日本取引所G・清田CEO 新市場区分、「基準ギリギリの上場は難しくなる」 単独インタビュー(後編)

―上場廃止企業の処遇は

  新規上場基準と上場廃止基準が一緒のため、新規上場基準をぎりぎり満たす場合は、上場後すぐに廃止のリスクが発生する。「1年以内に回復しなければ上場廃止になる」という改善期間のルールがあるため、すぐ上場廃止になる企業は出ないが、次回の本決算期末で上場廃止基準に抵触した場合、早ければ2年後には上場廃止になる可能性がある。

―TOKYO PRO Market(以下、プロマーケット)も東証にあるが、今回の上場区分再編の対象外だ

 プロマーケットは一般市場に比べ、より自由度の高い上場基準・開示制度となっており、上場ブランドがほしい、という企業に利用いただく機会が多かった。「何年後かには一般市場に上場したい」という企業だ。売り買いはプロフェッショナルに限られるので、株価がどんどん上がるというような市場ではないが、売買はされる。今までの感覚だと、プロマーケットで成長して知名度をあげて、その後、マザーズや東証2部へ上場するという立ち位置だ。近年、マザーズに上場した企業も何社かあった。

清田CEO後編

近年目立つ粉飾・不適切会計に「企業ぐるみのケースも」と清田CEO

―プロマーケットの今後の位置づけは

 事業承継の問題が顕在化しているが、特に地方の中堅、中小企業が厳しい状況に置かれている。一方、未上場企業のM&Aは増えており、M&A仲介会社は急成長している。事業承継は大変難しい問題だが、「廃業するのはもったいない」という企業は少なくない。だったらプロマーケットに上場し、そのマーケットの上場企業として買い手を探しましょう、という流れが活性化しそうだ。
 M&A仲介会社もプロマーケットのアドバイザーになり、プロマーケットの上場企業数が急に増えている。市場開設当初は2年間で上場は1社だった。設立5年で5社ほどしか上場していなかったが、現在は年間10社が新規に上場するレベルまで伸長した。未上場企業の流通市場と、上場廃止企業の受け皿問題は、一部共通項もあり類似している。上場廃止企業の受け皿を議論する際に、プロマーケット上場市場の活用についても併行して論議してもらう可能性も今後出てくるかもしれない。

―3月に発表した新中期経営計画では、地域経済活性化についても言及した

 未上場企業への資本供給がマーケット機能を使って行われるような市場があって、企業価値が見えるようになると、地方企業でも「見える化された企業価値」で投資が行われるようになる。そこにプロフェッショナルが入ってくる。また、SPAC(特別買収目的会社)などが未上場で育った会社を買収し、上場につなげる制度も検討しているところだ。

―上場間もない企業の粉飾や不適切会計が相次いだ

 粉飾を見破られずに上場する悪質なケースもある。企業ぐるみで不正を行うと、見つかるまで時間がかかり内部告発でようやく明るみになることも多い。もちろん上場前の3段階の審査で見つかるものもある。
 上場までには、証券会社による引受審査があり、並行して監査法人で会計監査を受け、取引所に上場申請をする。上場申請の際、多岐に渡る情報資料を提出していただき上場審査する。昨年、不適切会計が発覚した複数の企業は、マザーズ経由で東証1部へ上場した企業だった。1社は(不適切会計が)発覚後、上場廃止、もう1社は一旦マザーズ(現グロース)に戻され、特設注意市場銘柄に指定されている。

―数年前に「上場ゴール」という言葉も流行した

 「上場ゴール」問題当時、上場直後に業績予想を赤字に変更し、市場の評価を大きく落として批判された企業があった。後で考えると、その企業は「上場前の黒字予想が危なくなった」ことで、適時開示を速やかにした。その企業は正しい業績予想の見直しを発表したとも言える。ただ、たった2~3カ月前の上場時には黒字予想をバーンと掲げたのに、間もなく大幅な赤字に変えた。その企業は直後に黒字に戻し、現在も頑張っている。
 あの当時はそういう企業がいくつもあった。私が東証の社長だった頃の話で、こうした事例を受け、日本証券業協会、日本公認会計士協会、東証の連名による「お願い」を市場関係者に出した。証券会社には引受審査の段階でそういった業績見通しその他の数字については、根拠をしっかり示すようお願いした。

