瀕死の国際秩序をどのように再生させるのか 「東京会議2022」第三セッション報告

 東京会議の最後のセッションは「瀕死の国際秩序をどのように再生させるのか」です。冒頭、司会を務める工藤泰志は、「岸田文雄総理が挨拶で『国際秩序を根底から揺るがす暴挙であり、根幹を守る歴史的な分岐点である』と述べたが、国際秩序を立て直すために、我々にどのような努力が求められるのか」と問題を提起。1時間半に及ぶ議論が始まりました。

一方的な行動に対して、国際社会が一つの声を掲げて、一致団結できなかったのが残念、多国間主義は損なわれるばかりで、これこそが危険な状況だ

 インドのオブザーバー研究財団(ORF)のサンジョイ・ジョッシ理事長は、激化するウクライナ侵攻に関して、「インドもこの事態に驚愕している。早期に国際秩序を正常の軌道に戻さなければならない」と述べた上で、他国から「なぜインドは国連決議を棄権し、西側諸国と足並みをそろえないのか」と質される現状について弁明しました。

 そこでは、「国際法上の観点から、ロシアを決して支持していないし、国連でもロシア支持の投票はしていない」とする一方で、「インドには軍事面でロシアと伝統的な利害関係がある」とも述べ、難しい立ち位置にあることへの理解を求めました。

 続けて、ウクライナ情勢については、「不確実な不均衡状態が紛争として生じており、ロシア軍は核兵器使用も辞さない構えだ。どこで事態が収束するのか見えない。ロシア軍はウクライナを制圧しようとしても、一般市民は反乱・抵抗を強めており、傀儡政権を擁立したとしても、その代償は後世まで続くだろう」と厳しい見方を示しました。

 同時に、国際社会の対応については、こうした厳しい情勢にもかかわらず、「国際社会が一つの声を掲げて、一致団結できなかったのが残念だ。多国間主義は損なわれるばかりで、これこそが危険な状況だ。国際的な対応は経済制裁しか見られないが、世界が分断しているためにその効力もうまく働かない」と懸念を示しました。

 今後の行方については、「新たな国際秩序に移行するとしか言えないだろう。政治や貿易、データ通信のさらなる分断が懸念され、より域内の安全保障が重視されることになるだろう」と予測。こうした状況の中では、「EU諸国がより主体性をもって安保体制を強めることが、日本や韓国、台湾などへの強力なメッセージになるだろう」との見解を示しました。

 そして、インド太平洋地域においては、「NATOのような安保体制の実現は求めずに、各国が主体性を発揮して、自らの国家の利益を守り、何とか対話の場をつくる必要がある。外交を再生させる必要があるだろう」としつつ、自国の方針として「インドは積極的に関与して、健全な体制構築に寄与していきたい」と述べました。

安全保障リスクが重視され、グローバルな協力が難しくなっている中、欧州と米国間の連携やG7の協調に加え、より現実的で自律的な役割、安全保障戦略を考えるべき

 続いて発言したイタリア国際問題研究所(IAI)のエットーレ・グレコ副理事長はまず、中露のパートナーシップに関する分析を披瀝しました。ロシアが中国に求めているとされる経済支援・資金提供について「できるとは思わない。公然とロシアを支援することで中国が失うものが大きいからだ。投資も同様に大きな代償を負う。積極的な支援には出て行きたくないのが本音だろう」と否定的な見解を示しました。

 さらにこれに関連して、「従来は経済が国際関係を規律すると考えられてきたが、これからは安全保障リスクがより重視されるようになるかもしれない」と分析。「西側諸国も経済的利益を放棄してでも、安全保障問題を考えなければならない時代が来ると考えられる」と予測。「ウクライナ危機が抑止力を強化することの必要性を示した」としつつ、欧州の課題として「各国が防衛力を強化し、EU全体としての防衛力を統合していく」ことを提示しました。

 また、域外パートナーとの連携にも言及。米欧関係はトランプ政権期に断絶していたものの、現在は修復されているとしましたが、バイデンが主張する、民主主義に基づいた連携には構造的な限界があると指摘。対ロ制裁におけるインドの後ろ向きな姿勢を挙げつつ、一体性がないと今回のような大きな政治・経済的な意味を持つ危機には対応しにくいという弱点を指摘しました。

