「人間将棋」藤井五冠が指す「歩兵」となって記者も出陣した 駒の生産量日本一の山形・天童市で開催

甲冑や着物をまとった参加者を駒に見立て行われた「人間将棋」。満開の桜の下、全国から訪れた観客が対局に見入っていた=4月17日、山形県天童市

 将棋の駒の生産量日本一を誇る山形県天童市で毎年4月に2日間開催される「人間将棋」。甲冑や着物を身にまとった人を将棋の駒に見立て、プロ棋士が対局する。新型コロナウイルスの影響で3年ぶりの開催となった今年の最終日、藤井聡太五冠=王将・竜王・王位・叡王・棋聖=と佐々木大地六段の熱戦が繰り広げられ、「駒武者」に応募した記者も藤井五冠の「歩兵」となり出陣した。(共同通信=安村友花)

 ▽私は駒武者、戦いの準備開始!

 3月上旬、人間将棋の駒武者役の応募が始まった。例年2日目は、一般応募制で誰でも参加できると知った記者は迷わず応募。往復はがきに希望の役など必要事項を記載し、天童市に送った。同月末、記者は西軍・歩兵役に決まったとはがきが届いた。

着付けをしてもらう記者=4月17日、山形・天童市

 当日の4月17日午前8時半、まだ肌寒さが残る中、記者は受付を済ませ、市内福祉センターの体育館に入った。館内にはすでによろいやかぶと、刀や旗が並ぶ。想像していたよりも「ガチ」な衣装に心が躍った。駒武者役の男女40人全員がそろい集合がかかった。

 「皆さんは『駒武者』です。びしっと背筋を伸ばし、きびきびと、自信を持って動いてください」。心得を学ぶと、リハーサルが始まった。まずは入場。名前が呼ばれ順番に並んでいく駒武者たち。「まだか、まだか」と待っていると、西軍・藤井五冠陣営の最後尾から一つ前、記者の名前が呼ばれた。

甲冑を着る記者=4月17日、山形・天童市

 続いて佐々木六段率いる東軍の整列も始まった。待っている間は後ろに並んだ女性と談笑。なんと、沖縄からはるばる天童まで来たという。「仕事より藤井君です!」と楽しそうに話す彼女。前日は、将棋駒に自分の好きな文字を書く「書き駒」を夫婦で体験。将棋ざんまいの山形旅行を楽しんでいた。
 その後もリハーサルが続く。盤上での移動の仕方、勝ちどきの練習に刀の抜き方。自らの所属を表す「旗指物」を背負ったまま、体を前に曲げて椅子に座ると、前に置かれた駒に旗がぶつかり倒れてしまうことも学んだ。こつは、背筋を伸ばし、椅子をまたいでから座ること。とは言っても歩兵の記者に旗指物は付いていないが。

 ▽勝利目指し、いざ戦いの舞台へ

 1時間みっちり練習し、体も温まると、着付けが始まった。歩兵役の女性は着物をまとう。西軍はオレンジ、東軍は藍色。各陣営一人目の着替えが終わると、「かわいい」「すてき」「あっちもいいな~」と声が上がった。
 スタッフが手際よく着付けしてくれ、記者もあっという間に支度を終えた。長時間の戦に耐えられるよう、しっかりと締められた帯と、想像以上にずっしりとした着物。「この苦しさが2時間以上続くのか」と不安になったところへ、甲冑を着せられ苦笑いになる。
 しかし鏡には「武者」姿の記者が映る。「そう、これこれ。写真で見たやつだ」とやる気がみなぎってきた。仲間と写真を撮り、互いの姿を確認し合う。10キロ以上の甲冑を身にまとった重役を担う駒も準備を終え、用意されたバスに乗り込んだ。

「駒武者」として刀を抜く訓練に臨む記者=4月17日、山形・天童市

 戦いの舞台に到着し、敵陣営は円陣を組み、気合十分だ。一方の藤井五冠陣営は「こちらは個々の力で勝負だ」と各自で刀の抜き方を復習した。開戦の合図で練習した通りに整列。みんな頼もしい表情だ。王将太鼓が鳴り響き、白煙とともに扉が開く。2千本の桜が咲き乱れる舞鶴山山頂に敷かれた約15メートル四方の将棋盤目指し、いざ、出陣じゃ!

