「人類史上、最後の戦争」ロシアは果たして核兵器を使うことができるのか 「1発で英国なくなる」国内で相次ぐ過激発言、大統領の攻撃命令に不服従の可能性も

1953年に行われたソ連の核実験(ゲッティ=共同)

 ロシアによるウクライナ侵攻後、ロシアの核兵器使用に対する懸念が強まっている。きっかけは、プーチン大統領やラブロフ外相から核使用を示唆する発言が相次いだことに加え、ロシア軍が核抑止力部隊を高レベルの警戒態勢に置いたほか西部カリーニングラード州で核兵器搭載可能なミサイルの模擬発射が行われるなどロシアの挑発的な行動が続いたことだが、実際に核戦争の危機はどこまで切迫しているのだろうか。ロシア・メディアの報道などを基に検証した。(共同通信=太田清)

 ▽サルマト1発で…

 4月28日放送のロシア国営テレビの政治討論番組「60分」で、ゲストとして招かれた極右民族主義政党「自由民主党」下院議員で、下院国防委員会第1副議長も務めたアレクセイ・ジュラブリョフ氏は、ウクライナに対して軍事支援している英国への核攻撃の可能性について触れ、4月に発射実験が成功した新型大陸間弾道ミサイル(ICBM)「サルマト」1発で「島国英国はなくなる」と発言した。サルマトは1発に10の核弾頭が搭載可能とされるロシア最大級のICBMだ。

ロシア軍の重量級大陸間弾道ミサイル「サルマト」=2018年7月(ロシア国防省提供、タス=共同)

 これに対し、同番組司会者で与党「統一ロシア」下院議員のエフゲニー・ポポフ氏は「英国にも核兵器がある。(核の応酬で)誰も生き残れない」と指摘したが、同じ司会者のオリガ・スカベエワ氏(ちなみにポポフ氏の妻でもある)はカリーニングラードから発射された核ミサイルが西欧の主要都市まで届く時間はベルリンで106秒、パリで200秒、ロンドンで202秒であると画面で地図のイラストを示しながら、ロシアの迅速な核攻撃能力を強調した。

 プーチン政権に従順な「体制内野党」とされる左派政党、公正ロシアのミロノフ党首も29日、トラス英外相に向け自らのホームページに「島国英国を消し去るには、サルマト1発で十分」と書き込んだ。

 ロシアのテレビ番組ではこのほか、ウラジーミル・ソロビヨフ、ドミトリー・キセリョフ、マルガリータ・シモニャン各氏など、いずれもプーチン体制を支持してきた著名ジャーナリストから核使用を擁護する発言が相次ぎ、政権側がこうした発言を容認しているとの指摘も出ている。

 また、一部ロシア・メディアによると、4月19日には非常事態省のサイトに突然、敵国からの核攻撃の恐れがあるとして、シェルターの確認や飲食物確保など核戦争への準備を市民に求める文書が現れ、関係者らを当惑させた。文書はすぐに削除され同省は不適切文章の掲示は「システム上のエラー」と説明した。

 ▽「弱い国」の核

 そもそもロシアはなぜ、核使用の可能性を強調するのか。ロシア外交問題評論の第一人者で、カーネギー財団モスクワ・センターのドミトリー・トレーニン所長は、その理由を北大西洋条約機構(NATO)とロシアの間の戦力の「不均衡」にあると指摘する。トレーニン氏は旧ソ連、ロシアの軍・国防省での勤務経験のある外交専門家で邦訳された著作もあり、「ロシアと日本の相互理解の強化で多大な貢献をした」として旭日中綬章も受章している。

4月27日、議会関係者との会合で演説するプーチン大統領=ロシア・サンクトペテルブルク(タス=共同)

