サプライチェーンの鍵、人権をどう守るか

名越氏、谷氏、佐藤氏、山本氏 (左上から時計まわり)

自社の企業活動によって人権を侵害されている人はいないだろうか、という観点からサプライチェーンやバリューチェーンの隅々にまで目を配り、そうした問題が発生しないような仕組みづくりを徹底する。すなわち人権デューデリジェンスを企業ルールに組み込むことは今、欧米を中心に義務化が進み、日本企業にとっても必至の状況だ。サステナブル・ブランド国際会議2022横浜では「サプライチェーンの鍵、人権をどう守るか」と題したセッションのなかで、この分野の専門家や、既に人権方針の策定などを行っている企業の担当者らが、そもそもなぜこの問題に取り組み、今後はどのような視点が求められるのか、ということについて議論を交わした。(廣末智子)

ファシリテーター
佐藤暁子・ヒューマンライツ・ナウ 事務局次長、国際NGOビジネスと人権リソースセンター 日本リサーチャー&代表
パネリスト
谷亜由美・日本ロレアル 財務・管理本部 購買部 パーチェシングマネージャー兼 人権コレスポンデント 
名越正貴・EY 気候変動・サステナビリティサービス シニアマネージャー 
山本有・三井不動産 サステナビリティ推進部 部長

人権とは、誰もが保障されるべき最低限の基準――EY名越氏

セッションは、ヒューマンライツ・ナウの事務局次長で弁護士の佐藤暁子氏をファシリテーターに、外務省や国連で「ビジネスと人権に関する指導原則」をはじめとする国際的なルールづくりにも参画した経験を持つコンサルタントの名越正貴氏による解説を交え、三井不動産と日本ロレアルが実践例を紹介する形で進行。

初めに名越氏は、国際人権章典や世界人権宣言、国際労働機関(ILO)宣言などに即して、「そもそも人権とは、人間である以上、誰もが普遍的に保障されるべき最低限の基準として国際的に合意されているもの」であり、「これに対する侵害は世界中どこで発生しても非難される」と、企業が人権デューデリジェンスに取り組む上での前提となる考えを強調した。

そうした観点を踏まえた上で、2011年に国連の人権理事会で承認された、企業の人権に関する責任における国際的な合意の枠組みが「ビジネスと人権に関する指導原則」であり、「企業が人権尊重責任を果たす上でのまさに中核的な要素」(名越氏)とされるのが人権デューデリジェンスだ。

まずは重点課題を定め、最重要課題から取り組む――三井不動産

三井不動産は2020年、指導原則に準拠しつつ、独自の考えに基づいて教育・研修や、ステークホルダーとの対話にも言及した人権方針を策定した。同社の山本有氏によると、その後、人権デューデリジェンスを実効性のあるものにするべく、その基礎となるサステナブル調達基準の改訂を行い、2021年から人権デューデリジェンスに取り組み始めたところだという。

具体的には、賃貸や分譲、仲介などの事業セグメントごとに、グループやサプライヤー、テナントの従業員、購入者や発注者、建物の利用者や来訪者、さらには地域住民や地元事業者など幅広いステークホルダーの人権に対して引き起こしうる負の影響を抽出。220項目もの影響が洗い出された中から、42項目を「重要な人権課題」として絞り込み、同社のサプライチェーンの代表でもある建設会社へのアンケートや、建設現場での現地検査を経て、「最重要課題」を特定した。

ステークホルダーが多岐にわたり、サプライチェーンも広い中で重点課題を定め、そこに対して一つずつ丁寧に取り組みを進めていく手法。山本氏は、「このPDCAサイクルを回していくことで全体の課題に対処する。苦情処理などの救済メカニズムの構築に着手しなければならない」とする考えを示した。

人へのリスクはビジネスよりも優先されるべき――ロレアル

一方、仏を拠点とする化粧品ブランドのロレアルグループは2019年から各国に「人権コレスポンデント(特派員)」を配置している。日本でその役職を担う谷亜由美氏は冒頭、「ロレアルでは『人へのリスクはビジネスよりも優先されるべきである』という強い信念のもと、CEOを筆頭に経営陣が強くコミットして人権尊重に取り組んでいる」と説明した。

