天使と悪魔の二面性、伊藤さやかはアイドル? それともロックンローラー!?  モデル、女優、歌手… 大きく近づく伊藤さやかロックンローラーへの道

ロックンローラーに傾倒したアイドル、伊藤さやか

人は、しばしば求められることと反対のことをやりたがる。

大会社の御曹司が親に反発して芸術家の道を選んだり、芸能一家に生まれた子が堅実な公務員の道に進んだり、王家の跡取りが王冠を捨て、禁断の恋に走ったり――。

彼女もそうだった。

ボブカットに丸顔、親しみやすい笑顔に、十代特有の華奢な体。化粧品会社のコスメのCMで注目され、人気漫画が原作の青春ラブコメドラマのヒロインの座を射止め、デビュー間もなく『夜のヒットスタジオ』に出演―― それは絵に描いたような王道アイドルの道だった。

僕は彼女のトリコになった。

彼女が写った雑誌広告を切り抜き、ドラマは毎週欠かさずチェックし、デビューシングルは予約して購入した。彼女のピンナップは部屋の一番目立つ所に貼った。それは僕にとって、紛れもなく “天使” だった。

しかし――

あろうことか、その後、彼女はロックンローラー路線へ傾倒する。髪を立て、笑顔を封印し、エレキギターを掻き鳴らした。

アイドルの名は伊藤さやか。

CMは資生堂シャワーコロン、ドラマは『陽あたり良好!』、デビュー曲は「天使と悪魔(ナンパされたい編)」―― 今から40年前の今日、1982年5月21日にリリースされた珠玉のナンバーだ。今思えば、そのタイトルは意味深である。

少々前置きが長くなったが、今日は伊藤さやかの物語である。

夢はロックンローラー、高校時代にはガールズバンドを結成

話は少しばかり、さかのぼる。

時に、1980年10月―― 山口百恵が芸能界を引退し、松田聖子が3rdシングル「風は秋色」で初めてオリコン1位を飾った、そんな季節――。一人の少女がスカウトされる。

彼女の名は伊藤美津子、後の伊藤さやかである。この時、高校2年生。女友達3人と沖縄旅行中、あいにくの台風で帰りの飛行機が欠航し、やむなくホテルに戻ってインベーダーゲームに興じていた。

「ヘタだね」

そう言って、彼女に声をかけてきたのが、後に彼女が所属する芸能事務所のヒラタオフィスの社長(当時)である。社長は資生堂のシャワーコロンのCMモデルを探していた。

だが、16歳の少女はその愛らしい顔とは裏腹に、男を突き刺すような目で一瞥すると、再び視線をゲームに落とし、二度と顔を上げることはなかった。

“面白い――”

少女の肝の据わった度胸は、逆に社長の心に火を着けた。

結局、この一ヶ月半後、少女は社長の再三の説得に折れ、CMのオーディションを受けに上京する。原宿見物ができればいい―― そんな軽い気持ちだったという。正直、モデルに興味はなかった。彼女の夢はロックンローラーになることだった。

伊藤さやかの地元は名古屋である。

中学時代はツッパリ少女だったという。誰とは言わないが、80年代のアイドルで、昔やんちゃしていたケースは珍しくない。しかし、伊藤さやかが出色だったのは、デビュー後もそれを隠そうとしなかった点である。

高校1年の5月、彼女は同級生たちとガールズバンド「39」(サーティ・ナイン)を結成する。目標は矢沢永吉だった。女子高生のバンドというとポップな路線をイメージしがちだが、「39」はバリバリのロックバンド。以来、彼女の夢はロックンローラー一筋になった。

運命の女神は、思わぬところで微笑む。

永ちゃんに憧れるロック少女は、なんとオーディションに受かり、資生堂のシャワーコロンのCMに出演する。1980年の暮れのことだ。伊藤美津子から伊藤さやかへ。そして―― このCMが彼女の運命を大きく変える。

スター誕生! で番組アシスタントを務めた “くれよん” のメンバーに

「あの可愛い子、誰?」

そんな評判がお茶の間に立つまで時間はかからなかった。僕が伊藤さやかを知るのもこのタイミングである。まだ髪が長く、商品のシャワーコロン同様、清楚な(!)女の子のイメージだった。

お茶の間のウェーブは、間もなくテレビ局にも伝わる。

1981年4月、彼女は日本テレビ系『スター誕生!』の番組アシスタントによる4人組アイドル “くれよん” のメンバーに選ばれる。テレビのレギュラーともなれば、本格的に東京に腰を据えなければならない。彼女は意を決し、東京の高校に転校する。

同年10月には、テレビ東京系の時代劇『お命頂戴!』のレギュラー出演者にも選ばれる。女優デビューだ。彼女が演じたのは髪結いの町娘のお京。ここで、片岡孝夫(現・片岡仁左衛門)、ハナ肇、新藤恵美、伊吹吾郎、正司歌江ら、そうそうたるベテラン勢と仕事をしたことが、大いに自信となる。

気が付けば、彼女は芸能界の水を楽しんでいた。

資生堂のシャワーコロンのCMも好評を博し、1年間の延長が決まる。当初は気が進まなかったモデルの仕事も、この頃はすっかり板についていた。

あだち充原作ドラマ「陽あたり良好!」岸本かすみ役に!

