塩野義製薬、20年ぶりの新クラス期待の抗真菌薬のアジアと欧州の権利を最大500億円強で取得

By 前田静吾

塩野義製薬が、5月16日、真菌感染症の一種である「侵襲性アスペルギルス症」の治療薬として開発後期段階にあるF2G社のオロロフィムの欧州とアジアにおける独占的な開発・販売権を取得したことをと発表した。F2G社は、「希少な真菌症専門企業」を自称、既存の抗真菌薬とは作用機序の異なるオロロフィムと呼ばれるまったく新しいクラスの抗真菌薬を発見、開発している英国のバイオ企業です。

今回のライセンス契約において、塩野義製薬は、契約一時金1億ドルを支払います。最大3億8千万ドルの規制・商業マイルストーンペイメントに加え、純売上に対する2桁のロイヤリティの支払い内容でライセンス契約を締結したと発表しています。現在、F2Gは、重篤な侵襲性真菌症を対象に第2相の臨床試験(NCT03583164)でオロロフィムを評価しています。

オロロフィムは、既存の治療法が有効でない、あるいは有効でない重篤な侵襲性真菌症を対象に使用されることを想定しています。そのため、化学療法や造血幹細胞移植を受けている患者、主に免疫不全の患者がかかる、希少で死に至る可能性のある疾患である侵襲性アスペルギルス症をターゲットとしています。今回の提携から、現在進めている、アゾール系治療薬に抵抗性の、または使用できない侵襲性アスペルギルス症患者に対するグローバル第3相臨床試験(NCT05101187)を含めた開発プログラムを、塩野義製薬とF2G社は共同で進めていく事となります。

非常に高いアンメットニーズ、侵襲性アスペルギルス症とは?

アスペルギルス症は、アスペルギルス属 Aspergillusの真菌によって引き起こされる通常は肺の感染症です。アスペルギルスは屋内外のどこにでもいる真菌で、特にたい肥の山、通気口、空気中のほこりの中などに多くみられます。そのため、この真菌を避けることはできません。

通常、アスペルギルス症はアスペルギルス Aspergillusの胞子を吸い込むことで生じます。ほとんどの人が毎日これらの胞子を吸い込んでいますが、感染症は起こりません。しかし、アスペルギルス症は日和見真菌感染症であるため、免疫機能が低下していると、感染症が起こりやすくなります。免疫機能を低下させる要因としては以下のものがあります。

  • 免疫系に影響を及ぼす病気(エイズや一部の遺伝性疾患など)
  • 悪性腫瘍
  • コルチコステロイドなどの薬(長期にわたって高用量で使用された場合)
  • がんの化学療法、臓器移植後の拒絶反応を予防する薬など

参照:アスペルギルス症 MSDマニュアル家庭版

侵襲性アスペルギルス症は、このアスペルギルス症の中の一つで、頻度は低いものの造血幹細胞移植、癌化学療法、重症感染症などで、免疫系の機能が大きく低下している際に発症するため、病気の勢いが非常に強くなって急速に肺中に広がり、血流に乗って脳、心臓、肝臓、腎臓にまで及ぶこともあります。侵襲性アスペルギルス症になった場合、死亡率が30%~70%と致死率の非常に高い真菌感染症です。CDCによると、米国におけるアスペルギルス症患者の正確な数は推定は難しいものの、2014年の調査では、米国内でアスペルギルス症に関連した入院が1万5,000件あったとされています。

現在、侵襲性アスペルギルス症の第一選択薬として、ボリコナゾール、イサブコナゾールなどのアゾール系抗真菌薬が用いられます。しかしながら、アゾール系抗真菌薬が効かないまたは効果が不十分な患者、または、「白血病やリンパ腫の基幹治療薬」の一部薬剤とは相互作用するため投与不可能もあり、このような場合、治療選択肢が限られており課題となっています。

オロロフィム、20年ぶりとなる新しい「オロトミド」クラスの可能性

オロロフィムは、2014年にF2G社が開発を開始して、F901318と呼ばれていました。真菌の生育に必須なピリミジン合成経路を阻害することで殺真菌活性を示します。オロロフィムは、既存の抗真菌薬とは異なる作用機序の経口薬ですので、既存治療薬に抵抗性のある、または忍容性や薬物相互作用等の理由で既存治療薬が使用できない侵襲性アスペルギルス症患者に対する新しい治療選択肢として期待されています。