 同氏は国営放送チャンネル「ロシア24」のインタビューで、冷戦時代に均衡状態にあったロシア(旧ソ連)と米国の通常戦力は、ソ連崩壊後のロシア弱体化に伴い、何倍もの格差ができたとする。1990年代以降、通常戦力だけでは劣勢に陥り、敗北が決定的となった場合、敵の戦闘行為を停止させ交渉を強いるために限定的な核兵器使用が検討されるようになった。

 いわゆる、「エスカレーション抑止」と呼ばれる概念だが、ロシアはメドベージェフ大統領の2010年に明らかにした軍事ドクトリンで、通常兵器による攻撃であっても国家の存在が危機に陥るような状況になれば核兵器使用の権利を「自らに残す」として、核を先制使用する可能性を明らかにしている。20年6月に公開された核抑止に関する文書でも、同様の主張を展開した。

 独立系メディア「メドゥーザ」によると、ウクライナとの戦争でロシアが限定的に使用すると想定される「非戦略核兵器」は推定約800~1900発と幅があるが、運搬手段であるロケットの数を考慮すると、実際に使えるのは520~550発以下とされている。

対ドイツ戦勝記念日の5月9日、モスクワ中心部の「赤の広場」を進むロシアの大陸間弾道ミサイル(ゲッティ=共同)

 いずれにしろ、ロシアは十分な数を保有しており、現在のウクライナ情勢を受け、トレーニン氏は核兵器使用の脅威が「現実的に存在する」と警鐘を鳴らした。

 一方、ヘインズ米国家情報長官は5月10日、上院軍事委員会の公聴会でロシアがウクライナとの戦争で敗北すれば、プーチン氏が自らの体制への危機とみなし核使用に踏み切ることもありうるとの見解を示した。

 ▽実行部隊のサボタージュも

 では、実際にロシアは核兵器を使用するのか。専門家の間でも意見が分かれている。

 ロシア科学アカデミー安全保障問題研究センターのコンスタンチン・ブロヒン主任研究員はニュース専門サイト「ガゼータ・ルー」に対して、核使用を巡る一連の発言は「相手に心理的な圧力」をかけるための脅しに過ぎないと評価している。ウクライナへの西側の支援や、フィンランド、スウェーデンのNATO加盟論議の高まりを背景にした動きだが、いったん核を使用すれば人類史での「最後の戦争」になる公算が大きく、ロシアが核を使うのは「モスクワの目前まで敵が侵攻するなど」極めて危機的な状況に陥った場合のみであると指摘した。

5月7日に行われた対ドイツ戦勝記念日のリハーサルで、赤の広場上空を飛行するロシアの戦略爆撃機(ゲッティ=共同)

 別の見解もある。核問題を巡るメドゥーザの特集記事の中で、国際安全保障を専門とする政治学者パーベル・ルジン氏は、(1)包括的核実験禁止条約の結果、ロシア軍に実際の核の破壊力について自らの経験として知っている指導者はいない(2)戦術核として開発された低出力の核兵器などの出現により、核使用の閾値が下がっている―などの事情を挙げ、クレムリンは核使用を選択肢の一つとしてとらえており、決断を下す人物(現在はプーチン大統領)の個人的、心理的側面が大きな決定要素になると強調した。

 一方でルジン氏は、非戦略核兵器は大半が平時には専用の保管施設にあり、実際の使用には多くの人員を動員してミサイル発射施設まで移動させる必要性があるほか、空軍や海軍、発射施設があるそれぞれの軍管区の多数の将校、兵士も関与することになり、そのいずれかの段階で、大統領の攻撃指示が無視され核兵器使用に至らない可能性もあるという。

 ロシア科学アカデミー米国カナダ研究所のパーベル・ゾロタリョフ副所長は、一連の発言がたとえ威嚇であったとしても、関連してどのような不測の事態が起きるかは分からず、「真剣に注意を傾けるべきだ」と警告した上で「戦闘が続いている中で、核使用の威嚇がされている事実」そのものが、深刻な懸念材料との見方を示した。

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