―上場区分再編で“マザーズから1部”のような「裏口上場」はできなくなる

 グロースからプライムへは、プライムの基準を満たさなければならなくなり、一足飛びでは行けなくなる。また、上場しても上場維持基準を割り込んだら上場廃止だ。スタンダードも同じ。上場基準ギリギリでの上場は、常に上場廃止のリスクがつきまとう。十分に上場基準をクリアできる高さまで、企業価値その他の企業実態を整えてから、上場するといった行動を期待する。長期的には、上場基準ギリギリで上場するのは難しいだろう。

―「上場ブランド」が欲しい企業は少なくない

 間口が広い上場基準ゆえ、マザーズは世界で最も上場しやすいマーケットの一つだった。ビジネスを続けるためのきちっとした仕組みができていたり、ビジネスのプランが事業計画としてしっかり作られていたりすれば、赤字でも上場できる基準だった。率直に言えば、スタートアップのミドルクラスのレベルだったら上場できる市場だった。

―その反動は?

 結果的に、日本でユニコーン が育っていないという指摘がある。それは当然で、ユニコーンになる前に上場できる仕組みになっているからだ。例えばプライム市場しかなかったら、時価総額300億円ぐらいまで未上場でいる。昨今、スタートアップ育成の動きがあるが、これによりユニコーンが生まれる素地ができるかもしれない。同時に、プライベートエクイティやベンチャーキャピタルなどの投資環境も日本の金融市場でもっと大きく育つ可能性もある。また、ファンドやプロフェッショナルな投資家も次々に誕生することによって、未上場市場はより醸成されるだろう。ただ、現状を見ると、日本で未上場段階の資金供給に関するエコシステムがそこまで機能しているわけでもない。だからこそグロース市場の門戸は広くとっている。

―取引時間の30分延長を発表した

 2024年にアローヘッド(現物株式の売買システム)のリニューアルを予定しており、それに伴い延長する。経緯としては、2020年10月に私どもが引き起こしたシステムトラブルの再発防止策として、レジリエンス(障害回復力)の向上が必要だと判断した。
 取引時間の延長で、万一、システムトラブルが発生した場合に再開の時間を確保できる。
 現システムは、一度止めると立ち上げに3時間を要する。午前中に再立ち上げに取り掛かれない場合、物理的に午後の再開は間に合わない。システムのリニューアルで、立ち上げまでの時間を1時間半に短縮できる。「1時間半もかかるのか」という声もあると思うが、今の半分だ。取引時間が30分延長されると、14~15時までに立ち上げが完了して発注が始められると取引時間に間に合う。

―なぜ「30分」の延長なのか

 取引上は40分でも、2時間でも延長すれば良いのかもしれないが、そうなると投資信託等の基準価額の算出に影響する。投資信託関係者の後続処理なども考えると、むやみに延長して良いわけではない。

―一般投資家の参入を課題と捉えているが

 (1989年12月29日の)3万8,915円当時の外国人投資家の保有比率は4~5%、取引シェアは1割にも満たなかった。だが、今は外国人が日本株の3割を保有し、取引の6~7割を占める。金額では、約700兆円の時価総額のうちの3割、約200兆円は外国人が持っている。もちろん、残りの7割、約500兆円は日本人が持っているが、個人の投資家はわずか17%、約120兆円だ。
 日本はバブル崩壊のあと、失われた20年に入った。長期低落相場で、日経平均株価が4万円近いところから7千円まで下がった。この間、証券会社の新入社員は1度も上げ相場を見たことがなく、そのまま課長や部長などに昇進している。証券会社がそのような状態なので、お客様や一般の投資家はもっと「怖くて手を出せない」状況だった。しかし、この10年間は株価が上昇し、曲がりなりにも一時3万円台まで回復した。ただ、こうした状況下でも、多くの日本人はその恩恵を受けることができていない。今後は未経験層や経験の浅い人たちにも参入してほしい。

 4月に始まった新市場区分。最上位区分の「プライム」は、上場維持基準が流通株式時価総額100億円以上と1部の10億円から大幅に増額された。一方、基準に満たない企業も当面の措置として、計画書を提出するとプライムに留まることが可能だ。これは295社ある。プライム全体(1,839社、4月4日時点)の16.0%に達し、一部の投資家から処遇が「甘い」との指摘もある。
 ただ、慢性的な経営不振企業のプライム上場維持や、かつてマザーズから1部へ時価総額40億円で鞍替えできたような「裏口」事例の阻止など、公正な運営の一助となるだろう。
 早ければ2年後の2024年には、上場廃止の企業が出現する可能性もある。スタートしたばかりの新市場区分だが、廃止となった銘柄の受け皿作りなど、限られた時間の中で求められる責務は決して小さくない。

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