11歳の息子の命奪われた父、元少年Aに「答え」求め続け 「思い渦巻く25年だった」 神戸連続児童殺傷事件

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亡くなった淳君への思いや事件後の歩みを語る土師守さん=神戸市中央区

 1997年に神戸市須磨区で起きた連続児童殺傷事件で小学6年の土師淳君=当時(11)=が亡くなってから、24日で丸25年となる。父親の守さん(66)は神戸新聞社の取材に応じ、「さまざまな思いが渦巻く25年だった」と語った。息子はなぜ、命を奪われたのか。歳月を重ねても、到底納得できない。加害男性に「答える義務」を求め、今も真相を探している。

 自身や家族に変化があっても、思い浮かべる淳君は11歳のままだ。笑ったり、泣いたり、怒ったり。純粋で感受性が豊かなわが子。「一番幸せだった。どれだけ時間がたっても子どもへの思いは変わらない」と静かに語る。

 事件を機に見直された少年法は今年4月、再び改正施行された。新たに18、19歳を「特定少年」とし、罪を犯せば、成人の取り扱いに近づけた。だが引き続き「少年」の位置づけは変わらず、更生や立ち直り、社会復帰などが重視される。

 これに対し、民法は「18歳成人」を実現し、選挙権年齢も18歳に引き下げられた。土師さんは「権利を得たのならば責任も果たすべき」と語気を強める。「少年の更生を考えるのに異論はない。ただ、肉体や精神に非常に深い傷を残す被害者、遺族を生み出すような犯罪と、軽微な犯罪は対応を分けて考えるべきだ」

 「少年A」と呼ばれた加害男性からの手紙は、2017年を最後に途絶えた。手紙が「償い」にはならないが、男性が事件に向き合う重要な行為と捉える。

 「息子の命を奪われたことへの納得する答えがほしい。それは親としての義務だ。そして、彼(加害男性)には答える義務がある」と土師さん。取り返しの付かない結果を生んだ犯罪に「本当の意味で償いなどあり得るのか」と疑いつつも、「被害者や遺族が償いと感じられるよう、加害者が努力し続けることが重要」と考えている。

 18年にいったん解散したが、今年3月に再び発足した「新全国犯罪被害者の会(新あすの会)」の一員として、いまだ残る課題に向き合う。長く活動に力を入れ続けてこられたのは、「次に犯罪被害に遭う人たちが自分たちと同じ思いをしないように」との一心からだ。そして「それが亡くなった子どものためにできることだった」とも語った。(篠原拓真)

 【神戸連続児童殺傷事件】1997年2~5月、神戸市須磨区で小学生5人が相次いで襲われた。3月16日に小学4年の山下彩花ちゃん=当時(10)=が金づちで殴られ、1週間後に死亡、5月24日に小学6年の土師淳君=同(11)=が殺害された。兵庫県警は6月、中学3年の少年=当時(14)=を殺人などの容疑で逮捕。少年は関東医療少年院に収容され、2005年に退院した。成人となった少年は、遺族に04年から手紙を寄せたが、15年に無断で手記「絶歌」を出版。18年以降、遺族に手紙は届いていない。