サイバー空間に残り続ける部落差別の“芽”、「地名総鑑」は回収→「地名リスト」に削除命令→動画…もぐらたたき状態

被差別部落の地名が記された「部落地名総鑑」(部落解放同盟大阪府連提供)

 差別のない社会を求め、被差別部落出身の人々が全国水平社を創立してから100年を迎えた。武士を頂点に農民や町人などが暮らす社会の範囲外に置かれ、明治維新後の「解放令」で身分制度が廃止された後も、根強い偏見と差別は続いた。例えば被差別部落の所在地など、膨大な情報が掲載された本「部落地名総鑑」の販売問題もそうだ。

 長年の取り組みで部落差別(同和問題)は見えづらくなり、知らない世代も増えたが、インターネットではこうした情報が拡散されている。

 危機感から2016年、国会で部落差別解消推進法が成立した。ただ、対策に特効薬はなく「もぐらたたき」のような状態が続く。いわれのない差別の“芽”はサイバー空間にまき散らされ、当事者は不安を抱えて暮らしている。(共同通信=安祐輔、小島佳祐)

「全国水平社」の創立から100年を迎え、記念集会で黙とうする人たち=3月、京都市左京区

 ▽「極秘」と販売、部落地名総鑑事件
 インターネットがまだ日本になかった1975年、部落地名総鑑がひそかに販売され、企業が購入していたことが発覚した。この本の表紙には「人事極秘」と記載され、被差別部落の所在地や世帯数、主な名字、職業などの情報が掲載されていた。

 企業宛てに送られたチラシには「人事調査と人事考課に一助の資料として」などとうたわれており、就職希望者を出自で選別する悪質な就職差別を引き起こすとして社会問題に。本の製作には信用調査会社が関わり、数万円で販売されていた。部落解放同盟が抗議し、法務省は回収に動いた。

 その後、同種の本や資料が複数存在することも確認され、企業を中心に大学や病院など合わせて200社以上が購入していたことが判明した。就職希望者の身元調査目的を認めた会社もあり、企業が人権問題に向き合う大きな契機となった。

 ▽地名リスト公開は「研究」と主張
 似たようなことが2010年代中頃、インターネットを舞台に起きた。全国の約5千カ所に上る被差別部落の地名リストがウェブサイトに掲載されたのだ。戦前の調査報告書を基にした膨大なデータで、検索一つで誰でも見られる状態になっていた。
 このため部落解放同盟と当事者らは、川崎市の出版社「示現舎」に削除や損害賠償を求める訴訟を起こした。原告側は、示現舎が地名リストをネット上に公開し、書籍にして出版しようとしたと主張。2021年9月の東京地裁判決は、示現舎側に出版禁止と一部サイトの削除、約488万円の賠償を命じた。

被差別部落の地名リストを巡る訴訟の判決を受け、東京地裁前で「勝訴」などと書かれた紙を掲げる弁護士ら=2021年9月

 判決で裁判長は「出身者が差別や誹謗中傷を受ける恐れがあり、プライバシーを違法に侵害する」「公益を図る目的でないことは明白」との判断を示した。原告の一部の訴えも退けられため、原告側、示現舎側の双方が控訴。今後も審理が続く。

 示現舎代表の40代の男性は今年1月、取材に応じた。地名公表について尋ねると「学校で教えられるような部落差別はうそだ」「日本の賤民の歴史を研究し、戦後の同和行政の問題点を明らかにするためだ」と自説を展開した。今後も同様の活動を続けるとも述べた。

 ▽地名さらされ「子供が見たら‥」

 住宅街を巡る映像に、地域の歴史について語る男性の声が流れる―。一見すると紀行番組のような動画が、インターネット上にいくつもアップされている。タイトルには「部落研究」という文字と地名。被差別部落(同和地区)の所在地を特定する動画だ。数十万回再生されているものもあり、コメント欄は偏見に満ちた記述が目立つ。動画の投稿者は、示現舎の代表の男性だ。

 九州に住む30代の女性は、自分の出身地区の動画が投稿されているのに気付き、衝撃を受けた。女性はかつて、交際相手の親から「部落民がいなくなれば部落問題はなくなる」と言われて絶望し、自殺を考えたことがある。