 ▽「お招きいただき、大変うれしゅうござる」

 両陣営が整列し、主役の若き大将2人が武士装束姿でやぐらに上がった。藤井五冠が「本日は天童にお招きいただき、大変うれしゅうござる。全軍を躍動させ、いざ尋常に勝負!」と武者言葉で意気込む。

われらが大将の藤井五冠が武士装束でやぐらに上る=4月17日、山形・天童市

 対する佐々木六段は「藤井殿よ、人間将棋は初めてではないな。あいさつがしっかりしておる。私は動揺しておるぞ」と笑いを誘い、会場から大きな拍手が起こった。
 対局中は、木村一基九段と竹部さゆり女流四段のユニークな解説付きだ。駒が移動する際は王将太鼓が鳴り響く。各駒の性格に合わせて太鼓のリズムや音色が変わり、対局を大いに盛り上げる。

 「一、対局の時間は70分を持って決すべし」
 「一、全ての駒を必ず動かすべきこと」
 「一、王将太鼓が鳴り終わるまで次の一手、指すべからず」
 「一、解説者はその話術をもって対局を盛り上げるべし」
 人間将棋の陣中法度が読み上げられ、戦いの火ぶたが切られた。 

会場となった天童市の舞鶴山山頂は満開の桜に包まれた=4月17日、山形・天童市

 ▽藤井五冠の一手で記者も動く

 佐々木六段先手で対局がスタート。駒武者がどのように移動するのか雰囲気をつかみたい記者は、飛車を背にし「まだ私の番は来ないで」と心で祈った。一手目の王将太鼓が鳴り終わり、藤井五冠のターン、会場の注目が集まる。
 藤井五冠の初手は「8四歩」。祈った甲斐もむなしく、あっという間に記者の出番がやってきた。「姿勢良く。きびきびと」。心得を思い出す。黒子役の地元将棋クラブの小中学生が1マス前へと案内してくれ、将棋に詳しくない記者も難なく移動を終えた。

藤井五冠の一手で前へ進む記者=4月17日、山形・天童市

 胸をなで下ろしたのもつかの間、直後に佐々木六段がさらに歩兵を進めると、「受けて立とう8五歩」と藤井五冠が指示を出す。
 緊張の糸が切れ、ボーっとしていた記者の前に先ほど案内してくれた黒子が現る。「また私!?」。今度ばかりは動揺を隠せず、慌てながら小走りで1マス前へ。顔が赤くなっているのが分かった。
 その後、記者は佐々木六段に取られ、いったん退場。佐々木六段陣営の歩兵として再び盤上に戻ったが、それ以降出番はなし。プロ棋士の表情や仲間の駒武者がどこにいるのか気になるが、盤上では自然と背筋が伸び、キョロキョロと顔を動かせない。後半は、照りつける日差しと背中に貼ったカイロの熱さとの戦いだった。

「人間将棋」で対局する藤井聡太五冠=4月17日、山形県天童市

 大将らは一度も動いていない不動駒に苦戦していた。藤井五冠が「佐々木殿、協力していただけまいか」と要請し、互いに助け合いながら全部の駒を動かし終わると、会場は拍手で包まれた。

 ▽次はよろいかぶとで

 迎えた最終盤、藤井五冠が一気に攻めかかると、佐々木六段が「ここまでか。悔しいが参った」と降参。約1時間に及ぶ対局は、130手でわれらが大将藤井五冠が勝利を収めた。記者は佐々木六段の駒として対局を終えたが、最後は再び藤井五冠の歩兵に戻る。練習したとおり、右足を一歩前に出し、大きな円を描くように腰から刀を抜き、仲間と勝ちどきを上げた。

戦いを終え着替えた記者=4月17日、山形・天童市

 対局後は棋士らと将棋盤に並んで記念撮影し、再びバスに乗り込み、体育館へ。勝敗に関係なく、駒武者一同満足した様子だった。着替えを終えると、一緒に戦った仲間と連絡先を交換。重たい衣装から解き放たれ、体は軽くなったが、心は新しい出会いと思い出で満たされている。

 参加者に配られた弁当と記念品を手に「次はよろいかぶとを着て出陣したいな」と自分の姿を想像しながら会場を後にした。

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