1回の充電で東京から福岡まで走破可能に!電動車の時代を実現する驚異の新技術

最先端の化学や科学の研究によって、将来の日常が変わるかもしれません。しかし、ニュースなどで紹介されても「難しくてよくわからない」と感じる人も多いのではないでしょうか?

そこで、化学講師・坂田 薫(@kaorukagaku)氏の著書『「家飲みビール」はなぜ美味しくなったのか?』(ワニブックスPLUS新書)より、一部を抜粋・編集して最先端技術を解説。今回は、電動車の実現に向け進められている研究を紹介します。


電動車の時代は必ず来る

2020年2月。小池百合子都知事は「東京都内で販売する新車を2030年までに脱ガソリン車にする」と表明。2030年代半ばまでを目標とする政府に先駆け、環境対策に取り組む考えを強調しました。「あと10年もないじゃないか」「あまりにも無謀ではないか」といった声が上がるなか、先述のニュースのように、トヨタをはじめとする自動車メーカー各社は「脱ガソリン車」に向け、早速動き出しました。

それに対し、2021年6月。主要7カ国首脳会議(G7サミット)は、大半の新車販売を2030年までに環境に配慮した車両にする目標を設定する計画を断念。代わりに「内燃機関を有する車」から脱却する取り組みを加速させると表明するにとどまりました。

はたして「電動車の時代」は、本当にやってくるのでしょうか。

例えば「10年後に世界中で電動車への移行が完了している」というのは難しいでしょう。しかし「電動車の時代」は必ずやってきます。そして、日本はその先駆けになれるかもしれません。なぜなら、それに向けた素晴らしい研究が、着々と進められているのです。

そしてその研究は、みなさんの想像より、きっと、ずっと壮大なものです。

それでは、最先端の研究を通じて「電動車が当たり前になっている未来」を、一緒に覗いてみましょう。

自動車を作るときの廃材を使って水素を作る!

電動車の時代に向けた課題の1つが「化石燃料を使わずに電気を作る」です。例えば、トヨタが販売している燃料電池車MIRAI。これは、水素を使って電気を作っています。

水素は反応後「水」になるため、クリーンなイメージがありますが、現在、水素を作る過程で化石燃料を使う方法が主流となっています。本当の意味で水素をクリーンエネルギーにするには、「化石燃料を使わず水素を作る」ことが必要なのです。

では、みなさん。「水素社会』のテーマで登場した、化石燃料を使わず水素を作る方法を覚えていますか? 「再生エネルギーを使った電気分解」や「副生水素の利用」などがありましたね。

これら以外の方法で注目したいものがあります。それはズバリ!自動車を作るときの廃材を利用して水素を作る」というものです。

2020年、トヨタの協力のもと、高岡市のベンチャー企業アルハイテックにより自動車製造過程で出るアルミ合金の削り粉」を利用して、純度の高い水素を安定的に作る装置が開発されました。

すなわち「自動車を作るときの廃材を使って水素を作り、その水素で自動車を走らせる」ということです。

この装置は、アルミ合金の削り粉を専用の容器に入れ、独自に開発した溶液に浸すと化学反応によって水素が発生するというもので、なんと外部電源は不要。通常、水素は液化させたり圧縮させて輸送していますが、この装置はアルミ合金を使ってその場で水素を発生させるため、輸送費だけでなく二酸化炭素の排出も大幅に抑えられるのです。

それだけではありません。副産物として生じる物質(水酸化アルミニウム)は、セラミックや燃えにくいカーテンなどの原料として利用できます。これこそ、本当のクリーンエネルギーですよね。

2021年5月の北陸中日新聞によると、トヨタだけでなく、工場や教育機関、スボーツ施設などから装置導入の問い合わせが300件ほど寄せられているのだとか。世間の関心が高いことがわかります。

ちなみにこの技術、始まりはジュースやお茶の紙パックなどに用いられる「アルミ付き紙系の一般廃棄物」や、スナックの袋や錠剤のパッケージのような「アルミ付きプラスチック系一般廃棄物」など、その薄さゆえにアルミとして回収するのが難しく、焼却、埋め立て処分され、リサイクル率がほぼゼロだった廃棄物から水素を発生させるという画期的なものでした。

なんと、食品や錠剤などの包装に使用されるアルミニウムは年間約5万トンにもなるのだとか。これを利用せずに処分しているなんて、もったいないですよね。

このように「今まで廃棄していたものを利用して、必要なものを作る」というのは、これからの時代にふさわしい方法だと思いませんか。「たしかにそうだけど、直接私の生活に関わることはなさそうだわ」と思ったあなた。先日、高校生が集めたアルミ缶をこの装置に入れて水素を発生させ、それをトヨタのMIRAIに充填して発電し、その電気を使ってお湯を沸かしてお茶を入れるというお茶会のイベントが開催されました。

身近なところでこの装置を見る日がやってくるかもしれませんよ。

1回の充電で東京から福岡まで走破

次に、電気自動車に注目してみましょう。電気自動車が抱えている大きな課題は「充電」です。現在の電気自動車は充電に時間がかかる上、一度の充電で走行できる距離がガソリン車に比べて短く、通勤や近郊へのお出かけには問題ありませんが、遠出したいときは不安ですよね。

この問題を解決する研究の1つが「電池」です。現在、電気自動車に搭載されているのは、言わずと知れた、日本発の「リチウムイオン電池」です。2019年に吉野彰博士がノーベル賞を受賞しましたよね。

エネルギー密度(単位質量もしくは単位体積あたり取り出せるエネルギー)が高く、小型でも乾電池と比べると大容量で寿命も長いため、スマホやPCなどに利用され、欠かすことのできない電池となっています。

