採用前に企業が就活生の「裏アカ」調査、たった数十分で特定も 過激投稿の“無法地帯”を見て人格把握

SNSのアカウントを調査する企業調査センターのスタッフ=1月、東京都千代田区

 就職活動中の学生によるSNSへの投稿を、企業が採用時に活用しようと調査する動きが広がっている。特に注目されているのが、学生が本名で作っているアカウントとは異なる、匿名の別アカウントだ。通称「裏アカ」と呼ばれ、悪口や本音など、実名では書きづらい内容をあけすけに投稿しているケースが多い。調査会社は、本名のアカウントに掲載されている情報などを手掛かりに、早ければ数十分で学生の裏アカを特定することもある。取材を進めると、調査会社に頼る企業側の本音や、コロナ禍で需要が伸びる背景が見えてきた。(共同通信=大野雅仁)

 ▽「半数以上のアカウントに問題」

 東京都千代田区にある雑居ビルの一角。SNS調査などを手がける民間会社「企業調査センター」のスタッフが黙々とパソコンに向かっている。調査対象の学生のアカウントを割り出し、投稿内容をチェックする作業だ。「名前や誕生日、友人のアカウントからたどっていくこともある」。角田博事業部長が調査手法を説明してくれた。
 

 実際に見せてもらった作業の手順はこうだ。(1)依頼先の企業から、この会社に就活生の履歴書情報が送られてくる。(2)スタッフは、ツイッターやインスタグラムの検索機能を使い、履歴書に記載されている名前や誕生日を入力。次第に本人のアカウントを絞り込んでいく―。
 例えば、出身高校は野球が盛んだと分かれば、甲子園に出場した経験がある学年の学生のアカウントを調べ、そこから同級生伝いに特定していくこともあるという。
 さらに、アカウント名を推測しながら検索を進めていき、20分ほどで当該の就活生らしきアカウントを発見した。
 ここから本人確認の作業が始まる。SNSのプロフィル情報を履歴書の内容と照合したり、フォローし合っている友人のアカウントを確認して出身地や同じ高校であるかなどを確かめたりして、対象の学生であるかどうかを判別する。
 「一つのSNSでアカウントが見つかると、他のSNSアカウントも芋づる式に探すことができる」と角田部長は語る。
 アカウントが特定できれば、その後は投稿内容をさかのぼって精査する。お酒に酔って仲間同士で悪ふざけをしている写真、知人への攻撃的な言動やいじめ、企業の誹謗中傷や特定の国への差別発言、中には「殺す」といった投稿もある。
 スタッフはこうした投稿内容を「問題なし」「懸念あり」など4~5段階で評価する。

SNSのアカウント調査に関して説明する「企業調査センター」の角田博事業部長=1月、東京

 2日程度あれば報告書として企業に提出できるという。角田部長は「学生のアカウントの半数以上に問題がある」と明かした上で、こう付け加えた。「高学歴で立派な経歴でも、ひどい内容を発信している人もいる。まるで無法地帯だ」

 ▽調査需要、増加の背景にコロナ禍

 SNSを巡るトラブルは最近、枚挙にいとまがない。コンビニの従業員が食材を不適切に扱った様子を投稿して店舗が休業に追い込まれたり、不動産会社の社員が家探しで訪れた著名人の個人情報を書き込んで会社側に批判が殺到したりしている。
 企業が調査に力を入れるのは、こうしたトラブルを未然に防ぐ狙いもある。入社後に不適切な投稿をして「炎上」を起こすような学生かどうかを、面接や筆記試験で見極めるのは難しいためだ。企業調査センターは2020年9月以降、約100社から依頼を受け、計千人以上の調査を実施してきた。
 高まる需要の背景には、新型コロナウイルス禍の影響もある。採用面接の主流がオンラインになり「人柄や本質が見えにくい」という声が人事担当者から上がっている。一方、SNSでは「学生の本音が出やすい」(角田部長)ため、企業はオンライン面接で見えづらくなった部分を裏アカ調査で補おうという訳だ。

合同会社説明会の会場に向かう就職活動の学生ら=3月、東京都江東区の東京ビッグサイト

 学生側の受け止めは複雑だ。都内の私立大3年の女子学生はインスタグラムを利用している。裏アカには、愚痴や他者の中傷を投稿している友人もいると言う。だから「企業が学生の本音を調べたいという気持ちも分かる」と一定の理解を示しつつも「間違った調査で、自分のものとは違うアカウントを基に判断されないか不安はある」。

 ▽「職業差別につながる恐れ」

 一方で、こうした調査には危うさもある。他人に知られたくない本音を投稿したアカウントを調べることで、学生の出自や思想信条を把握する可能性があるためだ。利用の仕方によっては、就職差別につながりかねない。
 職業安定法は採用活動で人種、思想信条などの個人情報の収集を原則、認めておらず、収集する場合は同意が条件だ。厚生労働省も配慮すべき事項として身元調査を挙げ「就職差別につながる恐れがある」と指摘している。厚労省担当者はSNS調査について「一概には言えない」と前置きしつつ、思想信条などの個人情報を収集する恐れが高い点を挙げ「好ましくない」との見解を示している。
 一方、企業調査センターは「企業側が採用プロセスで学生に同意を取っているので、法的に問題はない」との立場だ。

取材に応じる岩手大の河合塁准教授=5月、東京都港区

 こうした点を識者はどう見るのか。岩手大の河合塁准教授(労働法)は、調査自体は違法とは言いがたいとしつつ「本来集めることが禁じられているデリケートな情報まで手に入れてしまうことがあり、本人が知らないところで把握するのは問題になる可能性がある」と指摘する。
 さらに「企業側もSNS情報で不採用にしたとは言わず、調査したこと自体開示する必要はないので、企業側がどういう理由で不採用にしたかが学生には分からず、ブラックボックスになっている」と分析する。調査される可能性があることを把握していない学生もいると言及した上で「どういう目的でどう調査するかを企業側は、あらかじめ示すことが必要だ」と話した。

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