ポップスに方言の地平を拓いた藤井風~元作詞家志望の記者が解説

元サンデー毎日編集長・潟永秀一郎氏

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元サンデー毎日編集長の潟永秀一郎さんがRKBラジオ『櫻井浩二インサイト』でお送りしていた人気コーナー「この歌詞がすごい!」が、この春からは『立川生志金サイト』に引き継がれた。引っ越しして最初に取り上げたアーティストは、潟永さんが40年以上ぶりに衝撃を受けたという藤井風。その理由とは?

耳当たりを柔らかくする“歌詞に方言”の効用

藤井風君のデビューシングルは3年前の秋に発売された「何なんw」ですが、私は聴いてぶっ飛びましたね。全編これ岡山弁ですよ。しかも「肥溜めへとダイブ」って、日本のポップス史上、「肥溜め」を歌った曲があったでしょうか?

では、奇をてらった曲かと言うと、そんなことはありません。彼にとっておそらく、自分の思いを一番率直に伝えられる言葉は岡山弁で、表現したいことに一番ふさわしい言葉を選んだだけ、という、外連味(けれんみ)の無さ、遊び心――それこそが、彼の魅力だと思います。

ちなみに、私がデビュー曲を聴いて似た衝撃を受けたのは、もう40年以上前、サザンオールスターズの「勝手にシンドバッド」でした。当時、桑田さんは日本語を英語のように発音する歌い方で物議をかもし、「無邪気にon my mind」のようなワンセンテンスに日本語と英語が混じる歌詞を普通に歌って、その後の音楽シーンに大きな影響を与えました。

あれから二つの時代を経て、藤井君はポップスの歌詞に「方言」の地平を拓いたと思います。もちろんこれまでも方言を使ったポップスはあったんですが、例えば、やしきたかじんさんの「やっぱ好きやねん」や、上田正樹さんの「悲しい色やね」などは関西の、THE BOOMの「島唄~ウチナーグチバージョン」や、BEGINの「島人ぬ宝」などは沖縄の場面設定や、土地の空気感をまとわせる意味があったと思うんですが、藤井君の岡山弁にはそんな地域制はなく、大事なのはむしろ「音」「響き」です。

だから、彼が作る歌詞には方言だけでなく普通に英語も混じるし、ヒット曲の「きらり」や「帰ろう」のように全編標準語もあるし、載せるメロディや描きたい世界観で自由自在です。

「何なんw」の冒頭の歌詞は「あんたのその歯に『はさがった』青さ粉に」ですが、標準語に直すと「あなたの歯にはさまった青のり」です。ほとんどの日本人には「なんとなく」しか伝わらない。けれど、その分意味深に聞こえるし、何より耳当たりが柔らかくなります。そもそもタイトルの「何なんw」からして、標準語に直すと「何だ」で、強く、怖く聞こえますよね。それが方言の効用です。

でも、実はもっと深い意味がありました。それは藤井君本人が自身のYouTubeチャンネルで明かしているんですが、この歌で「何なん」と自分に問いかけてくる「ワシ」は、「ハイヤーセルフ」=「より高い次元の自己」、誰しもが自分の中に持っている神様のような存在。エゴや利己心、嫉妬とかの感情とは無縁の存在=だというんです。その「ワシ」が「なんで忠告を守ってくれんの?だから肥溜めに落ちちゃったじゃない」と、嘆きつつ見守り続ける歌――だそうです。

それを標準語で歌うと、さっき言ったように言葉が強くなりすぎて、叱られているみたいになるから、方言でやわらげた。いわば、『夢をかなえるゾウ』に出てくる神様・ガネーシャを、古田新太さんが演じたような効果ですね。

方言だからできた見事な韻を踏んだ「燃えよ」

藤井君の歌をもう1曲。去年の紅白歌合戦でも歌った「燃えよ」。サビの歌詞はこうです。

燃えよ

あの空に燃えよ

明日なんか来ると思わずに燃えよ

クールなフリ もうええよ

強がりも もうええよ

汗かいてもええよ

恥かいてもええよ

これ、方言交じりだからできた見事な掛詞(かけことば)で、最初の「燃えよ」は、火が燃える「燃えよ」。次に「クールなフリ」と「強がり」は「やめとけ」という意味の「もうええよ」。そして「汗かいて」と「恥かいて」は「それでいい」という意味の「も、ええよ」。ラップ的に、韻も踏んでいるわけです。

ちなみに「へでもねーよ」という曲は、まんまラップですが、この曲でもダンスの「踊れ」と、方言で「お前」の意味の「おどれ」を掛けて見事な韻を踏んでいます。

藤井君、音楽的にはクラシックやジャズの造詣が深く、R&B;やヒップホップ、歌謡曲など様々な要素を吸収して昇華した天才ですが、歌詞の面でも、標準語と方言、英語を自在に操る魔術師だとご理解いただけたでしょうか。

ちなみに、私が個人的に一番好きな曲は「帰ろう」。どこか懐かしい匂いのする歌で、夕暮れの道を一人、窓を開けた車の中で聞くと泣けてきます。

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立川生志 金サイト

放送局:RKBラジオ

放送日時:毎週金曜 6時30分~10時00分

出演者:潟永秀一郎

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