愛するものを、自分の言葉で語る力を取り戻せ|『推察』ナルミニウム・世菜(河鹿)

自分をリープアップしてくれる本を、ライター目線で1冊ずつ紹介する「フクリパbooks」。前回はブックオフの本を紹介してくれたダイスプロジェクトのプランナー・天野加奈さんの、「推し」についての気になる一冊です。

あなたに”推し”はいるだろうか。

“推し”。
一般には、アイドルグループやアニメなど、複数いる人物の中での「一推しのメンバー」=「推しメン」の略とも言う。ただおそらく人それぞれに定義があり、推す対象はもちろん、一個人にとっての推しの影響もまた実に多様である。
強い好意や尊敬、憧れを抱き、存在に感謝したくなるほど尊く、でも届かない距離感のままでいい。私にとっては、そんな風に複雑で熱烈な感情が自分に備わっていることを、教えてくれる存在である。

私がこれまで一番のめり込んでいた推しは元プロサッカー選手の内田篤人氏で、彼のおかげでサッカー全般を好きになり、試合観戦はもちろん、選手名鑑を買ったりJリーグチップスを買ったり、夜更かしして深夜のサッカー番組を見たりしていた。テレビの中の彼がカメラ目線になると照れるほど好きだった。

最近でいえばガールズグループ「NiziU」のマヤちゃん、リオちゃん、リマちゃん、、、
NiziUはほとんど箱推し(グループ全体を推すこと)に近いのだが、彼女たちがインスタのフィードに出てくると、「はあ今日も同じ地球で生きているんだね」と嬉しくなったり、頼むからあったかい布団でぐっすり寝てくれよなと願ったりする。推しは人に、健康的な異常性を持たせる。

”推し”とは、”推す”とは一体なんなのか?

『推察』は、K-POPアイドルと声優を推す二人が、そんな問いにそれぞれのやり方で向き合い、制作したzine(自主制作小冊子)である。両A面で、びっしり文字入りのA1ポスターも挟まれており、総文字数は9万字超。
推し方も語り方も異なる二人が、それぞれの推しの説明をしてくれたり、推しに狂う様をありのまま見せてくれたり、ときには誰かを推す上での危険性にも気づかせてくれる。

熱烈に好きなものがある人なら、好きすぎて一時的に語彙力を失うことはしょっちゅうだと思う。
けれどもそれを「尊い」「エモい」で片付けず、推しが我が推したる所以を探ることは、相手や自分を知ること、はたまた「ルッキズムに陥っていないか」「彼/彼女を消費していないか」など、自分の中の危険性に気づくことにも繋がる。

自分が好きなものや人のことを、「自分の言葉で」愛を持って語ることはできているだろうか。
そして、それを共に語りあう人がいることの力強さや楽しさと言ったら、そのために知識がある、と言ってもいいんじゃないかと思うほどの素晴らしさがある。

言語化できるということは、自分の望む生活や社会が脅かされる危険性も少なくしてくれるはずだ。
消費者でいることに慣れるな、代弁者に委ねるな。愛するものを、自分の言葉で語る力を取り戻せ!
そう言って殴ってもらえるようなzineです。

このzineとは、福岡市で不定期に行われているイベント「さらけだすzineピクニック」で出会いました。5/19までは期間限定でWEBshopがオープンしているので、ぜひのぞいてみてください。
『推察』の続編である『推察の推察』ほか、30以上のzineが並んでいます。
WEBshop:https://sarakedashi.buyshop.jp/
さらけだすzineインスタ:https://www.instagram.com/naked_zine/

間に合わなかったという方は、『推察』著者二人のWEBshopをぜひに◎
https://suisatsu.stores.jp/

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