「だれも市町の避難所には行きたくない?」変わる大雨災害時の避難意識

去年8月の大雨での避難行動 専門家も「興味深い」調査結果

梅雨末期のような気圧配置が続き、西日本を中心に各地で記録的な大雨となった去年8月…。特にお盆の時期には、九州北部や広島県に「大雨特別警報」が発表され、河川の氾濫や土砂崩れなどが相次ぎました。当時のニュースや天気予報では、「西日本豪雨に匹敵する雨量のおそれ」といった伝え方がされていました。実際、8月中旬に広島県で降った雨の合計は、県の北西部を中心に、4年前の西日本豪雨を上回る記録的な大雨となりました。一方で被害は、4年前と比べるとかなり限定的なものでした。

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去年8月の大雨について、広島県は、住民の避難行動に関する状況を把握するためのアンケート調査を行いました。調査対象や質問内容は以下の通りですが、ザックリいうと、「『土砂災害』または『洪水』の危険性のある場所」にいて、かつ、「実際に避難指示以上が出されたエリア」にいた人が対象で、「災害が起こる前にどのような行動をとったか」を聞いたものです。

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「事前の避難の実態 」について調査

大雨災害が起きた際の避難行動に関する調査は、これまでに起きた多くの災害で、色々と行われていますが、今回の調査について、災害情報学が専門で、自らも数多くの災害に関する調査を実施している静岡大学防災総合センターの牛山素行教授(災害情報学)は、次のように話しています。

―静岡大学防災総合センター 牛山素行 教授

「よくあるアンケートだと、災害と直接関わりのない人の回答がけっこう入ったりするが、この調査の警戒レベル4以上が出た地域で、かつ、土砂災害警戒区域または浸水想定区域にいる、つまり災害の可能性のある所の人に限定して調査されている」

その中でも、牛山教授は、➁の「避難率」や「避難先」に関する質問の回答が、今の避難に対する人々の意識を表していて「非常に興味深い」と話します。そのあたりを詳しく見ていきましょう。

「避難率5%」の意味

今回のアンケートに回答した人の年代についてです。3分の2を占めるのが「60代以上」です。「50代以上」まで広げると全体の4分の3以上を占めます。今回、災害の危険性が高まった地域は、広島市北部から芸北地域で、都市部ではなく郊外から中山間地域だったのもありますが、中高年が大多数を占める形です。

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では、去年8月の大雨の際、災害のおそれが高まった地域では、事前にどれだけの人が避難行動を取ったのでしょうか。今回の調査で、県が「避難率」として定義したのが、市町が開設する避難所"以外"への避難も含めた避難率(=実質的避難率)という数字です。

結果をみると、「洪水の浸水想定区域」(=以下、洪水と表記)では、避難率がおよそ20%、「土砂災害警戒区域」(=以下、土砂災害と表記)」では、避難率は5.7%となっています。

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また、避難してない人に「避難をしなかった理由」を聞いたところ、洪水、土砂災害ともに半数以上の人が「避難しないといけないほど危険とは思わなかった」ことを挙げました。「屋外の状況から避難する方が危険と思った」「感染症(新型コロナウイルスなど)が不安」という回答も、洪水・土砂災害のいずれでも2割前後ありました。

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土砂災害では「垂直避難で十分だと思った」という回答も20%を超えています。避難に関する国のガイドラインでは、土砂災害の場合、家屋の2階などに「垂直避難」をしても危険とされています。そのため、避難は危険な場所から移動する「立ち退き避難」を原則としているため、土砂災害の避難率に「垂直避難」の人は含まれていません。

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―静岡大学 牛山素行 教授

「昨年、大雨があったわりには人的避難が少なかったのは、積極的な避難が行われた結果という意見も聞いたことがある。でも、今回の調査結果をみると、そうでないことが改めて認識させられる。」

「決して多くの人が積極的に避難行動を取ったわけではない。被害が少なかったのはあくまで結果論で、ギリギリのところで雨の降り方がおさまったから。」

まさに「紙一重」だった去年の大雨 西日本豪雨との違いは

去年の豪雨では、総雨量だけを見れば4年前の西日本豪雨を超える地点も少なくありませんでした。一方で、去年の被害の規模は全体でみると西日本豪雨に比べてかなり小さくなっています。では、2つの災害の被害の大きさを分けた要因はどこにあるのでしょうか。その大きな理由の一つが雨の降り方の違い、特に「短時間に非常に激しい雨が後半に降ったか」という点です。