真菌感染でこのオロロフィムが承認された場合には、抗真菌薬として4つめの新しいクラスでの承認となります。20年前に、キャンディン系抗真菌剤としてFDAから承認された米メルク社のカンサイダス(Cancidas)が3つめのクラスとして承認されて以来となります。オロロフィムは、新たに「オロトミド」クラスとして真菌治療に対する新しい武器として追加される可能性があります。

F2Gは、異なる作用機序のオロロフィムは、侵襲的で治療が困難な幅広い種類のカビや真菌に対して有望であると述べています。なお、21年には、FDAからブレークスルー・セラピーの指定、EU当局とFDAは、オロロフィムを侵襲性アスペルギルス症に対してオーファンドラッグに指定しています。

これらの背景からも、塩野義製薬がオロロフィムのために契約内容で合意した一時金1億ドルと最大3億8000万ドルのマイルストーンペイメントとダブルデジットの販売ロイヤリティを費やすことも説明がつくと言えます。

抗真菌剤、薄いパイプラインと効果の高い抗真菌剤としての商業的ジレンマも

抗真菌剤として21年に、20年ぶりに新しい作用機序の抗真菌剤イブレクサファンゲルプ(Brexafemme, Scynexis社)が米国FDAから承認されましたが、全般的には、既存薬に対する耐性が強くなっていること、免疫不全の患者が増加していることなど、需要がかつてないほど高まっていることも確かです。

一方で、抗真菌剤として開発されている化合物が少ないことも課題です。このため、開発を進める会社には商業的なジレンマもあります。市場での需要が高いことや、パイプラインが薄いことから有望な化合物に対しての期待と希少価値が非常に高いものの、新規抗生物質を扱う場合同様に、真菌感染症の治療においても有効な治療法が最後の手段になってしまうという課題にも直面しなければなりません。

グローバルでの医薬品開発と事業開発のパートナーとしての塩野義製薬

13カ月前にF2GのCEOに就任したフランチェスコ・マリア・ラヴィーノ氏は、今回のライセンス契約締結に関する声明の中で、塩野義製薬との取引に踏み切った理由を以下のように明らかにしました。

「塩野義製薬と手を組むことで、オロロフィムの開発を、グローバルな医薬品開発と事業開発の両面で実績のあるパートナーと進めることができる。将来、命を救うことが出来る治療薬を世界の患者さんに効果的に提供することができます。F2G は、米国でのオロロフィムの承認、商業化に向け、塩野義製薬と緊密に協力し、侵襲性アスペルギルス症をはじめ、その他の希少な真菌がもたらす高いアンメットメディカルニーズに応えていきたいと考えています」

塩野義製薬の手代木功社長は、F2G社と提携の報告とともに、以下のように述べています。

「新薬開発が困難な真菌感染症に果敢に取り組むF2G社と提携できたことを大変嬉しく思います。当社は今後も感染症領域におけるアンメットメディカルニーズに応え、同領域のトータルケアに取り組んでまいります。このミッションの一環として、またF2G社とのパートナーシップを通じて、生命を脅かす侵襲性真菌感染症から人々の健康を守るために、新しい抗真菌薬を患者さんに提供できるようになることを願っています。」

更に積極的に進めるF2G社の今後

いままでも積極的にオロロフィムの開発を進めてきたF2G社ですが、同社のCEOであるラビーノ氏は、「患者層が非常に明確で、患者数が比較的少なく、治療法も限られていることから、オロロフィムは希少疾病用医薬品として位置づけられています」と述べ、更に積極的に開発を進めていく予定です。現在進めている第2相の臨床試験に加え、現在アゾール系治療薬に抵抗性の、または使用できない侵襲性アスペルギルス症患者に対するグローバル第3相臨床試験を準備中で、ラビーノ氏は、「すべてが上手くいくと」来年の今頃には市場に出ているはずと述べています。同社は、ラテンアメリカで開発パートナーも探しているが、米国では、単独で発売する予定です。また、米国では、もう一つの珍しい適応症である渓谷熱(valley fever)も狙う計画とのことです。CDCによれば、アスペルギルス症同様、毎年15,000人程度が罹患しており、そのほとんどがアリゾナ州とカリフォルニア州で発症しています。同氏は、アンメットニーズのある分野の抗菌剤と抗真菌剤に特化したFDAのLPADパスウェイを通じて申請する予定であると述べています。

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