「だまされた!」人口2500万人の巨大経済都市・上海のロックダウン 5日のはずが…終わりの見えない日々

4月3日、封鎖されたマンションに到着した配給の野菜を積んだトラック=中国上海市(共同)

 中国上海市が新型コロナウイルス対策のロックダウン(都市封鎖)を続けている。記者の自宅マンションも4月1日から封鎖され、「5日間」だったはずの隔離生活は約2カ月に及ぶ。人口約2500万人を抱える巨大経済都市で、自由が奪われ、終わりの見えない日々を過ごしている。(共同通信=渡辺哲郎)

 ▽ウィーチャットへの投稿で

 あまりにも軽い宣告手段だった。3月27日午後8時過ぎ、上海市は通信アプリ、微信(ウィーチャット)の公式アカウントに「28日午前5時から市東部を、4月1日午前3時から西部を封鎖する」との文書を投稿し、封鎖の開始を発表した。
 上海では3月に入って感染が拡大していたが、市当局は記者会見で「封鎖は必要ない」と強調していた。封鎖開始の数日前にも市公安当局が、上海が封鎖されるとの「虚偽情報」を広めたとして2人の男を捜査していると発表した。市の通知を見たときに、多くの市民が「だまされた」と思ったはずだ。

3月28日、都市封鎖で通行止めとなった中国・上海市の東部に続くトンネルの入り口。パトカーが止まり警戒していた(共同)

 ▽買いだめ

 市の発表後、多くの人が食料を買い込もうとスーパーに駆け込んだ。売り場は「密」になり、商品棚は品切れが目立った。記者も取材の合間に日本のコメを探したが売り切れで、普段は手にしない黒竜江省産を買って備えた。
 西部の封鎖開始時間。自宅マンションの出入り口から、防護服姿の数人の男性が柵を閉める様子が見えた。

3月28日、都市封鎖を控えた中国上海市西部のスーパー。食品売り場では品切れの陳列棚も目立った(共同)

 ▽封鎖初日の異様な静けさ

 朝目覚めると、窓の外では鳥のさえずりが響いていた。一方、隣にある学校からいつも聞こえてくる中国国歌「義勇軍行進曲」は流れてこない。封鎖初日の街は異様な静けさに包まれていた。
 車道にはフェンスが立てられ、防護服姿の男2人が警戒していた。人の往来もなく、パトカーがたまに巡回してくる程度だ。この巨大都市で、生まれ故郷・秋田の実家の静けさを連想するとは思いも寄らなかった。

 ▽出られない

 市の当初の発表では封鎖は東西各5日間とされたが「すぐに出られるはずだ」との予想は見事に外れた。
 友人や会社の同僚から電話などで「本当に出られないの?」と聞かれる。市は当初「自宅にとどまり通路にも出ないよう」求めた。外出した人の摘発も発表され、出ようにも出られない。
 生活圏が自宅のみでは運動不足は必至だ。ある日本人駐在員は「メリハリがつけられず、ずっと仕事をしてしまう」と嘆いた。「家で1日5キロ歩いた」という知人もいたが、それは例外だろう。記者はスマートフォンの歩数計測機能で「349歩」だった日もあった。

 記者の自宅マンションの住民がPCR検査以外で敷地内に出られるようになったのは4月23日。1時間半という制限付きで、あいにくの雨だったが、多くの人が傘を差して散策していたのが印象的だった。

 ▽相次ぐ検査

 封鎖は新型コロナの徹底的な封じ込めを目指す習近平指導部の「ゼロコロナ」政策の下に行われている。大規模なPCR検査を何度も行うことも特徴の一つで、封鎖下でも検査が相次ぐ。記者の場合、PCR検査は5月23日までで17回、キットを使って自分で行う抗原検査は30回に上った。

4月9日深夜、封鎖されたマンションで行われたPCR検査に並ぶ住民ら。記者が検査を終えると日付が変わっていた=中国上海市(共同)

 PCR検査は野外で行われ、封鎖を機に開設されたマンションの棟のグループチャットで実施が呼びかけられる。出て行かないとインターホンが鳴る。仕事も中断せざるを得ない。深夜0時前に招集された際には、冷たい風が吹く中で「寝たいよ」と泣く子どもの声が聞こえ心が痛んだ。

