「日本一幸せな街」に選ばれた鳩山町、埼玉の“陸の孤島”がなぜ

埼玉県鳩山町の「鳩山ニュータウン」(鳩山町提供)

 建設大手大東建託(東京)が3年間の大規模調査で全国の50万人以上から「幸福だと思うかどうか」を10段階で聞いた。すると、幸福度が最も高かったのは埼玉県鳩山町民たちという結果に。高齢化が進み、鉄道の駅がなく「陸の孤島」とも呼ばれる鳩山町がなぜトップ=「最も幸せな街」に選ばれたのか。背景には健康寿命を延ばすための10年以上に及ぶ取り組みがあった。(共同通信=須田浄)

 ▽「街の幸福度ランキング」とは

 調査は2019~21年に実施し、全国47都道府県1883市区町村に住む20歳以上の男女約52万人が回答した。「非常に幸福だと思う」から「非常に不幸だと思う」まで10段階で評価してもらい、50人以上から回答があった1237市区町村を対象に、平均点でランキングを作成した。

埼玉県鳩山町の田園風景(鳩山町提供)

 調査票はインターネット経由で配布、回収した。各自治体の人口0・3~0・6%から回答を得ており、自治体の規模や回答数で結果に偏りが出ないよう、統計処理がされている。

 ▽鳩山町はどんな街?

 

 鳩山町は東京都から車で約1時間の県中部に位置する。自然豊かなベッドタウンとして発展し、人口は約1万3千人だ。町内には大型スーパーマーケットが2店舗あり、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の研究施設もある。

 高齢化率は45・5%(22年4月1日現在)と全国平均の29・1%(21年9月15日現在の推計)より高いが、自立して日常生活を送れる「健康寿命」は19年現在で男性84・16歳、女性86・12歳といずれも近年の全国平均より大幅に長い。

 ▽健康な高齢者が多い秘密

 健康な高齢者が多いのはなぜか。鳩山町は09年から、東京都健康長寿医療センターとの共同研究などにより、健康長寿の秘訣を「運動、栄養、社会参加」と分析し、健康寿命を延ばすための取り組み「鳩山モデル」を推進してきた。

埼玉県鳩山町の町民がボランティアで体操などを指導する健康教室(鳩山町提供)

 連携協定を結ぶ大東文化大スポーツ健康学部(埼玉県東松山市)が町民向けに筋力トレーニング教室を開き、女子栄養大(埼玉県坂戸市)が食生活改善のためのセミナーを開催。町民の有志が「健康づくりサポーターの会」を組織し、町内4カ所で健康教室を毎週開き、30~100人が集まって筋トレなどに継続して取り組んでいる。

 活動は実を結び、20~21年の町民意識調査では7割が「幸福と感じている」と回答した。

 ▽調査した大東建託の分析は

 大東建託の宗健賃貸未来研究所長(57)によると、そもそも住む場所や建物は幸福度に大きな影響は与えないという。その上で鳩山町を「バブル期を生き抜いた町民が幸せに老後を過ごしている街」と分析する。

埼玉県鳩山町の「鳩山ニュータウン」(鳩山町提供)

 町民の約半数は、1970年代から開発された高級住宅地「鳩山ニュータウン」に住む。収入が多かった住民が子育てや住宅ローンの支払いを終え、十分な年金を得ていることが高い幸福度の背景だと指摘する。

 ▽住民は「理想の環境」

 実際の町民の声はどうか。ニュータウンに約40年暮らす酒井貞次さん(96)は、背筋をまっすぐに伸ばし、90代とは思えないしっかりとした足取りで歩く。毎月床屋で整える髪形も爽やかだ。「自然の中で暮らすのが夢」と都内から移り住んだ。昨年9月に93歳で妻を亡くすまでは、一緒に毎朝1時間以上、自然の中を散歩するのが生きがいだった。2人の子どもは独立し、県内に住む長男が毎週会いに来る。

「鳩山町デマンドタクシー」に乗る酒井貞次さん=4月8日撮影

 筆者が「幸せですか」と尋ねると、「おかげさまで子どもにも恵まれ、自分としては満足です」と満面の笑みだ。健康の秘訣は「運動と気配り。ぼうっとしていないで何にでも関心を持つこと」と教えてくれた。生涯学習の講座を積極的に受け、知識のアップデートにも余念がない。「陸の孤島」と呼ばれても、「若い世代には交通の便が悪いかもしれないが、私たちの世代には理想の環境です」

 ▽町民を支える「鳩山町デマンドタクシー」

 鳩山町は22年4月末の時点で09年からの「交通死亡事故ゼロ」が継続中で、県内では「ゼロ」が最も長く続く自治体となっている。安全で便利な街づくりのために力を入れているのが、高齢者が利用しやすいタクシーの整備だ。

鳩山町デマンドタクシー(鳩山町提供)

 酒井さんは家族の勧めで昨年12月に免許を返納した。現在の移動手段は、町内であればどれだけ乗っても200円の「鳩山町デマンドタクシー」。09年に運行を開始し、今年3月末までは利用料100円だったが、気軽に乗れる価格であることに変わりはない。町民から予約の電話が鳴ると、AIが4台のタクシーの位置から迎車時間を瞬時に計算し、オペレーターが手配してくれる。町外の病院などへの運行便もある。酒井さんは月に2~3回利用するが「いつも正確なんですよ」と驚く。

「鳩山町デマンドタクシー」の前に立つ酒井貞次さん(右)とドライバー(左)=4月8日撮影

 ▽町長、「生きがい持てる生活を」

 自宅の庭から肉眼でも星がよく見えるため、天体観測が趣味の小峰孝雄町長(64)は、デマンドタクシーを公約に08年に就任し、高齢化を見据えた健康づくりを町政運営の柱に据えてきた。「鳩山モデル」の生みの親は、大東建託の調査結果を「リタイアした団塊の世代が、思い描いた老後を過ごせているのでは」と分析する。

埼玉県鳩山町の小峰孝雄町長=4月8日撮影

 小峰町長は町政を14年間率いた経験から、「健康寿命を延ばすには、生きがいを持って生活するための社会参加が大切。結果として介護費用の抑制につながることが分かってきた」と明かす。

 江戸時代初期から8代にわたり鳩山町に暮らしてきたこともあり、「生まれ故郷をより良い街にしたい」という思いは衰えない。待機児童ゼロを04年度から継続中で、今後は高校までの医療費無償化などを目標に掲げる。「高齢者だけではなく、若い世代も幸せを感じる街づくりに挑戦したい」

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