Vol.17 競争より「共創」で市場を作ろう[空150mまでのキャリア~ロボティクスの先人達に訊く]

ドローン・ロボティクス業界にいち早く参入して活躍するプレイヤーの方々のキャリアに焦点を当て、その人となりや価値観などを紹介する連載コラム[空150mまでのキャリア~ロボティクスの先人達に訊く]第17回は、2022年4月、

KDDIスマートドローン

の代表取締役社長に就任した博野雅文氏に取材した。

2022年2月の新会社設立発表で、「2024年度に売上100億円」を掲げた同社だが、博野氏は「通信を活用したドローンはまだ黎明期。競争よりも共創を大切にしたい」と初心を語る。今回は、博野氏がKDDIに入社した経緯、ドローン事業にコミットした想いから、KDDIスマートドローンの経営戦略まで、詳しく聞いた。

「ハード×ソフトの融合」で新技術を

博野氏が新卒でKDDIに入社したのは2004年。大学院では、大気レーダーの研究をしていたという。具体的には、「フェイズドアレイアンテナ技術」の研究開発に携わっていた。これは、複数並べたアンテナの電流の位相を調整することで1つの大きなアンテナにする技術。

博野氏:1つ1つの波の位相を合わせることで、大きなアンテナになり、少しずらすとアンテナの向きを調整できる。ハードとソフトを組み合わせて柔軟性を実現しているところがすごく面白かった。KDDIに入社したのは、そういった無線の技術に、より深く携りたいと考えたから。

KDDIスマートドローン 代表取締役社長 博野雅文氏

入社後は、基地局やネットワークの開発、次にその企画や戦略策定、続いて端末側の開発、その企画や戦略策定と、"モバイル全般"を渡り歩いたという。KDDIの通信事業の根幹に関わるダイナミズムを感じていたなか、転機は2018年に訪れた。ドローンプロジェクトのリーダーとして白羽の矢が立ったのだ。

KDDIはさかのぼって2016年頃から、スマホ以外のデバイスに通信機能を持たせて付加価値向上を図るという新規事業を検討し始めていた。背景にあったのは、スマホの浸透が一巡したことによる、成長の鈍化だ。

博野氏はいくつかの新商品開発に携わり、「IoT×モバイル通信」による人間の作業の代替、業務効率向上を、さまざまな方向で模索したという。ドローンはその1つ。ほかには音声デバイスや、ロボットなどもあったそうだ。

そのような中、2016年7月に、地上の携帯電話システムに影響を及ぼさないことを条件に、上空での電波利用を認める「実用化試験局制度」が導入された。スマホ以外でのモバイル通信活用を、新商品企画という立場から俯瞰して見ていた博野氏は、「ドローンの可能性はどんどん大きくなっていった」と、当時を振り返る。

上空での電波利用の検討に向けて、モバイル全般を渡り歩いてきた博野氏がドローンプロジェクトのリーダーにアサインされて、2019年にはドローンの専担部隊として、事業構築を進めることになった。

博野氏:実は、大学でレーダーの研究をしていたときから、実際にフィールドへ出て、社会に貢献できる技術を研究開発したいという志があった。いままた、ドローンというフィールドワークを前提とした、ハードとソフトを融合していく領域に携わることになり、非常に親和性を感じている。

出典:京都大学 生存圏研究所

ドローンの実証を通じて磨いた生きる力

数々の実証実験に出かけたという博野氏に、"思い出深いプロジェクト"を聞くと、離島で行った物流の実証が挙がった。

離島へ荷物を届ける船の稼働は、波の高さなど海象に大きく左右される。2~3日の欠航は当たり前、という離島の暮らしを知った博野氏は、ドローンで代替する可能性に価値を見出せると感じ、離島や山間地域における物流の実証を積極的に推進したという。

博野氏:実際に住民の方から、"こういうのがあると、生きていくうえで安心する"と言っていただいたときは、胸に深く刺さった。やっぱり我々は、お客さまに安心して、より生き生きと過ごしていただく、そういうところに価値を見出して貢献していかなければ、と強く思った。

