「経済と環境の好循環」を実現させるグリーン成長戦略に取り組

世界経済は、従来の株主資本主義から従業員や取引先、顧客や地域社会といったあらゆるステークホルダーの利益に配慮する「ステークホルダー資本主義」への移行が求められている。日本でも政府が「新しい資本主義」を標榜するが、その鍵となるのが「経済と環境の好循環」を実現させるグリーン成長戦略だ。サステナブル・ブランド国際会議2022横浜では、まさに、経済と環境の両立に向けた技術開発や価値創造に取り組むメーカー3社と、再生可能エネルギーなどへの投資に力を入れる証券会社の経営陣をパネリストに迎え、環境負荷の低減を図りつつ経済を成長させていくために、どのような視座が必要かといったテーマで議論を深めた。(廣末智子)

ファシリテーター
山吹善彦・サンメッセ/サンメッセ総合研究所(Sinc)副所長  
パネリスト
石田博基・BASFジャパン 社長  
松田守正・大和エナジー・インフラ 社長  
水上修一・YKK AP 取締役 上席執行役員 開発本部長
水口能宏・日揮ホールディングス サステナビリティ協創部 執行役員 

日本はリサイクル先進国ではない。物質循環の社会実装に注力――日揮ホールディングス 水口氏

「エネルギーのお膝元のヒューストンでさえ、既存のオイル・ガスからカーボンニュートラルの世界へと変わろうとしている。不可逆な社会変革が起こりつつあると肌で感じた」

日揮ホールディングスの水口能宏氏は冒頭、昨年末に米テキサス州ヒューストンで開かれた、産油・産ガス国や国際石油会社のメンバーによる会議に出席した感触をそう振り返った。

同社自体も以前は石油や天然ガスのプラント建設が中心だったが、昨年、「Enhancing planetary health (人と地球の健やかな未来のために)」というパーパスを掲げ、国内外で脱炭素化に向けたエネルギー・トランジションや廃プラスチックなどの資源循環を進めている。

このうち水口氏は廃プラスチックのケミカルリサイクルについて取り上げ、その背景に「日本はリサイクル先進国というイメージがあるかもしれないが、年間約900万トンの廃プラスチックのうちリサイクル(マテリアルリサイクル21%、ケミカルリサイクル3%)されているのはわずか24%。63%は焼却を伴うサーマルリサイクルであり、それらは欧州ではリサイクルとみなされないという現状がある」ことを説明。そこで、同社では「この物質循環をしっかりと社会実装するためにとりわけプラをプラに、繊維を繊維に水平リサイクルを実現できるようケミカルリサイクルの分野に注力している」と強調した。

水口氏によると、同社の有するモノマー化と油化、ガス化の3つの技術を用いれば、不純物や発生量の多さにかかわらず、ほとんどのケミカルリサイクルのニーズに対応することができる。なかでもガス化は廃プラから水素やアンモニアを精製することも可能で、「次世代のゼロエミッション燃料として、地産地消の低炭素水素を安価に供給するビジネスモデルにもなり得る」といい、大きな時間軸のなかで戦略的に技術展開を描いていることが語られた。

2050年ネットゼロへ 化学メーカーとして「カーボンマネージメント」に取り組む――BASFジャパン石田氏

総合化学メーカー、BASFジャパンの石田博基氏は、グローバル本社のあるドイツのライン川沿いに約8キロにわたって続く工場の写真をスライドに映し、「ここで約160年前からナフサ(プラスチックの原料となる成分のこと)を中心とした化学品をつくってきた。中では何千ものプラントがパイプラインでつながっている。まさに効率のいい、サステナブルなモノづくりの源泉がこの工場にある」とプレゼンテーションを始めた。

エネルギーを大量に使い、CO2排出量も非常に多い化学産業にあって、同社グループはいち早く2050年のネットゼロにコミットした。石田氏が入社した1990年ごろには年間4000万トンの温室効果ガスを排出していたが、2020年には既に約2000万トンに半減。これを2030年には2018年比で25%減にまで削減し、ネットゼロへともっていくシナリオを描く。

「われわれは脱炭素、という言葉は使いません。なぜなら、化学メーカーが炭素の排出をなくすことはできないから。企業の成長を目指し、化学品の生産量を上げながらネットゼロを実現するのは極めて難しいが、イノベーションの力でなんとか達成したい」

脱炭素の代わりに用いるのが「カーボンマネージメント」という言葉であり、石田氏は、同社が再生可能エネルギーをできる限り使うという前提のもと、化学品をつくるために必要な蒸気や水素をCO2排出を伴わずに製造する技術開発などを通じて、「バリューチェーン全体の低炭素化」を進めていることを説明。

さらに明確な方法によって算出したCO2排出量や製品カーボンフットプリントのデータ開示などを通じて、「これからはお客さまと対話させていただきながら、ニーズに合わせたリサイクルコンテンツを提示できるよう、ソリューションプロバイダーになっていきたい。化学産業の変革をリードしていく」とする決意を示した。

CO2を排出し続ける企業への投資は、中長期的に座礁資産になる――大和エナジー・インフラ 松田氏

続いて登壇した大和エナジー・インフラの松田守正氏は投資家の目線から、「今の世の中ではCO2を排出し続ける企業に投資すると、中長期的には座礁資産になってしまう。投資家から資金が集められなければ企業は成長ができない。環境に対してプラスの貢献ができなければ経済的にも発展できなくなっていることは明らかだ」と指摘。

