天浜線で感じる歴史の重み

 【汐留鉄道俱楽部】東西に長い静岡県の西部を走る天浜線をご存じだろうか。正式名称は天竜浜名湖鉄道天竜浜名湖線だが、みんなが使うのは「てんはま」の愛称だ。何せ会社のホームページも「tenhama.co.jp」を使っている。

天竜二俣のホーム。上下行き違いでいろんな顔の車両が集まる

 旧国鉄二俣線を引き継いだ第三セクター鉄道で、全線単線非電化。掛川―新所原間の全長67.7キロを1両のディーゼルカーがトロトロと往復する。さてどうやって乗りつぶそうかと思っていたら、ちょうどいい切符があった。天浜線は、ほぼ中間に位置する西鹿島で、浜松から北上してくる遠州鉄道(遠鉄)と接続しているのだが、遠鉄全線と天浜線の東半分が乗り放題の天浜線・遠鉄共通フリー切符「東ルート」と、同じく西半分が乗り放題の同「西ルート」(いずれも大人1480円)がそれ。土日2日間に分けて、春先の遠州をのどかにたどるローカル線の旅に出た。

 1日目、掛川から北西へ20分ほど行った遠州森で降りてみた。下りホームから線路を挟んで眺める木造駅舎の風情が何とも言えない。戦前の駅舎で国の登録有形文化財。天浜線には、こうした駅舎だけでなく橋やトンネルなど30件以上(文化庁データベースによる)の国登録有形文化財があるのだとか。

1935年に開業、風情のある遠州森の駅舎

 遠州森から再び約20分、これまた古い駅舎が印象的な天竜二俣に到着。天竜浜名湖鉄道本社の所在地でもあり、同線の中心駅だ。駅舎だけでなく、扇形車庫や転車台、貯水槽など国登録有形文化財がごっそり集まっていて、懐かしい鉄道風景が味わえる空間になっている。

 残念ながら、一連の施設を巡るガイド付き見学ツアーは中止になっていた。駅員から知らされた女性客が「やっていないんですか…」と肩を落としていた。カメラを提げていたからきっと楽しみにしていたのだろう。

 翌日は新所原から逆向きにたどることにした。田畑の中を10分ほど走ると右手に浜名湖が姿を現す。水辺近くを走ることもあれば、湖に面した山の裏手を回ることもあり、結構高低差のあるルート。ミカンで有名な三ケ日では、山の斜面に広がるミカン畑が目に入る。八つ先の金指(かなさし)で途中下車。駅舎に入るイタリアンレストランで食べたピザがとても美味だった。アルコール提供中止期間だったので、今度はぜひパスタ&ワインに挑戦したいところだ。

 同じ掛川―新所原、東海道線なら普通列車で1時間程度の距離を、天浜線はわざわざ地形も複雑な山側を2時間以上かけて結ぶ。どうしてこんな所に鉄道を敷いたのかには理由があった。天浜線が全通したのは太平洋戦争勃発前年の1940年。東西を結ぶ動脈である東海道線が攻撃されて不通になった際のバイパス線として敷設された。実際、45年には海岸部が空襲や艦砲射撃を受け、列車の迂回(うかい)運転があったのだという。駅舎や橋など建造物だけではない歴史の重みを感じる旅でもありました。

 ☆共同通信・八代 到

© 一般社団法人共同通信社