一方、技術者らしい一面が垣間見えたのは、物資配送のデモでのエピソードだ。他のエリアだとうまくいくのに、デモを実施する予定のエリアだけ、コマ落ちして映像が乱れる事象が発生したのだ。

デモを実施する数日前。「もう早くなんとかしてくれ」という現場の雰囲気を感じながらも、「やってやるぞ」と思ったという。技術チームは、通信パケットがどういう順番で送られているのかを全て調べ上げて、そのエリアだけ順番が逆になる事象を発見。

ネットワークの構造や使用回線など、通信の内部まで評価して原因を突き止め、耐性を高めるための技術を入れて品質を上げ、課題を解決したとき、「ドローン業界における通信事業者の担う役割が、いかに重大であるか」を再認識したという。

博野氏:我々の技術チームは私も含めて、解決してやるぞというマインドを持ったメンバーが多い。通信の中でも特にモバイルは、いろいろな状況が発生するが、うまく適応する技術を提供していくことが非常に重要だ。

誰かの役に立ちたい、この人のこの苦しみを解決したい、という強い想い。難題にこそ腕をまくる、というマインドセット。この2つは間違いなく、いまの時代を切り開くために求められる"生きる力"だ。

「叶えるために、飛ぶ」

このようにして、「ドローンにモバイル通信をのせて、遠隔で制御するシステムを作ろう」と、新規事業の方針が固まっていったが、次に求められるのは「マネタイズ」だ。2019年~2020年を振り返って、博野氏はこう語る。

博野氏:可能性はわかった、じゃあどうやって売っていくのか。と、社内からも問われるようになったのが、2019年~2020年頃。技術実証ができても、お客さまから対価をいただいてサービスとして提供するのは、非常にハードルが高くてかなり苦労した。

光明がさした取り組みの1つは、2020年8月にスタートした長野県伊那市でのドローン配送サービスだ。中山間地域に住む高齢者が、地元のケーブルテレビの画面から食料などを注文すると、ドローンが最寄りの公民館へと商品を届けてくれる。

自治体側の「社会課題をドローンで解決したい」と強い想いもあって実現し、サービス提供開始からすでに2年弱、1日1回の運航が続けられている。

博野氏:我々が提供したシステムや機能を、地元の方々によって自律的に運用が行われ、社会に浸透していくことが、重要と考えている。

そのためにKDDIスマートドローンは、「労働人口の減少」「地方の過疎化」という社会課題に焦点を当てて、ドローンの利活用による「人の価値の最大化」と「地域での事業共創」を推進することで、事業拡大を図っていくという。

描くのは"両輪の戦略"だ。1つは、「スマートドローンツールズ」というドローンの遠隔運用を実現するためのカスタムパッケージ商品の提供。「スマートドローンツールズ」とは、「モバイル通信」と「運航管理システム」と「クラウド」という、ドローンの遠隔運用に必要な3点セットを基本パッケージにした商品。加えて、クラウド容量追加や高精度測位など、ニーズに合わせて選べるオプション群を用意した。博野氏は、「これまでのような個別対応だけではなく、機能をパッケージとして展開することで、本当の意味で社会実装できる」と指摘する。

KDDIスマートドローン発表会での商品説明資料
KDDIスマートドローン発表会での商品説明資料

もう1つは、自治体や企業向けに、個々のニーズにあったトータルのパッケージ提供を行う、「用途別ソリューション事業」だ。これまで数々の実証実験で蓄積してきた知見を活かし、ヒアリングから、機能の開発、社会実装まで、しっかりサポートするという。個々のニーズをしっかり捉えることで、「スマートドローンツールズ」のさらなる機能開発につなげる構えだ。

用途別ソリューション

博野氏:ドローンを飛ばすこと自体は目的ではない。我々の存在意義は、ドローンを飛ばすことによって、お客さんの想いを1つ1つ叶えていくことだ。これから事業がどんどん大きくなっても、"叶えるために、飛ぶ"という気持ちを忘れず取り組んでいきたい。