西日本豪雨では、最後に2つの非常に激しい雨のピークがありましたが、去年の大雨ではありませんでした。

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―静岡大学 牛山素行 教授

「去年の大雨は、西日本豪雨と比べると桁違いに被害が少なかった。危険だと思わなかったという人の認識も結果論的にはあながち的外れではない。呼びかけはあったけれど、そんなに大したことなかったよねと。ただ、それは結果としてそうだっただけで、災害の危険度が高まっていたから様々な避難情報が出ていた。」

「去年はそんなに大きな被害は出なかったので空振り気味の情報だったかもしれないが、もうちょっとだけ降り方が違っていれば、結果は大きく変わった可能性はある。『空振りを恐れるな』というが、精神論的なことだけふりかざすと、だんだんと情報の信頼性が損なわれていく。去年のケースで言えば、被害は大きくなかったが、もうちょっと違えば紙一重だったというデータや事実を示しつつ、今回は意味のない空振りではなくてギリギリだったことを提示していくことも重要。」

だれも市町の避難所には行きたくない?

今回の調査で、特に牛山教授が「興味深い」と注目したのが、「避難先」についての結果です。事前に何らかの避難行動を取った人へ、「どこに避難をしたのか」を聞いたのが以下の結果です。

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「避難先」として最も多かったのが、洪水では「垂直避難」、土砂災害では「親族の家」で、いずれも半数以上を占めています。また土砂災害では、「ホテルなどの宿泊施設」を挙げた人も16%いました。その他にも「商業施設」や「勤務先・通学先」、「車中泊」などの回答も、数はそこまで多くはありませんが挙がっています。

一方で、市や町が設置した避難所を選んだ人は、土砂災害・洪水のいずれの場合も2割未満でした。

この結果について、広島県は「避難状況は低調だが、分散避難が進んでいる実態が明らかになった」としています。

―静岡大学 牛山素行 教授

「行政機関が決めた避難所以外に避難をした人が、圧倒的多数だったというのは非常に興味深い結果。」

「(例えば土砂災害では)避難行動を取った人は5%前後で必ずしも多くないが、その5%の中でみると、県のいうように多様な避難が実現している。これは前向きに評価していいのでは。」

高まる「分散避難」の意識

4年前の西日本豪雨では、災害直後にマスコミが取り上げていた数字の一つに「避難所への避難率」があり、この数字が非常に低いことを問題視するような取り上げ方も少なくありませんでした。一方、2019年の東日本台風では、市街地を流れる大規模な河川の氾濫が相次ぎ、避難所に収容人数を超える避難者が来るなど、避難所の「過密」が問題に。これを受けて、国をはじめ、さまざまなところで「避難所だけが避難ではない」として、親族の家や宿泊施設などの「分散避難」が広く呼び掛けられるようになりました。さらに、最近のコロナ禍による感染症リスクへの不安によって「分散避難」の意識が高まっていることが、今回の調査結果から見て取れると言えそうです。

―静岡大学 牛山素行 教授

「避難と言えば、避難所に人を集めることであるというイメージが強いが、やっぱり現実的な気持ちとして、行政の避難場所にあまり行きたくない気持ちを持つ方が、やっぱりかなり多いんだろうなという現実が示された。だから多様な避難のあり方は間違いではない。」

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まもなく大雨シーズンへ

中国地方の梅雨入りの平年日は6月6日ごろ。まもなく本格的な大雨の季節に入ります。まずは自分のいる場所にどんなリスクがあるのか、危険な場所にいる場合、どこに避難するのかについて、避難先の災害リスクも含めてハザードマップなどで確認する必要がありそうです。

―静岡大学 牛山素行 教授

「避難所というのは本当に他に行き先がない人のためのセーフティーネットとしては必要だが、やっぱり避難所もスペース的にはやはり限界があるわけで、避難所以外で対処できるのであれば、そうではない方法を確保するというのが重要というのは非常に示唆的だと思う。」

「人それぞれの都合に応じて、人それぞれの意向に応じて避難先を考えておくことが重要なんだろうなと思う。」

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