同社グループは「ビジネスにおける人権保護は健全な調達活動によって実現できる」とする考えのもと、すべての取引先に児童労働や強制労働の禁止などを記載した倫理綱領への合意の署名をもらうよう徹底している。そのほか、サプライチェーン上にある倉庫や工場などでそうした人権侵害が起きていないか、労働者の安全の確保が本当にできているかを現地で確認する「社会監査」を2006年から第3者機関に委託して実施。また既に、何か問題があったときには「報復を恐れることなく」報告できる、救済メカニズムの仕組みも整備しているという。

そもそも今なぜ企業として人権問題に取り組むのか

ここで佐藤氏は「そもそも今なぜ、サプライチェーン上の人権問題に企業として社会的な責任を持って取り組むのか?人権問題を経営の羅針盤とする上で苦心しているのはどのような点か?」と2社に質問。

これに対し、山本氏は、「企業として真剣にそこに取り組まないと、投資家をはじめとするステークホルダーに評価いただけなくなった。そういう世の中の変化を経営トップが敏感に捉え、素早く判断したことが大きい」と説明。人権問題への対応の背景に、ESG投融資の高まりがあること、また経営陣がこの問題にどうコミットするか、ということがサプライチェーン上への人権の取り組みを推進していく上で鍵になることを示唆した。

一方、経営陣の強固なコミットメントがあるロレアルは、社外のサプライヤーに対し、「調達における持続的戦略の一つに位置付ける、人権を『まもる』ということの意義を強調しつつ、なぜこの問題に取り組まなければいけないのかを丁寧に説明し、理解いただいている」と谷氏。サプライチェーン上の人権問題を強制的に排除するのでなく、サプライヤーとの協働を軸に取り組みを進めていることを強調した。

議論は、社会課題の解決という観点から人権尊重に取り組むことの重要性にもテーマが及び、谷氏は、ロレアルがシングルマザーや障がい者、高齢者ら経済的弱者の雇用創出に向けた取り組みに力を入れていることを紹介。ビジネスを展開する上で、社会の中で脆弱な立場にある人たちの人権にフォーカスし、誰もが人権を尊重される環境づくりに貢献することの重要性を確認した。

人を大切にしてきた日本企業が世界に発信できるものは必ずある

今年2月にはEUで一定規模の企業に対し、人権と環境問題に関するデューデリジェンスを義務付ける法案「コーポレート・サステナビリティ・デューデリジェンスに関する指令案」が採択されるなど、企業に人権デューデリジェンスを義務化する動きは欧米を中心とする大きなうねりに。日本でも昨年改訂されたコーポレート・ガバナンスコードで、人権が経営上の重要な課題として明確化されたほか、経産省が今年の夏ごろまでには人権デューデリジェンスの実施指針を策定する方針を発表しており、企業にとって人権デューデリジェンスの実践は待ったなしのところに来ている。

そうした情勢を踏まえ、名越氏は、「欧米の各国政府が人権デューデリジェンスを貿易のルールに落とし込んでいるのを日本は後追いしているのが、個人的にはちょっと不甲斐ないようにも思っていた」とした上で、「顧客や取引先を大切にする精神が根底にあり、人を大切にしてきた日本企業が、サプライチェーンにおける人権尊重の取り組みを通じて世界に発信できるものは必ずあるんじゃないか。世界のルールメイキングに反映されるような、日本企業ならではの良いプラクティス(取り組み)をつくっていただければ」と日本企業への期待を表明。

本セッションを通じて佐藤氏は、「企業活動とサプライチェーン、そして社会という関係において、視野を広く持ち、どのようなステークホルダーが人権に関する影響を受けるのか、一つずつ丁寧に見ていくことが必要だ」とする認識を示し、「引き続き一歩ずつ、取り組みを進めていければ」と総括した。

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