 ▽食料事情

 封鎖生活で最も心を砕くのが食料確保だ。当初、スマートフォンで注文するインターネット上の宅配サービスを開くと「注文殺到」との表示が出て利用できなかった。ネットスーパーも同様で、市が4月4日に封鎖の延長を発表すると「食料を減らしてはいけない」との思いから食が細くなった。
 頼りにしているのが行政による無料の配給だ。ニンジンやタマネギ、鶏肉などが入った段ボールや袋が5月23日までに計8回、自宅前に届いた。封鎖が長引くと、トイレットペーパーやシャンプーなどの生活用品も入るようになった。

記者の自宅マンションに届いた配給=5月17日、中国上海市(共同)

 回数や中身は地域で異なる。約30回届き「封鎖が続いてほしい」と冗談を言う知人もいれば、「1度も届いていない」という人もいる。日本で見かけない野菜や、頭の付いた丸ごと1匹の鶏肉も配られた。料理ができない単身赴任者や調理器具を持っていない人もおり「配給が来ても意味がない」という声も聞く。

 ▽刑務所?

 封鎖下で調達の主流になっているのは、多数の希望者が共同で同じ商品を注文するネット上のサービス「団体購入」だ。

4月3日、スマートフォンのインターネットスーパーの注文画面。「注文殺到」との表示が出て利用できなかった(共同)

 商品ごとに設定された最低限の注文点数に達すると発注される仕組みだ。

 記者もグループチャットでの案内に従い、卵やバナナなどを買った。封鎖の長期化に伴い商品は多様化し、伸びた髪を切るためのバリカンも見かけた。最低注文数120点のユニクロのホームウエアが登場したマンションでは、住民の1人がこうつぶやいたそうだ。「敷地内を散歩している人がみんな同じ服を着ていたら、まるで本当に刑務所に入ったようだね」

 ▽共助の精神

 あるとき、記者が団体購入で注文した野菜セットがなくなった。マンションの1階に届いたと通知があったものの仕事の手が離せず、夜に回収に行ったが見当たらない。ある住民が間違えたためだったが、グループチャットで事情を説明すると多くの人が肉や野菜、パンなどを分けてくれた。
 こうした共助の精神に日々支えられている。ある金曜日の夜、マンションの住民が企画した音楽イベントが開かれた。グループチャットで案内されたQRコードをスマホで読み取ると、DJ役の住民の声が流れてきた。

 台湾出身の歌手テレサ・テンさんの「時の流れに身をまかせ」や名曲「ウィー・アー・ザ・ワールド」に合わせ、ベランダでスマホを振って盛り上がる人もいた。封鎖期間中に誕生日を迎えた住民のため、みんなで「ハッピーバースデートゥーユー」も合唱。住民の歌声が敷地内に響き、にぎやかな「花金」だった。

4月22日、封鎖中に音楽イベントが開かれたマンション。ベランダでライトを照らして踊る住民もいた=中国・上海市(共同)

 ▽人間らしさ

 「上海は世界のスポットライトの下に立っている」。原稿を書く手を止め、ふと開いた写真集の中に、世界的な都市として上海を誇る言葉を見つけた。人であふれる観光地や街角の写真を見ると、封鎖によって街から人が消え、普段以上に注目されている今が皮肉に思えてならない。

5月12日、封鎖が続くマンション敷地内の消毒作業に当たる男性(手前左)とPCR検査を受ける住民=中国・上海市(共同)

 中国の交流サイト(SNS)には封鎖を巡る「悲しみ」や「不条理」があふれる。必要な医療を受けられず自殺した人の話や、隔離施設にするため自宅マンションが接収されそうになった住民らが警察官に抵抗する場面を写した動画などで、数えれば切りがない。
 しかし、それらの多くは当局によって瞬く間に消され「ないもの」とされ、政策によって人間らしい生活は奪われ続けている。身をもってその事実を実感する日々は、中国人の気持ちを理解するための貴重な時間のはずだ。

5月18日、封鎖が続くマンションでPCR検査に並ぶ住民ら=中国上海市(共同)

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