新大統領・尹錫悦が標榜する対北対決路線  同族を「主敵」と定め緊張造成

今年1月、朝鮮が国防力強化措置の一環として新型ミサイルの試射を行うと尹錫悦・大統領候補者は記者会見で「北への先制打撃」論を主張した。その後、自身のFacebookに「主敵は北」という一文を投稿した。

分割して互いにたたかうように仕向けてして統治する手法に慣れた米国の目には「便利な操り人形」に映ったであろう。

踏みにじられた平和宣言

 大統領選挙が終わり、当選者となった際には、有権者に向けて「北の違法で不合理な行動には断固対処する」と宣言し、「力による平和」を力説した。米国の思惑に完全に合致する対北強硬論だ。

南朝鮮では尹錫悦の対米追従・反北対決姿勢に対する非難の声が上がっている

 2018年、分断の象徴である板門店で北南宣言が発表された。朝鮮半島にもはや戦争はなく、新たな平和の時代が開かれたことを両首脳が宣言した。

 その後、シンガポールで朝米首脳会談が初めて開かれ、新たな朝米関係の樹立、朝鮮半島の平和体制構築のための共同労力などを確約した共同声明が発表された。

 しかし、米国は朝鮮との合意を履行しなかっただけでなく、北南宣言の履行を妨害した。南当局が合意に逆行することを要求し、同族間の反目と対立を助長した。

 米国は朝鮮半島に平和が訪れることに反対する一方で、中国を圧迫するためにアジア版NATOと呼ばれるクワッド(QUAD/米国・日本・オーストラリア・インドの協力体制)の活動を本格化させた。

 米国の覇権主義政策の推進において、「中国包囲環の形成」と「北南和解の動き」は決して両立できない二つの命題だ。朝鮮半島の軍事的緊張状態こそ、北への侵攻シナリオに基づく戦争演習と軍備増強を合理化し、隣国である中国を軍事的に牽制・圧迫するための名分になるからだ。

 米国式分割統治の観点から見れば、新政権のかじ取りを担う尹錫悦大統領が反北対決を標榜する一方で、米国主導のクワッドに参加する意向を示すのは自然な流れだ。

 尹錫悦大統領は中国が反発する米国の高高度ミサイル防衛(THAAD:サード)システムの追加配置も公約した。文在寅政権が中国に対して明らかにした「3不」の立場(サード追加配置、米国のミサイル防衛システムへの編入、米国・日本・南の軍事同盟の3つをしないこと)について「約束ではなく、前の政府の立場に過ぎない」と修正を予告している。

尹錫悦大統領は朝鮮半島の緊張を激化させる米南軍事演習の「正常化」を主張している

 破綻した政策のコピー

 大統領選挙の翌日、米国のバイデン大統領は尹錫悦当選者に電話をかけ、「北の弾道ミサイル挑発は南だけでなく米国にとっても脅威であるだけに、米国・日本・南の3者による緊密な調整が重要だ」と述べたという。バイデン大統領が望むように分断国家の一方が、米国の覇権に従う3者同盟の枠に組み込まれるならば、北南の和解や協力は望むべくもない。

 実際に「力による平和」を主張する新政権の本音は、情勢の緩和ではなく段階的な緊張激化であるようだ。尹錫悦大統領とその側近たちは、すでに北の批判を受けて破綻した時代錯誤的な対決政策を持ち出し、朝鮮半島に一触即発の危機をつくりだした過去の対立構図を再現しようとしている。

 尹錫悦大統領は就任演説で「朝鮮半島だけでなく世界の平和を脅かす北の核開発」と断定し、「北が核開発を中断し実質的な非核化に転換するならば、国際社会と協力して、北の経済と北の住民の生活レベルを改善する計画を準備する」と述べた。北が核を捨てて武装解除し開放政策に転じれば、国民所得を3,000ドルにするという李明博政権の対北政策「非核・開放・3000」のコピーである。

 すでに国家核武力を完成し、自らが決めたロードマップとタイムスケジュールに沿って超大型ICBMをはじめとする核戦争抑制力を着々と増強している朝鮮に向けて「先・非核化、後・南北関係改善」の論理を訴えても通じないことは明らかだ。それにもかかわらず、尹錫悦大統領が過去の政策を踏襲するのは、北と対立する状況を継続させることが目的だと考えざるを得ない。

 李明博政権の時代に朝鮮半島の核問題を議論する6者会談が中断した。そして北南関係は極端な対決状態に陥った。米国の意向に沿って北を狙った軍事的挑発が繰り返され、朝鮮西海の延坪島では砲撃戦が繰り広げられる事態が起きた。

 李明博式対決論を踏襲した尹錫悦大統領は、新政府の「国防白書」に「北は主敵」と表記することを公約している。米国の覇権主義がウクライナ事態を誘発し、国際的な安保環境が激しく揺れ動く中、米国主導の中国包囲環が形成される地域に同じ民族である北を「主敵」と定め、軍事的対決を鼓吹する政府が存在するならば、それは国際情勢を混乱の渦に陥らせる危険因子だと言わざるを得ない。

南では尹錫悦大統領の言動が戦争の危険性を高めるとの憂慮の声が上がっている

 「先制打撃」論に隠れた策略

 米国は、朝鮮の国防発展5カ年計画(2021‐25年)基づく戦略戦術兵器システムの開発を「国際社会に対する挑発」であると決めつけ、朝鮮に対する軍事的脅威を強化している。

「違法な行動には断固対処」するとして、北のミサイルを武力によって先に除去することを主張する尹錫悦大統領の「先制打撃」論は、例えるならば、世界の至る所で武力衝突を引き起こしてきた米国が振る指揮棒に合わせて操り人形が踊るようなものだ。

「韓米同盟」の枠に縛られ、実際には米国に軍事的に従属する南には、そもそも「北への先制打撃」を単独で決定する権限などない。一方、米国が「北への先制打撃」を検討するとき、南の政府が事前協議の対象にならないことは過去の歴史が証明している。

 5年前、キャンドル抗争を展開した南の民衆によって排除された親米・反北の系譜を受け継ぎ、北の同族を「先制打撃」すると虚勢をはる新大統領とその政権は、米国の戦略・戦術を忠実に代弁しながら、南を国際的な覇権戦争のスケープゴートにする代償として、自らの権力を維持し行使しようとしている。無謀な計略、危険な火遊びだと言わざるを得ない。

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