杉山清貴&オメガトライブ「SUMMER SUSPICION」カーステと相性抜群の和風AOR  杉山清貴の日比谷野音ライブ「The open air live “High & High” 2022」がWOWOWで生中継!

ドライブデートのBGMは杉山清貴&オメガトライブ

1984年秋。半年前、18歳の誕生日が来てすぐ運転免許証を手にした彼は、祖父のトヨタ・ソアラ2800GTのハンドルを握っていた。夏に購入したばかりのピカピカの新車を、散々拝み倒して貸してもらった。デジタルメーターに高級カーオーディオ。銀色のボディが眩しい。夏のはじめに知り合った、女子大に通う同学年の彼女は、いつもと違う車に、きっとびっくりするだろう。

「え、これってこないだ話してたおじいちゃまの車?」

大学、バイト、お稽古や合コンの隙間を縫って通う教習所前に、シルバーのソアラを運転する同学年の彼。わたしは目を丸くした。彼のポジションが一段上がったのは言うまでもない。海沿いの国道を西に向かい舞子のカフェレストラン、ウェザーリポートでお茶したり、六甲山から神戸の100万ドルの夜景を観たり… といった、甘美なドライブデートがそれ以降何カ月か続いた。

都会とリゾートを巡るドライブデートのBGMとしてソアラのカーステレオからよく流れていたのは、杉山清貴&オメガトライブのファーストアルバム『AQUA CITY』。アルバムの1曲目は、「SUMMER SUSPICION」。スリリングなイントロではじまる彼らのデビュー曲で、テレビの歌番組でもお馴染みの曲。杉山清貴さんの澄んだきれいな声が印象に残る。

ライブ盤から溢れ出す、杉山清貴の力強いヴォーカルとグルーヴ感

甘美なドライブデートの日々から3年の月日が流れ去り、2年弱の海外留学から戻ったわたしは自分で小さな車のハンドルを握り、杉山清貴&オメガトライブ『Live Emotion』を聴いていた。1985年10月から12月のラストツアーを収録して1986年に発売されたライブ盤である。わたしが西宮北口駅前のレンタルレコード屋で見かけたのは1987年夏。何気なく聴いてみたらヴォーカルの力強さとグルーヴ感に、「ほう!?」と驚いたものだった。

杉山清貴&オメガトライブというバンドに対して、わたしが持っていた印象は “端正かつ人懐こい、海寄りのシティポップス” だった。端正というのはスタジオ録音盤の杉山清貴さんのヴォーカルの印象が大きい。カセットで聴く音源とテレビの歌番組でしか知らなかったのが、ライブ盤では端正さに加えて歌声からパワーとグルーヴ感が溢れていた。それまで、オメガトライブについてはAOR的なサウンドが好きで車でのBGMとして聴いていたので、杉山さんのライブでの歌声は新鮮だった。

そこから約30年。2018年に発売された書籍『杉山清貴&オメガトライブ 35年目の真実』(DU BOOKS)を読んで、わたしのなかでライブ盤を聴いたときに感じた「ほう!?」の疑問の糸がほどけた。

ロックヴォーカリストだった杉山清貴に求められたものは?

アマチュア時代の杉山さんは横浜のロックバンド “きゅうてぃぱんちょす” でヤマハのポプコンに3大会連続出場していたロックヴォーカリスト。作詞家の康珍化さんは、杉山さんの声を「透明感があるけど芯が硬い、人間臭いヴォーカル」と語っている。きゅうてぃぱんちょす時代の杉山さんのヴォーカルは端正でいてパワフルだ。YouTubeでも聴けるので比べてみてほしい。

ただ、デビュー前の杉山さんのヴォーカルはプロデューサーの藤田浩一さんが考えるオメガトライブの世界観とは少し違っていた。前述の書籍での康珍化さんのインタビューによると藤田さんの希望は「夏のバンドを作りたい。当時、夏のバンドといえばサザン。ただ、サザンでは満足しないアンテナを持った人たちが聴く夏の歌を作りたい」。

音楽性はドメスティックで、たとえるなら稲垣潤一さんのような日本のシティポップス。林哲司さんは前述の書籍のインタビューで「サザンは「氷」の垂れ幕がかかっている海の家でもOKだけど、オメガってビストロじゃなきゃいけない感じがある」と語っているが、まさにソフィスティケートされたものが求められた。

「SUMMER SUSPICION」オメガトライブの世界観を出すための歌い方

作曲家・林哲司さんが書いた、当時のAORにドメスティックな日本独特の哀愁感を音楽的技法で載せたメロディとサウンド。それはスリリングでドラマティックなものだった。

音を聴いた作詞家・康珍化さんは “車の中” のシチュエーションを思い浮かべて、ビーチも砂も波もない詞を載せた。恋人達が過ごす車の中での、ふたりの心象風景やモノローグ。そこには藤田さんの求める世界観があった。

「杉山清貴&オメガトライブ」としてのデビュー曲となる作品「SUMMER SUSPICION」を出すにあたって、プロデューサーの藤田浩一さんはオメガトライブの世界観をつくるため、杉山さんに何度も歌い直しをさせた。

2021年1月3日放送のBSトゥエルビ『ザ・カセットテープ・ミュージック』にゲスト出演した杉山さんは当時のエピソードをこう語っている。

「(オメガトライブは)切り取った世界ですから、あの音楽を表現するにはああいう歌い方がいちばんよかった」

アマチュア時代はずっと声を張って歌っていたので、「藤田浩一さんに(声を)張るな、抜け」と言われ続けたとも。杉山さん自身は小学生の頃からラジオで洋楽に親しみ、いろいろな歌い方を体得してきたので、藤田さんの指示に従うことができたのではないか。番組を見てそう思ったものだ。

ライブで実感! 杉山清貴、生の歌声の凄み

かくして、林哲司さんたちの作る和風AORサウンドに、康珍化さんや秋元康さんが書く優しくて少し情けない男の子の恋愛模様が載った、杉山清貴さんが歌う少しおしゃれなシティポップスは、わたしたちを含めた当時の若者のカーステレオの常連となっていった。

わたし自身がライブでの杉山さんの生の歌声の凄みを意識したのは割と最近のこと。2016年5月に、吉祥寺スターパインズカフェで行われた村田和人さんの追悼ライブで、存在感のある声と声量に度肝を抜かれた。天国の村田さんに届けとばかりに響く歌声は表情に富み、かつパワフルだったのを昨日のように思い出す。

近年、日比谷野音や中野サンプラザでのライブで、再結成した杉山清貴&オメガトライブのライブを観たが、同じキーでより太く力強い声で聴けるのは感慨深いものがあった。

2021年1月31日に掲載された記事をアップデート

カタリベ: 彩

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