警戒される北朝鮮独自の核ドクトリン プーチン大統領の「核の脅し」を模倣か

By Kosuke Takahashi

北朝鮮国営メディアは5月5日、前日4日に平壌近郊の順安(スナン)から日本海に向けて発射した弾道ミサイル1発について報じなかった。北朝鮮はミサイル発射翌日の朝に事実を公表することが多い中、異例だとの見方が出ている。

しかし、北朝鮮がミサイル発射の公表を見送ったり、すぐに公表しなかったりすることはさほど珍しいことではない。これまでも発射失敗や期待外れの成果のために公表を見送ったことがあった。発射実験自体が一連のミサイル発射や能力テストの一部であったりする場合には、公表が遅れてきた。後者の場合、今後似たような発射実験が続く可能性がある。

●戦術核の実戦配備に突進

北朝鮮は核ミサイル開発を強行している。4月16日には「新型戦術誘導兵器」を実験し、基地攻撃など局地的に使う戦術核の実戦配備に突き進んでいる。

さらに、北朝鮮の最高指導者、金正恩(キムジョンウン)国務委員長は4月25日の軍事パレードで、核兵器を戦争防止だけでなく国家の根本利益が侵害される場合には先制攻撃にも使用する可能性を示した。これは北朝鮮が核使用の許容ラインを一気に広げ、北の核戦略の大転換とも受け取れる発言であり、日本としてもとても看過できない内容だ。

「核の脅し」で言えば、ロシアのプーチン大統領はウクライナに侵攻した2月24日早朝に行ったテレビ演説で、「現在のロシアは世界最強の核大国の1つ」とウクライナと西側諸国を恫喝。2月末には核戦力部隊に対して「高度な警戒態勢」に入るよう指示した。以来、ロシア軍が戦術核攻撃をしかける危険性が取り沙汰されている。

つい最近でも、プーチン大統領は4月27日、ウクライナでの軍事作戦に関し、「ロシアは他国にない兵器を保有している。必要なら使う」と述べ、核の恫喝をさらに強めた。

金正恩氏は、あたかもそのプーチン大統領に倣(なら)ったかのごとく、今や「核の脅し」を公然と口にするようになった。ロシアのウクライナ侵攻とプーチン大統領の核をめぐる発言から学び、部分的な模倣と改作によって北朝鮮独自の「核ドクトリン」を創造しているとみられる。

金正恩氏の「核の脅し」発言の背景には、ウクライナ戦争でアメリカが核保有国相手には軍事的には直接手は出せないという厳然たる事実が明らかになったことも大きいだろう。

●4日発射の弾道ミサイル

軍事専門家の間では、北朝鮮が5月4日に発射したミサイルが2月27日と3月5日のミサイル発射実験と同様、北朝鮮最大で新型の大陸間弾道ミサイル(ICBM)「火星17」のシステム試験ではないかとの見方が出ている。

韓国軍の合同参謀本部によると、北朝鮮が4日正午過ぎに発射したミサイルの高度は約780キロ、飛行距離は約470キロ。北朝鮮のミサイル発射は、低出力で実戦用の戦術核搭載用の「新型戦術誘導兵器」2発を発射した4月16日以来で、今年に入ってから13回目。

一方、日本の防衛省によると、今回のミサイルは最高高度は約800キロで、500キロ程度飛しょうし、日本の排他的経済水域(EEZ)の外側に落下した推定される。

今回発射のミサイルは、2月27日と3月5日の弾道ミサイルの軌道と似通っている。2月27日発射の弾道ミサイルは最高高度が約600キロメートル、飛距離は約300キロメートル。3月5日発射の弾道ミサイルの最高高度は約550キロメートル、飛距離は約300キロメートルだった。3回とも平壌の順安付近から日本海に向けて、通常よりも角度を上げて高く打ち上げる「ロフテッド軌道」で発射した。

北朝鮮が4日に発射したミサイルのイメージ図(防衛省発表)

北朝鮮は、2月27日と3月5日の弾道ミサイル発射があくまで「偵察衛星の開発試験」と主張している。しかし、アメリカ国防総省のカービー報道官は3月10日、「(火星17という)新型ICBMの最大射程距離試験発射をする前に、新たなシステムを評価するため、人工衛星の打ち上げと偽装して実施した可能性が高い」と発表した。この時のアメリカのけん制発言もあり、北朝鮮が今回、「偵察衛星開発」と称して表立ってミサイル発射実験を行えずに、発表もできなかった可能性がある。

●火星17はMIRV搭載が主な目的か

カービー報道官が指摘した北朝鮮最大のICBM「火星17」は2010年10月の軍事パレードで初めて登場した。全長約25~26メートルで直径は2.8メートル。2段式で液体燃料を使用する。旧型のICBMの「火星15」よりも全長が4~5メートル長く、直径も0.4メートル大きいとみられている。

新型ICBM「火星17」。11軸22輪の過去最大の超大型移動式発射台(TEL)に載せられて、2020年10月10日の平壌での軍事パレードで初めて公開された(労働新聞)

北朝鮮は3月24日に火星17を発射し、実験に成功したと主張している。しかし、米韓当局はこの時に発射されたのは、既存の火星15だったと結論付けている。北朝鮮は同月16日に火星17の発射実験に失敗、体制の動揺を防ぐため、24日の実験で火星17を発射して成功したように偽装したと米韓当局はみている。

北朝鮮が火星17の開発を急ぐ理由は何か。火星15は射程1万キロ以上を飛行し、既にアメリカ本土のほとんどを射程に収める能力がある。このため、火星17はミサイルを大型化し、より破壊力のある核弾頭や、複数の核弾頭が独立的に個別の目標を攻撃できる「多弾頭独立目標再突入体」(MIRV)の搭載を可能にするためだとみられている。複数の核弾頭が一気に飛来するようになれば、アメリカもミサイルの迎撃がより難しくなる。

●さらなる軍事的挑発の可能性

北朝鮮が5月4日にミサイルを発射した背景としては、軍事力強化に加え、米韓同盟強化で北朝鮮への対決姿勢を強める韓国の尹錫悦(ユン・ソギョル)次期政権を強くけん制したこともあるだろう。

特に韓国では10日に尹氏の大統領就任式が予定されている。また、バイデン米大統領が20~22日に韓国を訪問し、21日に尹氏と初の首脳会談を開催する予定だ。北朝鮮による7回目の核実験などさらなる軍事的な挑発が懸念される。

(Text by Takahashi Kosuke)無断転載禁止

© 高橋浩祐