「踊り子の村でのKKN」 インドネシア観客動員記録を塗り替えロングランを続ける話題作 【インドネシア映画倶楽部】第40回

KKN di Desa Penari

インドネシア映画史上で観客動員数ナンバーワンとなり、ロングランを続けているホラー映画。インドネシアでホラー映画は人気だが、この「踊り子の村でのKKN(カーカーエヌ)」では、残酷な殺害シーンなどはなく、心理的な恐怖が次第に高まっていく作りになっている。多くのナゾが終盤に向けて解き明かされていく、サスペンスホラーのような作品だ。

文・横山裕一

観客動員数700万人を突破

レバラン(断食明け大祭)休暇直前の4月30日から異例のロングランで、観客動員記録を更新し続けているホラー映画が「踊り子の村でのKKN」だ。これまで観客動員数ナンバーワンは2016年公開の「ワルコップDKIリボーン パート1」の約686万人だったが、「踊り子の村でのKKN」は公開3週目ですでに700万人を突破し、今もその数字を伸ばし続けている。ご多分に漏れず、インドネシアの人々もホラー映画は大好きで、毎年数多くの作品が制作されているにも関わらず、なぜこれほど本作品が大ヒットしているのか、その謎に迫ってみたい。

タイトルにある「KKN」とは、ニュースでよく見る「汚職・癒着・縁故主義」の略語とは異なり、この作品の場合は、「大学生の課題としての実社会での貢献活動」(Kerja Kuliah Nyata)のことで、本作品では男女6人の大学生グループが単位取得の一環で、水源から遠くに位置する村の人々のために水路設置を協力しようとその村に滞在するところから物語が始まる。

一行が訪れた村は、ハリウッド映画・パラマウントピクチャーズのシンボルマークの様な姿をした山を目指して深く分入り、さらに途中からはオートバイで山道を抜けないと辿り着けないような辺鄙な山村である。村長は石で組まれた窪地に案内し、昔はここが水源で踊り子たちの浴場でもあったが、水源は枯れ、村に多くいた踊り子たちも今はいないと説明する。またある石塔の前で村長は「村にいる間、ここから森の奥に入ってはならない、また村では品行方正にしないといけない」と意味深な忠告をする。まるで特異な古い因襲を抱えた村だと思わせる一言である。

その後、学生たちは不思議な出来事が続くことから、疑心暗鬼ながら妙な村の雰囲気を感じ取り、やがてそれが通常とは異なる何かが存在することを確信していく。奇妙な踊り子や蛇の夢、どこからか聴こえてくるシンデン(ガムラン楽団の女性歌手)の歌声、突如現れる謎の老婆、何者かに取り憑かれ踊り出す女学生など。学生間の人間関係も絡んで、得体の知れない者から襲われるターゲットも次々と変わっていく。果たして彼らは無事に村から帰ることができるのか。

心理的な恐怖を煽る

本作品の舞台はなかなか抜け出しにくい山奥の辺鄙な村で、他作品の隔絶された一軒家などと同様に、隔離されたある一定の狭い空間で逃れられない恐怖の事象に見舞われる、というホラー映画では定番の舞台設定である。本作品では踊り子の姿をした「ジン」が学生たちに恐怖を及ぼす。インドネシアでよく聞く「ジン」とは、異世界に住む超自然的な存在で、時に精霊や妖怪、怪物などの姿で人の前に現れる。幽霊も「ジン」が引き起こすものと信じる人もいて、人々が恐れる対象である。

筆者自身、ホラー作品はDVDやテレビ放送、オンライン動画サイトなどで数本観ただけではあるが、本作品が他のホラー作品と明らかに異なるのは、スプラッターを伴う残酷な殺害シーンや無惨な遺体などがいっさい登場しないものの、心理的な恐怖心が時を追うごとに高められる作りになっていることだ。作品序盤に2人の女学生が村はずれにある浴場用の小屋で順番に水浴びをするが、小屋内の学生は怪物を目の前にし、外で待つ学生は小屋内から聴こえるはずのないシンデンの物悲しい歌声を聞く。個々人によって受ける異なる恐怖感。この恐怖シーンで受けた印象が観客を引きずり、のちに続く様々な出来事の恐怖感をさらに煽っていく。

それと同時に、なぜある女学生だけが狙われるのか、なぜターゲットが別の学生に移ったかの様にみえるのか、さらには予想外の被害者の結末など、多くの謎が生まれ、終盤に向けて解き明かされていく。まるでサスペンスタッチの様な展開も特徴の一つで、サスペンスホラーといえる作品である。

このように従来ありがちな視覚的な残忍さが売りのホラーとは一線を画し、次々と生まれる謎に対する不安を抱えながら心理的な恐怖心を煽っていくところに本作品のヒットする要因があるともいえそうだ。

ヒットの要因はコロナ?

社会的な要因を挙げれば、新型コロナウイルスの流行によって2年間厳しい活動制限を余儀なくされたが、2022年のレバラン休暇前に大きく緩和され、映画館も座席制限がなくなり、バスや鉄道同様にシートに記された着席禁止のバツ印が消えた。活動制限が緩和された最初の長期休暇に人々はようやく映画館に殺到した。コロナに対する恐怖は消えつつあるものの、久しぶりの映画館で味わった新たなホラー作品の恐怖感が口コミで広まり、観客動員数が伸び続けているということかもしれない。

また本作品が実話をもとにしている物語だということも恐怖心を高め、さらには舞台がどこであるかという話題を振りまいた一因でもある。大ヒットとなった余波で、国営企業大臣がテレビ番組出演中に本作品のモデルになった地名を明かしてしまうハプニングも起きている。

インドネシア映画界での新記録継続中の話題作でもあり、機会があれば流行に乗って鑑賞するのも手である。正直に明かすと筆者はホラー作品はあまり好みではなく、本作品が劇場で初めて鑑賞するホラー映画だったが、2時間10分もの上映時間があっという間に感じられるほどだった。

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