―― と、ここで一旦、話を変えます。

当時、僕ら中学生の間で、あだち充の漫画が大ブームになっていた。最初に火が着いたのが『みゆき』で、先祖返りして『陽あたり良好!』にもスポットが当たった。あだち漫画の利点は、男女で回し読みできる点にあった。それまで漫画は、男女別々に読むものだったからだ。

そんな最中、満を持して少年サンデーで連載が始まったのが『タッチ』だった。81年の夏だったと思う。言うまでもなく僕ら中坊は、それら3作品のヒロイン―― 若松みゆきと岸本かすみ、そして浅倉南に恋をした。間違っても同一キャラなどと言ってはいけない。それがあだち漫画の暗黙のルールだった。

年が明けて1982年、『陽あたり良好!』のドラマ化の話が伝わってきた。僕ら中坊は歓喜した。何せ、同ドラマの1話の冒頭シーンは、風呂場で主役の男女2人が裸で鉢合わせするシーンだからである。

「岸本かすみの役、伊藤さやかに代わったってよ」

そんな知らせがあったのは、オンエア直前だったと記憶する。

ヒロインが都合で沢村美奈子から伊藤さやかに変更されたとのこと。その理由は今もって分からない。だが、僕にとってそんなことはどうでもよかった。

「伊藤さやかが岸本かすみ!? ってことは――」

1982年3月21日、日本テレビ系でドラマ『陽あたり良好!』が始まった。主人公の高杉勇作を演じるのは竹本孝之である。僕はテレビの前で正座して待機した。原作通りなら、1話の冒頭は――。

期待以上だった。文字通り、体当たりの演技を伊藤さやかは見せてくれた。

これは邪推だが―― 当初、ヒロイン役だった沢村美奈子は1話の撮影中にスタッフ間のトラブルで降板したというが、件の冒頭シーンで何かあったのではないか。そして伊藤さやかに白羽の矢が立ったのも、彼女の “度胸” を知る社長の推薦があったのでは――。現に、彼女は代役のオファーを受けた翌日、早くもファーストカットである風呂場のシーンを撮影したという。

更に僕を歓喜させたのは、伊藤さやかの新しい髪型だった。

彼女は、岸本かすみに似せるために髪をショートに近いボブにカットしていた。当時、猫も杓子もアイドルたちがミディアムヘアーの聖子ちゃんカットにする中、そのキュートな髪型は新鮮に映った。抜群に可愛かった。花の82年組で最初に髪を切ったのは小泉今日子ではなく、紛れもなく伊藤さやかである。

同ドラマは、予想以上の人気を得た。特に伊藤さやかの評判がよく、明るく爽やかで、サバサバした性格の岸本かすみは、最高のハマり役だった。

ドラマのスタートから2ヶ月後、彼女は歌手デビューを飾る。ここに至り、彼女はモデル→女優→アイドル歌手と、遠回りしつつも、当初の目標だったロックンローラーに、わずかながら近づいたことになる。

だが―― 可愛い顔の裏に、そんな思いを秘めているなんて、当時の僕らファンが知る由もない。

伊藤さやかデビュー曲「天使と悪魔(ナンパされたい編)」

 Yesか Noか 好きか 嫌いか  〇か✕かで 悩んでいるの  私のなかの 天使と悪魔  アー どうしよう

デビュー曲のタイトルは「天使と悪魔(ナンパされたい編)」である。

作詞・Heart Box、作曲・Keith Brown―― と言っても、外国人じゃない。これらは作詞家・篠原仁志と、作曲家・鈴木キサブローの別名義である。いや、それだけじゃない。伊藤さやか自身も Sayaka 名義だった。しかもジャケットの写真はアイドルというより、ちょっとアーティストっぽい。

嫌な予感がする――。

 突然うしろで クラクション  ドライブ誘う声  Greaseテカテカ きめたヤツ  Winkしてる

歌詞の内容は、オシャレして背伸びしたい女の子が周囲の目を気にして、ナンパを意識するストーリーである。この時、彼女の心の内の “天使” と “悪魔” がせめぎ合う。

(天使)知らんぷりするのよ (悪魔)でもカッコいいじゃん (天使)ついて行っちゃダメダメ (悪魔)ドライブくらい いいじゃない “ドジ”

構成としては実験的で面白い。

ちょっと背伸びしたい女の子と、まだまだ純潔を守りたい女の子の葛藤―― それを自分の中の “天使” と “悪魔” の2面性で表現する。

アイドルのデビュー曲としては大胆かもしれない。だが、過去に山口百恵の “性典路線” の前例もあるし、これはこれで、チャレンジングで面白い。

実際、同曲はスマッシュヒットして、彼女は『夜のヒットスタジオ』に出演する。歌う彼女の姿はキュートだった。そうだ―― 当の伊藤さやかが可愛ければ、何の問題もないじゃないか。

―― だが、その考えが甘い幻想だったことを、間もなく僕らファンは知ることになる。ロックンローラー・伊藤さやかの影は着実に忍び寄っていたのである。

おっと、この続きは、彼女のサードシングルにして最大のヒット曲「恋の呪文はスキトキメキトキス」に場を移し、改めて語らせてもらうことにする(早すぎたアイドル、伊藤さやか「恋の呪文はスキトキメキトキス」参照)

この続きは、そちらで。

歌詞引用:
天使と悪魔(ナンパされたい編)/ 伊藤さやか

※2018年5月20日に掲載された記事をアップデート

カタリベ: 指南役

アナタにおすすめのコラム あだち充「陽あたり良好!」にみる合法的に可愛い女子と同棲する方法

▶ 伊藤さやかのコラム一覧はこちら!

80年代の音楽エンターテインメントにまつわるオリジナルコラムを毎日配信! 誰もが無料で参加できるウェブサイト ▶Re:minder はこちらです!

© Reminder LLC