競争より「共創」を大切に

ドローンのモバイル通信活用は「黎明期」だ、と博野氏は語る。これから、2つの方向性で、「自分たちが市場を作って、ユースケースを伝えていく」と、使命を感じているという。

1つは、測量や点検など、すでにドローンの市場が立ち上がっている領域。もう1つは、物流や監視など、ドローンの市場自体が黎明期にある領域だ。いずれも、モバイル通信の活用が広がり遠隔制御できることで、どのような業務効率化を図れるのか、新たな価値をいかに提供できるのか、ユースケースの確立を急ぐという。

そのために博野氏は、「いまはまだ"競争"じゃなく、"共創"という考えをしっかりと持っていたい」と話す。

博野氏:自治体や他社との連携においても、我々が利益を上げることだけを考えるのではなく、両者にとってメリットがあるような関係を常に意識していかなければ、ドローンの市場自体が広がらない。

その中でいま、特に注力している領域を尋ねると、博野氏は風力発電施設の点検に言及した。人災リスクや労働負荷に対して、ドローンが高い付加価値を提供できるためだ。

博野氏:現状は、高さ100m程度の風力発電設備をロープにぶら下がりながら、点検をしないといけない。ドローンで解決できる領域として、いの一番に取り組んできた。昨年は67基を点検したが、今年はもっと増やして実施していきたい。

陸上風力発電点検の実証の様子

今後は、ドローンを遠隔制御する運航管理システムに加えて、クラウドシステム上に構築したデータ分析システムの拡充を図り、提供する予定だという。ここでも、外部との共創を視野に入れる。

博野氏:用途最適化がポイントになる。内製かパートナーとのアライアンスかは、スピードと品質の観点で経営判断していく。また、海外製の品質のよいアプリケーションで、日本マーケットにリーチできていない企業を、いかに早く見つけて日本でサービス提供していくかなども考えていきたい。

このようなフェーズに入ってくると、新たな人材の確保も必要になる。今後は点検や測量などの専門的な業務知識を持つ人材の採用も進める。外部から招き入れた人材との"共創"が、どのような文化や強みを創出するのか楽しみだ。

日本の産業振興に貢献したい

最後に博野氏は、「やっぱり機体が重要だ」と話した。通信だけでは機体は動かない。通信を用いて機体を遠隔で制御するシステムが必要で、ゆえに同社はNEDO「DRESS プロジェクト」を通じて運航管理システムを開発してきた。

しかしそれも、物理的に飛行するものとしての機体があってこそ。市場を広げるため、機体に通信を実装する技術やドローン専用通信モジュールの開発、海外製機体との連携も推進する一方で、日本の産業振興という観点では、国産ドローンメーカーとの共創にも力を入れていると明かした。

博野氏:日本はカスタマーの品質基準が厳しい。日本で培った品質を将来的には、海外でも競争力のあるメイドインジャパンの機体に昇華する流れを作っていけるよう、我々も国産メーカーの方々をサポートさせていただきたい。

日本の産業振興という観点では、国産の機体を操縦できる方がまだまだ少ないのも課題。国産ドローンの操縦者育成も、当社でやっていきたい。KDDIスマートドローンは、モバイル通信によってドローンの未来を作る会社として、お客様にサービスを提供するために必要な機能を提供していきたい。

当面の目標は、「2024年度までに売上100億円。空のドローンでユースケースを開拓して事業を拡大し、収益化を図ること」としながらも、博野氏はすでにその先も見据えている。

博野氏:2021年には水空合体ドローンも発表したが、将来的には、スマートドローンのプラットフォームの適用範囲を、空、陸、海にまで広げ、あらゆるモビリティがつながるプラットフォームへと進化させていきたい。

博野氏は、このように語ってインタビューを締め括った。

▶︎KDDIスマートドローン

© 株式会社プロニュース