しかし、リチウムイオン電池は「発火のリスク」や「枯渇のリスクがあるコバルトを使っているものが多い」などの問題を抱えているとともに、性能も理論上の限界に達しつつあります。

そこで今、リチウムイオン電池に代わる次世代電池の研究が進んでいます。その中の1つが「フッ化物イオン電池」です。電池に使われる物質は環境負荷が小さく、資源的な問題はありません。また、フッ化物イオン電池の理論上のエネルギー密度は、なんとリチウムイオン電池の7倍以上! 実用化されれば1回の充電で約1000㎞の走行が可能になるのだとか。

すなわち、1回の充電で東京―福岡間を走破できることになるのです。驚きですよね。

どうしてそんなにエネルギー密度が高いのか

ではなぜ、フッ化物イオン電池はそこまでエネルギー密度が高いのでしょうか。その答えは、電極にあります。

まず、リチウムイオン電池の電極は、ビルディングのような作りになっています。例えば5階建のビル(負極ビルと正極ビル)だとしましょう。各ビルの1階から5階までのフロアにはリチウムイオンが収納されています。

放電するときには、負極ビルの各フロアから正極ビルの各フロアへリチウムイオンが移動します。充電するときは逆です。

このように、リチウムイオンを収納するビルをもっているため、電極の重量や容積が高み、フッ化物イオン電池よりエネルギー密度が低くなってしまいます。しかし、リチウムイオンが移動しても、ビルはほとんど壊れることがないため、繰り返しの充電に強く長寿命の電池になるのです。

500回の充電で容量が8%ほどに減少します。スマホを買って1年半くらい使用すると「最近充電してもすぐに電池なくなっちゃうなあ」なんて呟いた経験ありませんか?

それに対して「フッ化物イオン電池」の電極はビルのような構造を取っていません。

ただの塊です。そのため、リチウムイオン電池の電極に比べて重量や容積が小さくなり、エネルギー密度が高くなるのです。また、電極に使っている化合物は、金属1粒に対してフッ化物イオンが複数くっついているため反応に関わるフッ化物イオンの数が多く、効率良く電気を取り出すことができます。

しかし、放電や充電するときは一方の電極からフッ化物イオンが溶け出し、もう一方の電極へ移動し、化合物となって析出します。すなわち、充電放電により電極自体が変化してしまうため、繰り返しの充電に弱いのです。20~30回の充電で容量が70~75%まで低下するのだとか。

ということは、電気自動車に20回充電すると1000㎞だった走行距離が700㎞にまで落ちてしまうということになります。

しかし、現在、リチウムイオン電池と同じ、電極がビルのような作りのフッ化物イオン電池の開発も進んでおり「エネルギー密度が高く、繰り返しの充電にも強いフッ化物イオン電池」がみなさんの前に登場する日がくるかもしれません。楽しみですよね。

走行中の自動車にワイヤレスで充電?

電気自動車の「充電」を解決する研究は他にもあります。それは「走行中ワイヤレス給電」です。ワイヤレス給電といえば、スマホや電動歯ブラシなど、生活のなかにも浸透してきましたよね。ただ、ここでご紹介するのは止まった状態でワイヤレス給電するのではなく、「走行中の自動車」にワイヤレスで給電する技術です。聞いただけでもワクワクしませんか?

走行中ワイヤレス給電は、海外では街中や高速道路での実証実験がすでにおこなわれており、日本は一歩遅れを取っていますが、技術の面では負けていません! 東京大学教授の藤本博志博士らの研究チームにより、電気自動車の駆動装置と走行中ワイヤレス給電の受電回路のすべてをホイール内の空間に収納した「インホイールモータ」が世界で初めて開発されました。

駆動装置をホイールに収納することで、タイヤごとの制御が可能になり、雪道でのスリップなどを防ぐことが可能になります。これだけでもすごいですが、さらにワイヤレスで給電するというのだから驚きですよね。

この技術の最大のメリットは「電気自動車に搭載する電池が減ること」。少しでも走行距離を長くするには、たくさんの電池を搭載すれば良いのですが、現在、電気自動車に利用されているリチウムイオン電池は「ガソリンに比べると重い」「コストがかかる」「電池を作るための資源」「電池を作るときに排出される二酸化炭素」などの課題があり、搭載量は少ないほど良いのです。

では、どこで走行中ワイヤレス給電をおこなうのでしょうか。藤本博士らの研究によると、街中では走行時間のおよそ4分の1、すなわち1時間のうち5分程度は信号待ちをしているため、信号手前30mの範囲にコイルを埋めれば、かなり高い確率で充電できるとのこと。

また、高速道路だと10㎞あたり3㎞の区間にコイルを設置するとバッテリーの電力を消費せずに走行できるようになるのだとか。これなら、充電が不十分な状態で出発しても安心ですね。

著者 坂田 薫

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「仕事終わりのビールはうまい! ……というセリフを、居酒屋ではなく家で言うのが当たり前になったコロナ禍。緊急事態宣言により飲食店は時短営業となり、いわゆる〝家飲み〟が仕事終わりの定番となりました。そんな中、居酒屋で飲むからうまいはずだったビールが、家で飲んでも意外にうまいと感じた人も多かったのではないでしょうか。実は、ビールの研究にも日本発の最先端技術が利用されているのです。その技術とは、2013年に東京大学の藤田誠教授らによって開発された結晶スポンジ法なのです――本書ではこのようなあなたの生活の隠された〝なぜ?〟を化学の視点からわかりやすく解説! 明日から使えるうんちく満載です!!」(著者より)

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