トッテナムが「全然上手くいかなかった期待の補強」8名

この数年間でプレミアリーグ屈指の強豪に成長してきたトッテナム。ただマンチェスター・シティやリヴァプールのようなトップに匹敵するまでにはまだ至っていない。

今回はそのトッテナムが行ってきた補強の中から「期待されたもののあまりうまくいかなかった」8名をピックアップする。

エウデル・ポスティガ

FCポルトでセルティックとのUEFAカップ決勝を制し、優勝に導いたポルトガル人ストライカー。多くのクラブに求められた新世代の点取り屋は、2003年夏にトッテナムへとやってきた。

グレン・ホドル監督はそのハンサムな彼の獲得時に「彼は印象的なクオリティを加えてくれる若き選手だ」と褒め称えたものの、24試合でわずか2ゴールと低迷した。

ロベルト・ソルダード

ギャレス・ベイルがレアル・マドリーに移籍して世界記録となる金額をトッテナムにもたらす前、ソルダードは2600万ポンドの額でバレンシアから獲得されたスペイン人ストライカーだ。

デビュー戦となったクリスタル・パレス戦ではゴールを決めたものの、それからすぐに失速。彼とアデバヨールの2トップは全く機能しなかったが、それが若きハリー・ケインの台頭を促したのだから、トッテナムにとっては幸運だったのかもしれない。

パウリーニョ

リトアニアとポーランドのリーグで失敗したパウリーニョは、その後ブラジルに戻って復活。コリンチャンスでブレイクして2013年にトッテナムへと引き抜かれた。その際の移籍金は1700万ポンドだった。

ただ彼はプレミアリーグでは全くといっていいほど真価を発揮できず、中国に売られた後に復調。一瞬バルセロナに引き抜かれてスペインでも活躍するなど、実力を発揮した。

デイヴィッド・ベントリー

2008年の夏のマーケットでトッテナムは多くの補強を行った。11名の選手が獲得されたなかで、モドリッチを越えて最も高かった選手がこのデイヴィッド・ベントリーだった。ブラックバーンから「次のベッカム」と呼ばれた男が1700万ポンドでやってきた。

ただファン・デ・ラモス監督がすぐに解任されたこともあり、ハリー・レドナップ監督の信頼を得るのに苦労した。唯一、彼の古巣でもあるアーセナルを相手にとんでもないゴールを決めたことだけがファンの記憶に残っている。あれは間違いなく凄かった。

ジョバニ・ドス・サントス

そして2008年にベントリーと時を同じくして獲得されたジョバニ・ドス・サントス。バルセロナでロナウジーニョの後継者候補だった期待の若手だったが、なんと470万ポンドというオトクな価格で獲得された…ように見えた。

とはいえ、その額になった理由はあった。ドス・サントスのプロフェッショナリズムはトップレベルで懸念されており、まさにそれが足かせとなっていた。ローンでイプスウィッチ・タウンに送られるほど活躍できない日々が続き、ほとんど影響力を及ぼさなかった。

ダレン・ベント

イングランド代表でポジションを掴むことが期待された大型ストライカー。ベルバトフ、ロビー・キーン、そしてジャーメイン・デフォーを備えていたトッテナムであるが、彼をチャールトンから獲得するために1650万ポンドを投じた。

2008-09シーズンはチーム得点王になるなど決して大失敗ではなかったものの、2009年にサンダーランドへと1000万ポンド+ボーナスで売却されている。そしてその直後には24ゴールを決める活躍を見せており、トッテナムとしては「もっと高く売りたかった」選手だろう。

セルヒー・レブロフ

ディナモ・キエフであのアンドリー・シェフチェンコとともに強烈な2トップを組んだレブロフ。彼らの圧倒的なカウンターはまさに名将ロバノフスキーの戦術そのものだった。2000年にトッテナムは彼を1100万ポンドで獲得しており、その額は当時かなり高いものだった。

しかしながら2年間のプレミアリーグでのキャリアは失敗に終わり、1年目こそ9ゴールを決めたものの、2年目はわずか1ゴールと大きく期待を裏切った。そしてフェネルバフチェに移籍したものの、それ以降はトップフォームに戻らず…。

タングイ・エンドンベレ

このなかで唯一まだトッテナムによって保有されているエンドンベレ。リヨンで活躍した時は「マハマドゥ・ディアラやマイケル・エッシェンの再来」と呼ばれたほどの選手で、6200万ユーロもの移籍金で獲得された。

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ところがプレミアリーグには全く馴染むことなく、今季は途中からリヨンへとローン移籍。買取オプションは付随しているが、その額はかなり高いため、行使される可能性は低いという。

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