「ロシア兵のいないウクライナ!」大学生になった“ランドセル俳人”が紡いだ言葉

散歩の途中、葉っぱの上の虫にじっと見入る西村凜太郎さん=4月17日、堺市

 「ランドセル俳人」と呼ばれた小学生は、大学生になっていた。五・七・五を武器に同級生らからのいじめをしのぎ、小学6年時に出版した俳句集は10万部売れた。

 冬蜘蛛(ぐも)が糸にからまる受難かな (俳号・小林凜・8歳)

 近所の散歩道で出会う動植物に自分を重ねる句作スタイルだった。折しも勃発したウクライナでの戦争。言葉は暴力にどう抗うのか。自身の痛みの記憶とともに聞いた。散歩道や、体を張って守ってくれた母と祖母のいる家で、時に通信アプリを使って。(共同通信=米増大輔)

 ▽小学校入学直後からいじめ

6歳。ランドセルを買ってもらい、うれしくて背負った。買った時の商品札が付いている(西村史さん提供)

 大阪府岸和田市に住む西村凜太郎さんは2001年5月、体重944グラムで生まれた。母親の史さん(58)の証言では、水頭症の疑いがあり、医師から頭部への打撲に注意するよう伝えられる。歩くのが遅く、小走りするとすぐ転んだ。

 小学校に入学するとすぐいじめられた。体のバランスを取ろうとするのか、両腕を直角に曲げ、胸の横にくっつけて歩いた。その様子を同級生に「おばけみたい」とからかわれ、教室で小突き回され、引っかかれ、腕をねじられた。1週間後には、突き飛ばされて顔を強打したが、担任は史さんに「1人でこけた」と説明した。

6歳。自宅で寝そべる(西村史さん提供)

 突き飛ばされて腰を打った時には、史さんは息子から暴力を振るった少年の名前を聞き、担任に抗議した。凜太郎さんによると担任は5日後、電話で全く別人のお調子者だった少年がやったと伝えてきた。「やったのは君じゃない」と少年の謝罪を受けなかったが、担任はその子に謝らせた。

 天井に小蜘蛛一匹冬の旅 (7歳)

 いじめられ行きたし行けぬ春の雨 (11歳)

 ▽痛みの記憶について

 私は4月上旬、凜太郎さんと初めて対面した。話し始めてほどなく、彼の声が怒気をはらむ。「(学校の)環境がそれ(いじめ)をつくった。ゆがんでいる!」。そして「教師は助けてくれなかった。(少年たちの)間違いを正さなかった。黙認していた。怒りはくすぶっている。たぶん一生消えない!」
 小学2年生の秋、家族は不登校を決断した。3学期に登校を再開したものの、いじめは続き、5年生の6月に再び不登校を決めた。中学でも「ただ生きているだけで嫌悪」(凜太郎さん)された。

 柊(ひいらぎ)に刺した鰯(いわし)が吾を見つめ (12歳)

 房もげば一粒落つる葡萄(ぶどう)かな (15歳)

9歳ごろ、自宅近くにて。桜の花びらを集めている(西村史さん提供)

 凜太郎さんは、幼稚園のころから好きだった江戸時代の俳人・小林一茶にあやかりたいと俳号を付けた。3年生の12月、「朝日俳壇」で自句「紅葉で神が染めたる天地かな」が選者の長谷川櫂氏の推しで初入選し、その後第一人者の故・金子兜太氏にも採られ、光明を見る。小学時代に詠んだ句は300超。
 凜太郎さんは「言葉は武器だったが銃や刀ではなかった。でもよろいになった。言葉で(物理的な意味で)相手を倒すことはできないけれど、自分の心を守ることはできる。わたしにはそれが俳句だった」と振り返る。「神仏に祈ったことはない。神仏は、いれば、いた、でいい」。

 紅雨(こうう)とは焼かれし虫の涙とも (12歳)

 ▽ロシア兵士に向けた視線

 春の虫踏むなせっかく生きてきた (8歳)

 満開の桜の林を背に私たちは彼の自宅から歩き出し、近所の公園にさしかかった。彼が突然「あっ、スズメ」と声を上げ、立ち止まった。私は聞きたいこと、それを切り出すタイミングのことで頭がいっぱいで「それが、どうした?」とばかりに1、2歩前に行く。地面にいた群れが一斉に飛び立つ。じっと見ていたかっただろうに、と彼に謝りつつ、驚きを込めて「いつも、こうなの?」と尋ねると、無言でうなずいた。

自宅近くの池のほとりにて=4月3日、大阪府岸和田市

 夏になると、こんな感じらしい。池のカエルが道路向こうの側溝に渡る途中、たくさん自動車にひかれる。凜太郎さんは、目にしたカエルはすべてつかんで側溝に放す。大きなクモが家にまぎれ込む。史さんの話だと、「殺さないで!殺さないで!」と叫び、袋にエサと入れて一晩庭に置き散歩道に放すという。
 私は1時間半の散歩で少し彼を理解した。虫のことになると多弁だが、質問されたこと以外は自ら話さない。ただ、彼の言葉が上滑って聞こえてくることはない。
 凜太郎さんは大学で日本文学を専攻し、書いた小説を見せ合う友人ができた。3回生になろうかという2月24日、ロシア軍がウクライナに侵攻。戦闘で投降した惨めな若いロシア兵を詠み、3月9日に朝日俳壇へのはがきを投函した。私は彼の家で写しを見せてもらった。

