中小企業庁に聞く!「価格転嫁」の現状と取り組み(前編) ~ 「パートナーシップ構築宣言」で共栄共存を ~

 世界的な原油・資源高が続き、「価格転嫁」が中小企業の経営課題に浮上している。
 こうしたなか、内閣官房を中心に策定した「パートナーシップによる価値創造のための転嫁円滑化施策パッケージ(以下、パッケージ)」が2021年12月に公表された。2022年2月には、萩生田経済産業大臣が「取引適正化に向けた5つの取組」を発表するとともに、「9月の価格交渉促進月間のフォローアップ調査」の結果を公表している。
 中小企業における価格転嫁を担当する中小企業庁事業環境部取引課・遠藤幹夫課長に、中小企業の価格転嫁の現状や今後の対策について話を聞いた。

―パッケージ策定の背景は

 「成長と分配の好循環」の柱として、取引適正化政策がクローズアップされた。岸田政権が目指す賃上げの実現には、中小企業・下請企業を含めたサプライチェーン全体に、賃上げの原資が行き渡る必要がある。そのためには、企業間での適正な価格転嫁が重要だ。
 また、原材料費高騰、今は原油高も進んでいる。原価や原材料の上昇分を適正に転嫁できなければ、中小企業の経営にしわ寄せがくる。

―価格転嫁がこれまで進まなかった理由は

 サプライチェーンの構造上、メーカーや小売は大企業が多い。一方、小売への納入やメーカーへの部品供給は、中小企業が多い。規模の差が優越的地位の濫用に繋がり、中小企業の交渉力の弱さから価格転嫁できないことが多い。加えて、親事業者の経営スタンスもある。取引先を並べてコンペさせるようなやり方では、価格転嫁はできない。

―適正化していくには

 今まで下請代金法に基づく違法行為の取り締まりを何十年もやってきたが、それだけでは不十分だ。大企業ほど良くも悪くもコンプライアンスはしっかりしており、経営スタンス自体が変わらなければ、違法行為にならないギリギリの実務が生じるだけだ。この数年は、所管省庁を巻き込んで業種別ガイドラインを策定し、業界団体に働きかけて自主行動計画を作ってもらうといった取り組みを進めてきた。さらに、業界単位のみならず、個社ベースで、経営者自ら取引先との共存共栄を宣言・公表してもらう「パートナーシップ構築宣言」も始めた。経営者主導であれば、会社としても経営スタンスを正さざるを得ず、調達部門の担当者にも浸透しやすくなる。
 親事業者が取引先との共存共栄の経営スタンスを持っていれば、大きく言えば企業社会も人間関係なので、価格転嫁できるし、共同事業や技術開発も進みやすくなる。

―パートナーシップ構築宣言について

 2022年4月末現在、宣言企業は8,000社を超えた。ただ、大企業の比率は1割に満たない。少なくとも、上場企業や大企業はパートナーシップ構築宣言をしているのが当たり前、宣言していない企業は恥ずかしい、くらいを目指したい。

―宣言が進まない背景は

 意識的に宣言をしたくないと考える企業は、あまりないと思う。宣言企業が何らかの義務を課されるわけではなく、取引先との共存共栄を目指すという、企業としてあるべき姿を宣言するものだからだ。問題は、経営者まで十分話が上がっていないこと。超大企業の経営者から「そんなものがあることを知らなかった」との声を聞くことも多いので、まずは経営トップ層への認知度を上げる必要がある。
 一方、普段から経営トップ層で取引適正化についての話題が出るような業界では宣言が進んでいるので、各業界の宣言率は、業界ごとの取引適正化への熱意のバロメーターにもなっていると思う。

中小企業庁

‌取材に応じる中企庁取引課・遠藤課長(撮影時のみマスクを外しました)

―「フォローアップ調査」によると、トラック運送の価格転嫁状況が悪い

 トラック運送は業界全体が荷主の下請となっているうえ、運送業界内での下請構造もあり、価格転嫁がかなり厳しい。
 今はガソリン価格高騰の問題もある。国土交通省は燃料サーチャージ制度の導入を推奨しているが、実際に導入できている企業は少なく、大部分は親事業者と十分交渉ができていない。燃料費が高騰したからといって簡単に運賃に反映できないのが実情だ。

―印刷、自動車・自動車部品、建設なども価格転嫁できていない

 印刷の最大の発注元は食品製造のパッケージ包装だが、食品製造業もスーパーなど小売業との価格交渉が厳しく、その影響を受けている。ただ、業界内でも大手から中小・零細企業に対し、厳しい取引条件が提示されることもあり、これも適正化すべき課題だ。
 自動車・自動車部品は、製造業で最も原価低減要請が厳しい業界だと考えている。それが日本の自動車産業発展の要因のひとつでもあり、一概に悪いとは言えないのだが、少なくとも中身を見ずに一律に毎年決まった率を切り下げろというのは、およそ合理性がない。実際の価格交渉では、コスト構造について、発注者と受注者できちんと個別に議論する取り組みが重要だ。
 建設も構造問題がある。建設は見積もり、発注から完成までの期間が長く、設計段階の見積もりで価格が決まると、途中で原材料費が上がっても、なかなか価格に転嫁できない。ただ、建設業界も多重下請構造が顕著で、業界内での取引慣行の適正化も重要だ。

―下請企業のコスト増加への対策は

 「価格交渉促進月間」を2021年9月に初めて実施し、今年3月も行った。
 これは役所によくある、通り一遍のキャンペーンではなく、予め約1,500の業界団体を通じて数十万社の企業に対し、取り組み状況を事後的にフォローアップすることを周知したうえで、実際に月間終了後に徹底的にフォローアップ調査を行い、取り組み状況の悪かった業界・企業に対し、個社別の注意喚起まで踏み込むことに特徴がある。
 具体的には、中小企業に直近1年間の自社のコスト上昇分のうち、何割の価格転嫁を親事業者に認めてもらったかのアンケートをとり、価格転嫁の状況をスコアリングする。その数値をもとに、価格「転嫁」のスコアが下位3割の親事業者を特定し、その中から、価格「交渉」の状況も確認し、交渉自体を拒否したり、全く価格転嫁を認めていない、あるいはコストが上がるなかで逆に値下げをさせたといった事例がある企業を絞り込む。さらに、下請Gメンがその企業の取引先中小企業から現場の実態を聴取し、具体的な問題事例の有無を把握する。この3要件すべてに当てはまった企業については、下請振興法に基づく助言、注意喚起の文書を送る。
 下請振興法は、規制法ではないので強制力はなく、指導・助言もあくまで任意のものだが、やはり法律に基づいて社長宛てに大臣名の注意喚起の公文書が届くというのは、会社としては相当重く受け止めざるを得ないため、予想以上に効果の高い取り組みになったと感じる。

(続く)

(東京商工リサーチ発行「TSR情報全国版」2022年5月19日号掲載「WeeklyTopics」を再編集)

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