係留した海岸から消えたボート、1日後なぜか70キロ先の「神の島」に 船内に誰かいた?…戦々恐々【敦賀海保日誌】

無人のまま漂着したプレジャーボート(2022年4月・福井県坂井市)

福井県有数の観光地である東尋坊。この沖合には“神の島”とも呼ばれている「雄島」が浮かんでいます。古来より海の神様の島として崇められてきたそうで、この島に架かる赤い橋を渡って島を周遊するには必ず時計回りに歩かなければならないという言い伝えがあります。 もし、反時計回りに回ってしまったならば、良からぬことが起きるとか起きないとか…。

2022年4月下旬の午後2時ころ、「雄島への橋を渡ったところに小型船舶が乗揚げていて、船内に人影がない」という一般の方からの目撃情報が福井海上保安署に入ってきました。 北海道知床での観光船の事故がつい先日発生したばかりの中、ゾッとして不穏な空気が漂います。

船は陸地に座礁している状態とのことで、福井海上保安署からは陸上と海上の二手に分かれて現場に急行します。 先に現場に到着した陸上部隊が通報の船を確認すると、橋を渡ったところから島の反時計回り方向に船が・・・いやいや、そんなことは言ってられません!海上保安官がすぐさま船の元に向かい状態を確認すると、船の形はプレジャーボート型(遊びなどに使用する船)。中には通報どおり人の姿はありませんでしたが、その他の積荷なども一切なく、また船外機(船の推進機)のプロペラが海中から引き揚げられている状態で、人が乗っていた様子は見当たりませんでした。

しかし、人命が掛かっている可能性もあり、常に最悪の事態を考えて対処しなければなりません! 海上保安官が船に掲示されている固有番号から照会したところ、この船の持ち主は福井県美浜町に所在する業者さんだということで、連絡を取って事情を聴いてみると・・・

この船は、最近購入したばかりのもので、当日の2日前から海に浮かべて保管していたんだそうです。 すると、昨日の午後3時ころ、保管場所から船が無くなっていることに気付き、あわてて沿岸を車で探したそうですが見つからず、大事になることを恐れて海保には連絡しなかったんだそうです。

その後、海上保安官が、船に繋がっていたロープを確認すると先端がちぎれたような状態になっており、その他の様々な状況からも、保管中に船を留めていたロープが劣化によって切れてしまい無人のまま流出したということが明らかになりました。 船が流出してしまわないようにしっかりと固定し、ひとまず、この船が人の命にかかわってないことがわかってホッとしたのでした。

それにしても、無くなっていることに気付いてから発見されるまでの約1日の間、約70kmもの距離になる美浜町から雄島まで誰にも発見されないまま漂流していたなんて、それはそれでゾッとしたのでした。 というのも、夜間も明かりをつけずに暗い海の上を漂っていたわけで、他の船と衝突などせずに大事に至らなかったことは本当に幸いでした。それに、操縦者のいないこの船が波に乗って海で遊ぶ人たちの中に突っ込んでいったりしていれば・・・

船の管理上の問題は当然のことながら、「大事になることを恐れて海保には連絡しなかった」というのもいかがなものでしょうか。 海保では、このような漂流船などの情報があった場合には「航行警報」といって、近くを走る船舶に注意喚起することができるシステムがあります。ですが、当然情報が得られなければ注意を促すこともできません。

なにか事が起きてからでは遅いんです。 それはこのような事案だけに限ったことではありません。 海の上という性質上、一刻の猶予も許されない場合が多々あり、海の上で何か不安に感じたこと、何かおかしいと思ったことがあるのならば、その時点で一報をいただくことがとても重要です。 もうこれ以上、悲しい事故を繰り返さないためにも決してためらわないでください! 海の“もしも”は「118番」です!

また、これからの時期、遊び終わった後の手漕ぎボートやビニールボートなどを浜辺に置いたままにして波にさらわれたり風に飛ばされたりして流出させてしまい、そのボートを海上で目撃した人から「乗っていた人が落ちたんじゃないか」という通報を受け、巡視船などでの捜索に発展するという事案も多く発生しています。海辺でのボートの保管は要注意!しっかりと管理してください。

ところで今回のボート、この長い距離を漂流した先に“神の島”に到達するとは何の因果なのか。

⇒釣り、マリンスポーツ中の思わぬ事故、連載「敦賀海保日誌」を読む

事故など何事もなかったことが“神の思し召し”なのか、はたまた、乗揚げの衝撃によって船体が損傷してしまっていたことが“神の鉄槌”なのか。 そればかりは、まさに“神のみぞ知る”ですね。(敦賀海上保安部・うみまる)

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