をはるかに超えるものでした。

宇宙エレベーターの本当の目的

みなさんは「宇宙エレベーター」と聞いて、真っ先に何を想像しましたか? やはり宇宙旅行でしょうか。宇宙エレベーターが完成すれば、高度400㎞にある宇宙ステーションまで日帰り旅行が可能になるといわれています。「今度の週末、ちょっと宇宙行ってくるよ」なんて会話が日常になるかもしれませんね。

しかし、宇宙エレベーターが担う本当の役割は、宇宙旅行よりずっと重要なものです。その役割とは「次世代の宇宙輸送機関」になること。というのも、現在の宇宙輸送機関であるロケットは、いくつかの問題を抱えています。宇宙エレベーターは、それらの問題を解決することができるのです。

1つ目は「輸送コストの問題」。ロケット輸送ではコストが莫大にかかってしまいます。例えば、宇宙空間にメガソーラーを設置するためにはロケットを1000回打ち上げる必要があり、材料輸送費はなんと2772億円だとか。

高いのか安いのかの判断もできない数値ですが、宇宙エレベーターができれば、輸送費は5分の1から10分の1まで抑えられるといいます。少し気が早いですが、エレベーターが複数になったり大型化すれば、さらにコストは下がるでしょうね。

2つ目は「エネルギー問題」。宇宙エレベーターは先述のメガソーラーの設置に貢献するだけでなく、レアメタルなどの鉱物資源を周辺の小惑星で採掘することも期待されています。その理由は、現在、宇宙からの物質を地球上の意図した場所に落下させるのは難しいのですが、宇宙エレベーターができれば、それも解決できるからです。

そして3つ目が「環境問題」。ロケットの打ち上げには燃料を使用していますが、宇宙エレベーターは宇宙太陽光発電衛星などからの電力調達が検討されており、環境にもやさしいのです(宇宙太陽光発電より先に、環境に優しい電力を地球で大量に作る方法が開発されている可能性も十分考えられます)。

そして、近年問題になっている「宇宙ゴミ」。その多くはロケットの打ち上げによるものですが、宇宙エレベーターではその心配もありません。

宇宙エレベーターの仕組み

人類の夢の実現だけでなく、いつかエネルギー資源の限界を迎えるであろう地球から一歩踏み出すため、多くの研究者が宇宙エレベーターの研究をおこなってきました。にもかかわらず、長い間ガンダムの世界から抜け出せなかったのは、なぜなのでしょうか。

その答えは「宇宙エレベーター実現のために必要不可欠なものを作ることができなかったから」です。いったいそれは何なのか。それを知るため、まずは宇宙エレベーターの仕組みを確認してみましょう。

まず、気象観測用衛星「ひまわり」をはじめとする人工衛星は、赤道上空約3万6000㎞にあり、地球の自転と同じスピードで回っています。そのため、地球からは同じ位置に静止しているように見えるので「静止衛星」とよばれています。

例えば車で走行中、隣の車線に同じスピードで走っている車がいたら、その車は止まっているように見えますよね。それと同じです。

では、静止衛星が何かわかったところで、一緒に宇宙エレベーターを作ってみましょう!想像力を働かせて、ついてきてくださいね。まず、静止衛星から地球に向けてケーブルを延ばしていきます。

地球側だけにケーブルを延ばすとバランスを崩すため、地球とは反対側(宇宙側)にも延ばしていき、全体のバランスをうまく調整しながらおこないます。

やがて、ケーブルは地球の表面に到達し、地上と宇宙を結ぶ一本のロープのような状態になります。このケーブルにクライマーとよばれる昇降機を取り付けると、宇宙エレベーターが完成です!

では、大林組が発表している完成予想図を文章で表現してみるので、少しの間、想像力を全開でお願いします!ケーブルの地球側の末端(すなわち地上)にはターミナル。そして宇宙側の末端にはバランスを取るためのおもり(カウンター)が付いていて、ターミナルからカウンターまで、ケーブルがピンと張った状態です。

そして、ターミナルとカウンターのあいだには、地球に近いほうから「低軌道ステーション」「静止軌道ステーション」「火星ステーション」「高軌道ステーション」の4つのステーションが設けられており、ステーションの間を、通常のエレベーターのようにクライマーが昇降しています。

みなさんの頭の中に完成予想図が見えましたか?(「おい、坂田! 説明が下手くそで想像できなかったぞ?」という方は、申し訳ございません。大林組のHPをご覧ください)