 グレコ氏はさらに、「地政学な緊張によって、国際的な共有財を守ることが難しくなってきている」とし、グローバルな協力自体が困難になってきている現状を指摘。G20が主導する国際的な協力も、「西欧の影響力拡大を警戒する中ロの反対によってなかなか進まない。宇宙の共同開発やデータ領域における国際ルールづくりが進まないのはその例だ」としました。

 最後にグレコ氏は、イデオロギーの違いに関しても問題提起。「競争は安全保障上の問題だけでない。統治形態が異なることがウクライナ危機にもつながっている。プーチンはウクライナの西欧化を恐れており、これが侵攻の要因となった」と指摘。こうした状況の中では、欧州と米国の同盟、G7の強調を中心とする国際協力も重要でありながら、より現実的で自律的な安全保障戦略を戦略的に考えるべき」と提言しました。

今崩壊しつつある国際秩序の再生は大事だが、改革することも同じくらい重要

 英王立国際問題研究所欧州プログラムディレクターのハンス・クンドゥナニ氏はまず、ロシア、中国を念頭に「国際秩序を守るだけではなく改革することは、国際秩序を再生するのと同じくらい重要だ」としつつ、「冷戦終結後の過去30~40年間において、実は西側諸国の方にも犯してきた間違いにも向かい合う必要がある」と切り出しました。

 ロシアは今まさにウクライナの領土の一体性と主権を侵犯しているが、ロシアや中国が行っていることは、我々が作ってきた国際秩序自身の問題を示している、とクンドゥナニ氏は語ります。

 その上で、この主権概念を生み出した国際秩序は1945年以降、時間をかけて変容してきたものであり、それに伴って国家主権も「冷戦下では重視されていたが、冷戦後になると欧米によってむしろ毀損されてきた」という変化が見られたと指摘し、安全保障秩序においては、欧州と米国が国家を越えてNATOという集団安全保障体制を創設したことを振り返りました。

 そして、コソボ紛争におけるNATOの軍事侵攻を例に挙げながら、「NATOが国連安保理のマンデートなしに軍事侵攻したことに対し、プーチン大統領は『国連のルールを破った』と非難した。それに対して、西側諸国はジェノサイドが起きたことを理由に『ルールを維持するよりも、守るべきことがある』と説明した。本当にそうなのかはまた別問題だが、西側がセルビアの国家主権を侵したという前例をつくってしまった」と振り返り、この「コソボに関してはNATOが防衛的な同盟とは言えなかった」と語り、さらに、「主権にふさわしくない国家がある、という議論が国際司法裁判所創設につながり、人道的な介入へとつながり、結果的に国家主権を損なっていることになった、と述べました。

 クンドゥナニ氏はこれらのことから、「崩壊する国際秩序を再生すると言う際には、私たちがこの誤りにきちんと向き合う必要がある、と語り、今後どのような選択し、どのような国際秩序を作るのか。国家主権が重視された秩序に戻るのか、それよりももっとリベラルなものを選ぶのか、選択によっては不安定さを生み出しかねない」と語りました。

 4人の問題提起を受けて、議論に移りました。この会議の参加者は以下の10氏です。

【アメリカ】ジェームズ・リンゼイ(外交問題評議会(CFR)シニアバイスプレジデント)
【フランス】トマ・ゴマール(フランス国際関係研究所(IFRI)所長)
【ドイツ】ステファン・マイヤー (ドイツ国際政治安全保障研究所(SWP)ディレクター)
【イギリス】ハンス・クンドゥナニ(英王立国際問題研究所欧州プログラムディレクター)
【イタリア】エットーレ・グレコ(国際問題研究所(IAI)副理事長)
【カナダ】ロヒントン・メドーラ(国際ガバナンス・イノベーション(CIGI) 総裁)
【インド】サンジョイ・ジョッシ(オブザーバー研究財団(ORF) 理事長)
【ブラジル】カルロス・イヴァン・シモンセン・レアル(ジェトゥリオ・ヴァルガス財団(FGV) 総裁)
【シンガポール】ローレンス・アンダーソン ラジャラトナム国際研究院シニアフェロー
【日本】工藤泰志 言論NPO代表

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