おととし、生まれて間もない娘を死なせ、遺体を遺棄したとされる技能実習生だったベトナム人の女の裁判員裁判です。被告は、なぜ、こうなる前に周囲に相談したり、助けを求めたりできなかったのか…。事件の背景に浮かんでくるのは、「技能実習生」特有の事情です。
□ 病院を受診できず
被告が、最初に産婦人科を訪れたのは、妊娠初期にあたる2020年春。広島市内のクリニックでは診察されたものの、日本語がわからないために詳しい診断内容は理解ができないまま、東広島市内の病院を紹介されました。
しかし、その病院では、「言葉のわかる付き添いが必要」だとして診察してもらえなかったといいます。
ベトナム人の当時の同僚や交際していた男性には付き添いを断られ、会社や監理団体には結局、言い出せずに時が経ちます。
臨月が迫った秋ごろ、再び、その病院を訪れ、携帯の翻訳アプリを使って「赤ちゃんが元気かどうか見てもらいたい」と希望を伝えたそうですが…。
弁護士
「なんと言われたんです?」
スオン被告
「『一緒に付き添いを連れてこないといけません』と言われて、帰りました」
弁護士
「ほかの病院に行こうとは考えなかったんですか?」
スオン被告
「仮に行ったとしても、わたしは日本語がわからないから、どうせ受診できないだろうと思いました」
弁護士
「2回目も断られて、どんな思いになりましたか?
スオン被告
「とても悲しかった。そして全てが嫌になってしまいました」
結果的にスオン被告は、会社の寮で1人で出産しました。
□ どうして相談しなかったのか?
スオン被告は、裁判で周囲に相談しなかった理由として、▽「妊娠すると帰国させられると思っていた」、▽「帰国させられたら借金が返せない」と証言しました。
□ 妊娠したら強制帰国?
技能実習生の保護などについては、「技能実習法」に定められています。また、実習生には「産休」「育休」を定めた労働法も適用されます。さらに法務省などからの通達で「技能実習生を妊娠を理由に解雇してはいけない」との注意喚起もされていました。つまり、ルール上、帰国させられることはあり得ませんでした。
□ 相談窓口は?
さらに技能実習生を保護する立場の監理団体は、月に1回程度、面談し、SNS上でも母国語での相談が可能でした。
実習生に配られている手帳には、技能実習機構の連絡先や母国語相談窓口も記されています。これらを頼ることはできなかったのでしょうか?
技能実習生の現状に詳しい斉藤善久准教授は、「制度自体に信頼がない」と指摘します。
神戸大学 大学院国際協力研究科 斉藤善久准教授
「特にベトナム人たちは、(技能実習の)手数料の上限が規制としてあることを知っているが、それが全然、守られてないっていうことを肌で感じて、この制度自体が決まり通りには動いてないんだっていうふうにそもそも思っています。だから、そこで信頼がないですよね。だから相談してもどうしようもないだろうと」
□ 守ってもらうのも困る?
さらに、妊娠を言い出せない、もう1つの理由が借金だといいます。スオン被告の場合も事件当時、本人のベトナムでの何年分もの年収に相当する額の借金があったとされています。
斉藤善久准教授
「日本に来る手数料等が高いからですよね。その借金を返すために少しでも稼ぎたい。まして借金を抱えて利息を毎月払わないと、家・土地がなくなるような立場だから休んでいられないんです。いい職場だったら、たぶん体調を心配して、休ませるとか、残業させないとかしますよね。それは困るんです」
□ 「妊娠=帰国」はウワサ?
「妊娠したら帰国」というのは、今や根も葉もないウワサだったのでしょうか?
斉藤善久准教授
「それは根拠のあるうわさです。みんな、だから『妊娠したら仕事を辞めさせられてしまう』という認識で中絶をする」
SNS上には、日本では未承認の経口中絶薬を求めるベトナム語が飛び交います。そして中絶しない場合は…。
斉藤善久准教授
「多くは別な名目、帰ってもらっていると思います。『ここで自己都合退職にしないと、産んだ後にほかの実習先をあっ旋しませんよ』という言い方をして、自己都合退職させる」
― 産んだばかりの子を死なせてしまったことへの非難は避けられないし、刑事責任は免れません。ただ、同じような事件が起こらないようにするために、今回を「彼女の犯罪」で終わらせず、考えることが必要なのでは…。判決は、今月31日に言い渡されます。
― 広島県内の技能実習生はおよそ1万5000人。本来、制度の目的は「技術を伝える」こと。しかし、受け入れる側は「人材確保」の側面が強く、実習生側も多くが稼ぐために借金してまで来日していて、制度の建前と実態がかい離している実態があります。