 武器捨てし露兵の涙春の泥 (20歳)

 はがきにはこう添えてある。「兵士たちの心も永久凍土のように凍ったままではないのです」。凜太郎さんは最近、小学生のころに児童向けの本で知った句のことを思うという。

 戦争が廊下の奥に立つてゐた (1939年 渡辺白泉)

 「戦争とは無縁そうな場所が、火種ひとつで、いつの時代でも、どこでも戦場になりうる。句にはいいようのない不安が漂っている」「学校の廊下でもいじめは起きる。ウクライナの戦争でも、小学校だったところが軍隊の拠点になったりしている」

 ▽「いわれのない暴力を受ける憂い」

 約2週間後。今度は私たちは少し離れた町を歩き、7時間一緒にいた。彼は散歩前にアプリで「あんなに小さいのに、一歩踏み出して生きている」「特段意識している訳ではないのですが、虫と人間、同じ仲間だと思っています」と語っていた。道でダンゴムシ、テントウムシ、交尾で尻部をくっつけ合うホタルに似た虫に出会う。それらが人に踏まれない場所に動くまで自分が仁王立ちして守るか、アスファルトの割れ目から出た草むらに放すかした。当然、私たちの歩みはのろい。

 おお蟻(あり)よお前らの国いじめなし (11歳)

散歩道で交尾する虫を見つけ、しゃがんで見守る凜太郎さん=4月17日、堺市

 私はこの散歩の数日前、戦争といじめについて聞く、と質問項目を書いて送っていた。一方で「聞くのは、暴力みたいなものではないのか?フラッシュバックが起きないだろうか」とも心配した。しかし当日は聞きたい気持ちが勝り、つらそうだったら中断しよう、虫探しをしよう、と腹を決めた。
 大きな木の下に座ってもらった。凜太郎さんは語りだした。ウクライナ関連の連日のニュース映像について「目を背けてはいけないが、胸が締め付けられる」と話し、ロシアの侵攻を「いわれなき、理不尽な暴力」と非難した。そして「いじめに遭った自分の過去と戦争の映像がかぶってくることはない」と語る一方、「正当な理由がなく、相手のきまぐれでも起きる。いじめと戦争は、そういうところが同じ。いじめでも最悪、人が亡くなる」と続けた。
 アプリでのやりとりも、記憶の断片をつなげるのに役立った。
 「(私の場合)つらかったのは、憎しみではなく、憂いだった。暴力を振るうこと自体に目的があるという、いわれのない暴力を受ける憂い」「無力だった自分への憂い、抵抗もできずにただ一方的にやられるサンドバッグでしかなかった自分への憂い」
 「いじめっ子は、コオロギを追いかけ回した末に頭をつぶしたり、捕まえたカメを共食いさせて、死体を教室に放置したりと見るに堪えなかった」「私と生き物は、抵抗もできずに痛めつけられる存在として、同じでした」

 実ざくろの割れて魂解き放つ (10歳)

 無花果(いちじく)を割るや歴史の広がりて (10歳)

 ▽言葉で希望を持つことができる

 私は「戦火を逃れてきた人に、俳句や詩のつくり方を聞かれたら?」とたずねた。すかさず「生まれて20年、戦火に遭っていない自分に何ができるというのだろう」「ウクライナでは、どんな言葉も、爆弾から(その人を)守ってくれない。それがやるせないです」とつぶやいて、彼は黙った。

9歳ごろ、通学路にて。虫を入れた袋を持っている(西村史さん提供写真)

 それでも私が促すと「思いつく言葉、ありとあらゆる言葉を全部出して、と伝えたい。罵詈雑言でもいい、それでちょっとでも心が軽くなるのであれば。俳句ならその言葉を五・七・五の十七字にして韻を踏んで整える」
 凜太郎さんは続けた。「ただ、ウクライナの人たちは、言葉で希望を持つことができる。私たちは、その人が望む言葉を共に口にすることができる。『ロシア兵のいないウクライナ!』」と。
 後日、今度は詩に願いを込めてきた。
 「心の底からの叫びは/聞いている人がいる限り/どこかの誰かが拾い上げ/世界を駆け巡って大きくなって/あなたを助ける誰かに届く」
 「不条理を前に口を閉ざすな/それが、自分たちにできること」

 ▽旅先から〝平和〟を希求

 ヤモリ、ルリビタキ、アゲハチョウ、セミ、コスモス、冬のハチ…。季節が巡っても、彼はいつも弱い存在に心を寄せ、しゃがみこんで仲間の視線に立ってきた。

ムカデを探すのに持参のピンセットで落ち葉をめくる=4月3日、大阪府岸和田市

 蒲公英(たんぽぽ)や霜将軍にやられずに (8歳)

 冬の薔薇(ばら)立ち向かうこと恐れずに (12歳)

 20歳になり、句作は月に3、4句で、最も多作だった小学3、4年時の6割ほどになった。「大学の課題で忙しい」と言いつつ、投句を続けている。

 4月の終わり、母と遅春の山里を旅する彼から、ウクライナを思った、と句が届いた。冬を耐えたたんぽぽが柔らかな日よりに包まれる様子を詠んだ。

 空青く足もと黄色つづみぐさ (20歳)

夕闇が迫り、菜の花畑の前から家路に就いた=4月3日、大阪府岸和田市

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