この完成予想図。私は何度見てもワクワクします。映画などではなく、現実にそれを人間が作ろうとしているのですから。

宇宙エレベーター実現のために必要不可欠なもの

宇宙エレベーターを全体で見ると、ステーションやカウンターをつけた状態の約1万㎞にもおよぶ長大なケーブルがピンと張った状態を保って、地球と同じ速さで回っていることになります。この状態を保つことができるのは、ケーブルに2つの力が働いているためです。

1つはみなさんもご存知の「地球の重力」すなわち「万有引力」です。これにより、地球側に引っ張られる力が働いています。重力は重いものほど強くなります。

もう1つは、宇宙側に引っ張られる力「遠心力」です。ハンマー投げを思い浮かべてみましょう。おもりのついた鎖を振り回すと、おもりのほうへ体が引っ張られそうになりますね。これが遠心力です。遠心力も重いものほど強くなります。宇宙側の先端につけたカウンターは、遠心力を十分なものにし、万有引力とのバランスを取るためだったのです。地球側に向けてはたらく「万有引力」と宇宙側に向けてはたらく「遠心力」。この2つの力によって、宇宙エレベーターのケーブルはピンと張った状態を保つことができるのです。

問題は、その2つの力の「強さ」です。宇宙エレベーターは、先端のカウンターだけでも約37t。ステーションやケーブル自体の重さもあるため、総重量は100tにもおよぶといわれています。そのため、万有引力も遠心力も非常に強くなり、ケーブルはその強い2つの力に引っ張られ続けるのです。

丈夫な素材といわれている鋼鉄やケブラー繊維でさえ、この強い力にはかないません。そうです。宇宙エレベーターをガンダムの世界から現実世界に引きずり出すには、この強い力に耐えられる素材が必要だったのです! 長い間、人類はその素材を手に入れることができませんでした。しかし、1991年。ついに飯島澄男博士によって「カーボンナノチューブ」が発見されたのです。

カーボンナノチューブとその特徴

「カーボンCarbon」は炭素C、「ナノNano」は0億分の1を表す接頭辞、「チュープTube」は筒状のものを表しています。その名の通り、カーボンナノチューブ(以下、CNT)は「炭素C(だけ)でできているとっても細い筒」で、大きく分けて2種類あります。普通のチューブ状の「単層CNT」と、バームクーヘンのようにチューブが層状になった「多層CNT」です。

CNTの特徴の1つ目は「細いのに強い」です。CNTは炭素C原子同士の結合だけからできていますが、この結合が非常に強いため、髪の毛の5万分の1の細さでありながら、鋼鉄の10倍以上の強さを持っています。この強さが、宇宙エレベーターのケーブル材料として期待される一番の理由です。

ちなみに、炭素C原子のみからできている物質に、女性の大好きなダイヤモンドがあります。ダイヤモンドとCNTは炭素C原子の配列が異なっているだけです。ダイヤモンドは地球上に存在する天然の物質の中で最も硬いことから、男性が永遠の愛を誓うときに女性に贈るとされていますが、その硬さの理由は、ダイヤモンドが炭素C原子同士の強い結合だけでできているためです。実際、CNTの引っ張りに対する強度は、ダイヤモンドと同等なのです。

そして2つ目の特徴は「電気や熱をよく通す」です。例えば、みなさんのお家にある家電製品のコードに利用されている銅。銅は電気をよく通しますが、細くしていくと必要な電流量に対しての耐久性が下がります。それに対してCNTは強度があるため、細くても十分な電流量に耐えられます。電流量に対する耐性は、なんと銅の約1000倍!そして、熱の通しやすさは銅の約10倍です。

それだけではありません。耐熱性にも優れています。宇宙空間には空気がないため気温はありませんが、人工衛星などの太陽側は太陽の赤外線で加熱されます。しかも、冷やしてくれる空気が存在しないため高温になってしまいます。CNTは真空中で約2800度まで耐えられるといわれており、宇宙空間での活躍が期待されているのです。

著者 坂田 薫

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「仕事終わりのビールはうまい! ……というセリフを、居酒屋ではなく家で言うのが当たり前になったコロナ禍。緊急事態宣言により飲食店は時短営業となり、いわゆる〝家飲み〟が仕事終わりの定番となりました。そんな中、居酒屋で飲むからうまいはずだったビールが、家で飲んでも意外にうまいと感じた人も多かったのではないでしょうか。実は、ビールの研究にも日本発の最先端技術が利用されているのです。その技術とは、2013年に東京大学の藤田誠教授らによって開発された結晶スポンジ法なのです――本書ではこのようなあなたの生活の隠された〝なぜ?〟を化学の視点からわかりやすく解説! 明日から使えるうんちく満載です!!」(著者より)

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