被差別部落の地名暴きについて、不安を語る九州に住む30代の女性=2021年9月

 このため、子どもに対しても心の成熟度を見極め、時間をかけて少しずつ教えるつもりだった。小学生で幼い子どもにはまだルーツを伝えていない。ちゃんと伝える前にネットを見て偏見を持ってしまったり、絶望したりしたらどうしよう。不安な日々を送る女性は「大事なことを伝える権利を、なぜ侵されなければならないのか」と憤りを隠さない。

 被差別部落の地名情報は、結婚や就職の際の身元調査に悪用され、差別を助長してきた。女性は、誰の目にも触れられるようにされる苦しみをこう説明する。「カミングアウトと一方的な暴露は違う。家族とただ平穏に生きたいだけなのに、なぜおびえて暮らさないといけないのか」

 ▽ウイルスのように拡散する差別意識

 インターネットでこうした情報が拡散されることが、どういう問題を招くのか。マイノリティーへの差別など現代社会の排除の構造を研究する関西大社会学部の内田龍史教授は、こんなエピソードを紹介してくれた。

 

インタビューに答える内田龍史・関西大教授

 大学の授業で被差別部落のフィールドワークをするため、事前調査を学生に課したところ、ある学生が「暴走族が多く治安が悪い」と発表した。

 なぜそんな発表内容になったのか。学生に尋ねたところ、地名をインターネットで検索して、誰でも投稿できるQ&Aサイトに書かれていた内容をうのみにしていたことが分かった。

 実際に現地に行ってみると、地区では面白い街づくりをしていることが判明。この学生の見方は180度変わり、「住みやすそう」と話した。

 内田教授は「学生が偏見を持つ原因になった投稿は削除された。しかし、転居先を探している人が地名を検索していてもし同じ情報を見たら、候補から外し、足を遠ざけてしまうかもしれない」と懸念を示す。

 教授によると、被差別部落に対する「怖い」「ずるい」といった偏見に基づく言説はずっと昔からある。しかし、従来ならひそひそ話にとどまっていた不確かな情報まで、ネット空間では自由に書き込まれるようになった。

 しかも一度投稿されると、誤った情報でも完全に消すのは難しい。見た人がSNSなどを通じて拡散すれば、差別意識はウイルスのように広まってしまう。
 「差別に遭わないよう、出自を隠さざるを得ない人が多くいる中で、あからさまな被差別部落の地名を公開することが『学術研究』ということはあり得ない」と内田教授は語気を強める。

 ▽「感染」を食い止める知識

 

 東日本大震災に関連する差別も研究してきた内田教授は、部落差別とも共通点があると指摘する。具体的には、部落問題がインターネット上で取り上げられるたびに「利権を得ている」といった言説が出て、共感する人が一定数いる点だ。

 教授は「経済停滞による社会不安の増大で、必要な支援を『不当な優遇』と捉える構造は、東京電力福島第1原発事故の避難者に対するいじめなどでも見られた」と語る。

 その上で「変えようのないルーツ、努力ではどうにもならない事情を考慮しない情報に接した時は、いったん立ち止まってほしい。差別の『発症』を防ぎ『感染拡大』を食い止めるには、一人一人が差別と人権についての知識をつけ、深く考える必要がある。『差別は差別する側がつくり出す』ということを忘れてはならない」と警鐘を鳴らした。

 ▽「批判」と「中傷」の線引き

 それでは、ネット上の悪質な差別や誹謗中傷を減らすにはどうすればいいのだろう。

 まず、サービスを提供する事業者側の取り組みが重要になる。2020年にプロレスラー木村花さんがSNSで中傷され、自殺したことが社会に大きな衝撃を与えたこともあり、事業者や業界団体にとって、対策は急務になっている。

 

 ヤフーによると、「Yahoo!ニュース」では、コメント欄について3種類の人工知能(AI)を駆使し、良い投稿が上位に来るよう並び替えたり、悪質なものを自動的に削除、違反申告したりしている。AIで判断が難しいものは、約70人のパトロール部門が24時間体制で対応しているという。その結果、1日のコメント約32万件のうち、約2万件が削除されている。

 