松田氏によると、大和証券グループの投融資会社である同社は、「不動産と比べても流動性の低い再生可能エネルギーのアセットに流動性を提供し、マーケットを拡大させることが金融機関の使命の一つだ」と捉え、さまざまなパートナーとの連携による開発段階のアセットへの投資に力を入れている。

ここで投資環境のおさらいとして松田氏は、2030年に2013年比で46%削減を掲げる日本の温室効果ガス削減目標に対して、「これを達成するためには今の再エネ比率を倍にしなければいけない。また世界を見渡しても2050年ネットゼロを達成するには今の投資額を3倍にする必要があるというデータも出されている。つまりそのための投資資金をマーケットに呼び込まねばならない」と強調した。

同社の投資ポートフォリオは2018年10月の発足後、再エネ事業への投資を中心に拡大し、2021年12月までに1367億円の投資残高を積み上げている。そのうち約半分が国内の太陽光であり、洋上風力がほとんど立ち上がっていないことからも、松田氏は「2030年までは引き続き太陽光が中心にならざるを得ないだろう」とする見通しを示し、「その間、太陽光がさらに拡大できるよう、お役に立ちたい」と抱負を述べた。

長期的には太陽光発電アセットを裏付けとして組成した私募ファンドの販売を通じて、再エネ市場における投資家との架け橋を目指すという。

住宅性能の底上げは窓の改修だけで十分な効果がある――YKK AP・水上氏

住宅建材事業を中心に進めるYKK APの水上修一氏は、「カーボンニュートラルに向けた建築・住宅における取り組みと課題」と題して説明。日本の温室効果ガス削減目標のなかで2030年までに2013年比で66%もの削減が掲げられている家庭部門のCO2排出量について、用途別でみた場合、自動車や家電は2004年比で30〜40%排出量削減が進んでいるのに対し、住宅の冷暖房からの排出量は約12%にとどまるなど、「住宅の断熱性能そのものに関する部分が立ち遅れている」と強調した。

日本には約5000万戸の住宅があるが、うち3200万戸は昭和55年(1980年)以前の基準による建物で、ほとんど断熱がなされていないという。

もっとも水上氏は、住宅性能の底上げには、窓の改修だけでも十分に効果があることが分かっているといい、実際に昭和55年の非常に古い断熱基準による住宅の窓を高性能な樹脂窓に改修した場合、住宅断熱性能を表すUA値が 1.63から1.15にまで上がり、それによって年間のエネルギー使用量が約10%削減できるという試算を示した。

この試算に基づいた見通しを、水上氏は「仮に3200万戸のストック住宅すべての窓改修ができたとすると、年間では約1100万トンものCO2削減になり、これをエネルギー換算すると年間約67万8000キロリットルの石油が削減できる。経済効果は約4000億円にのぼる」と計算してみせ、浮いた金額を有効投資に回すことで「例えば、一戸約40万円の住宅の太陽光設置補助なら年100万戸増やすこともでき、それによってさらに省エネが進む」と力説。

さらに断熱の効果は人間の健康面にも及び、リフォームやリノベーションは住宅の資産価値を引き上げることにつながることからも、水上氏からは、同社が「窓の断熱リフォームの当たり前化」や、それを簡単に進めるための商品や工法の開発に地域の業者と一体となって取り組んでいることが報告された。

環境負荷の低減だけでは済まされない、経済成長の裏側にある問題にどう取り組むか

4氏が発表を終え、ファシリテーターを務めた山吹善彦氏は、世界や、そして地域の中で自立した経済を循環させていくモノづくりについて非常に大きな示唆を得たと総括。その上で日揮やBASFが進める化学分野におけるケミカルリサイクルの可能性について改めて両社に質問した。

これに対し、日揮・水口氏は「やはりケミカルリサイクルはコストがかかるという部分に立ち向かわないと推進が図れない。そのなかで、BASF さんがやっているような、DXを通じたカーボンフットプリントの見える化といった技術はドライビングフォースになる。またサプライチェーン全体にわたるトレーサビリティも重要だ」、BASF・石田氏は「ケミカルリサイクルは、サーキュラーエコノミーを回すための大きな武器になる。ネットゼロの達成には産業を超えた協力体制と、パーパスを一つにし、それに向かってすべてのステークホルダーが、国境を越えて動いていく必要がある」とそれぞれに回答。

議論はサーキュラーエコノミーに向けて業種や産業を超えたリサイクルを進める上ではやはりコスト高が避けられず、「安い物」を求める消費者の意識をどう変えていくか、ということも課題として挙げられた。

そうした情勢を踏まえ、山吹氏は、「ではいかに賃金を上げていくのか。賃金を上げていけるだけの人的資本をどう育てていくのか。単純に、環境負荷の低減を進めるだけでは済まされない、不平等の問題や社会的な課題、人権の問題などが経済成長の裏側にはある。これに対して企業という組織が今、大きく舵を切って取り組もうとしている。そこに注目し、応援していきたい」と述べ、セッションを締めくくった。

© 株式会社博展