朝ドラ「ちむどんどん」舞台は横浜市鶴見区へ 沖縄と南米が息づく街

 NHK朝の連続テレビ小説「ちむどんどん」の舞台が、近く神奈川県横浜市鶴見区に移る。黒島結菜さん演じるヒロインの比嘉暢子(のぶこ)が鶴見で下宿し、東京で料理人として修業する。京浜工業地帯にある鶴見は、仕事を求めて大正末期から多くの県人が移り住んだ。近年は沖縄にルーツがある日系ブラジル人らも移住するようになり、沖縄やブラジルの食材店や飲食店がある一角は「沖縄タウン」「リトル沖縄」と呼ばれる。独特な文化が根付く鶴見を紹介する。 JR鶴見駅東口から徒歩で約20分。仲通、潮田町、汐入町といった地域には県人が多く生活する。仲通商店街には横浜・鶴見沖縄県人会会館のほか、沖縄やブラジル食材の店や飲食店が点在。会館1階の沖縄物産センターからはサーターアンダギーの甘い香りが漂い、三枚肉にテビチ、ポーク缶が店頭に並び、沖縄のまちやぐゎーに来たような錯覚に陥る。沖縄料理屋「うちなーすばヤージ小」には昼時になると、本場の味を求めて客が列をなす。

 鶴見への移住は特に耕作面積が小さい本島北部出身の次男や三男が多かったという。言葉や文化の違いは県人への「差別」にもつながった。県人会副会長の野原孝三郎さん(75)=旧東風平町出身=は「1972年の復帰前は居酒屋の入り口に『沖縄人、朝鮮人はお断り』と書かれているのもよく目にしたし、部屋が借りられないというのもよく聞いた」と証言する。

 鶴見では厳しい経済状況ながらも県人同士さまざまな場面で支え合ってきた。頼母子(たのもし)(模合)や賃金から沖縄の家族に仕送りをする県人も少なくなかった。1953年に発足した県人会では角力大会、大運動会、芸能祭などを通して会員同士や地域と交流を深める。伝統格闘技の沖縄角力の大会は、本土で行われているのは鶴見だけといわれている。出場者も多種多様で声援にウチナーグチやポルトガル語が飛び交うなど、にぎやかに行われている。

 区民の22人に1人が外国人という鶴見には90年以降、沖縄にルーツがある日系ブラジル人やアルゼンチン人らも移り住むようになった。2016年に再結成された県人会の「青年部」には県系人も加わり、「会を引っ張る存在」(金城京一県人会長)となっている。

 一方、沖縄食材を扱う業者らを中心に「鶴見ウチナー祭」や映画制作などで食と文化を発信する。鶴見ウチナー祭はBEGINなど県出身ミュージシャンの出演や沖縄、南米の食文化が楽しめると多くの人でにぎわう。祭りや映画制作に関わる下里優太さん(沖縄物産センター社長)は「将来はチャイナタウンみたいな街にしたい」と意気込む。

 昨年12月、「ちむどんどん」の放映が始まるのを前に、鶴見の魅力を発信しようと県人会、行政、商店街でつくる実行委員会が結成され、お笑いコンビ「ガレッジセール」の川田広樹さんが横浜鶴見プロジェクトの大使に就任した。復帰前の1968年、19歳で古宇利島から鶴見に渡った金城会長(73)は「『ちむどんどん』の主人公は鶴見の県人の人生と重なるところがあり、楽しみだ。放映を機に沖縄と鶴見の知名度も上がり、盛り上がってほしい」と笑顔をみせた。

(問山栄恵、写真も)>>【まとめ】ちむどんどんキーワード集
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