 不適切な書き込みを繰り返すユーザーに対しては、投稿前に注意を表示。問題のある投稿が集中した記事については、コメント欄を閉鎖する仕組みも導入した。

 広報担当者は「コメント欄は『アクセス数稼ぎ』との批判もあるが、多様な意見に触れて気付きを得る場を提供したいとの思いで運営している」と説明した。

 ただ、それでも差別意識をうかがわせるコメントは依然として残っている。例えば、共同通信が配信した部落差別に関する記事にも「利権をむさぼっている」「近づきたくない」などといった投稿が目立った。

 これらの投稿について広報担当者は、読んだ人を不快にさせる可能性のある内容と認めた一方で、「表現の自由との兼ね合いもあり、削除の判断は難しい」と述べる。「批判と誹謗中傷の線引きは悩ましい。ただ、今の対策が十分だとは思っておらず、さらに対策を進めたい」

 ▽「事業者に調査、対応義務付けを」

 「セーファーインターネット協会」は、有害情報などのネット上の問題に民間主導で対応しようと業界有志が設立した。

 立場の弱い個人からの連絡を受け、事業者に削除などの対応を促す取り組みを20年に開始。21年は2859件の連絡があり、うち796件で対応を要請したところ、その7割超が削除された。

 ただ、出自や性別に対する中傷も対象となるものの、現在は個人への攻撃が対象であり、被差別部落出身者や女性といった集団全体に向けられた投稿への対応は、今後の課題としている。

 中嶋辰弥事務局長は「いたずらに規制をすればいいということではないと思う。まずは国や有識者と協議の場を設け、議論を深めていく必要がある」と述べた。

 表現の自由とヘイトスピーチの関係に詳しい早稲田大の河野勝教授(政治学)は、法律による事業者側のさらなる対応が必要と指摘する。「現在は被害者側が不適切な投稿の開示請求などをしても、裁判に時間がかかるなど十分に保護されていない。法整備し、不適切との訴えがあった投稿の調査や対応を事業者側に義務付ける形が望ましい」

 「国が表現の是非を決めるのは問題があるので、あくまで判断は事業者がする必要がある。法律ができることで各事業者には取り組みが促され、利用者からも対策に積極的な企業かどうかが見えやすくなるのではないか」と話す。

 ▽投稿削除、負担重く「泣き寝入り」も

 最後に、もし悪質な誹謗中傷や差別書き込みの被害に遭ったら、どうすれば投稿を削除できるのかを考えてみたい。 

情報文化総合研究所の佐藤佳弘代表

 情報文化総合研究所(横浜市)の佐藤佳弘代表にポイントを尋ねたところ「1人で動かず、必ず専門家に相談してほしい」と助言された。

 自分だけの判断でもし投稿に反論すれば、火に油を注ぎ、さらに被害が広がる恐れがあるためだ。ウェブサイトには「削除依頼」のフォームが用意されている場合もあるが、フォームを使うと投稿を削除しようとする動きが相手方に伝わることがあり、逆上される可能性がある。「まずは投稿を印刷して証拠を保存し、法的対処を取る警告を発することが重要」だと言う。

 法務省にも相談窓口がある。電話窓口「みんなの人権110番」や各地の法務局でも相談を受け付けており、対処方法を紹介するほか、投稿に違法性があると判断した場合は事業者側に削除要請もする。ただ、強制力がないため、必ず削除されるわけではない。

 ネットへの地名掲載についても、法務省は人権侵犯事件として扱う方針を示しており、19年1月から21年10月にかけて186回、プロバイダーなどへ削除を要請したが、削除率は5割程度にとどまった。ネックになっているのは事業者が海外の場合。部落差別について十分理解していないケースがあるという。

 最後の手段は、裁判所への仮処分命令申し立てになる。認められれば削除されるが、手続きは個人では簡単ではない。弁護士を頼めば費用がかかる。さらに、投稿が1カ所ではなく、複数のサイトに拡散していた場合は、こうした手続きがサイトごとに必要になる。

 それでも個人への中傷ならまだ対応できる。佐藤さんは「人種や出自といった属性を攻撃する差別投稿は、違法性の認定が難しいケースがある」と明かす。「いずれにしても、踏み込んだ対応をするには時間とお金、心の面で負担が重い。国や事業者は、被害者が泣き寝入りせざるを得ない現行制度を改めるべきだ」

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