昼間に軌陸車が走る新金線

 【汐留鉄道俱楽部】東京都の下町を南北に走る貨物線に、沿線の住民から熱いまなざしが向けられている。総武線の新小岩駅と常磐線の金町駅を結ぶ通称「新金線」で、長さ約7キロの単線だ。地元自治体の葛飾区が旅客化に向けた検討に取り組んでおり、時には東京ローカルのニュースとして取り上げられることも。一方、鉄道ファンは珍しい臨時列車が走る路線として注目している。
 新金線を訪れるのに、新小岩から歩くか亀戸から歩くか悩んだ。機関車や貨物車両が休む信号場を見渡せる上、近くに「中川放水路橋りょう」という有名な鉄橋があることを考えると、新小岩から出発するのが“徒歩鉄”の王道だろう。何と言っても新金線は「総武本線の支線」という扱いだ。
 だが、最新の貨物時刻表を見て計画を変更した。撮影可能な日中の定期列車は、新小岩発が午後3時台に1本、金町発が午前6時台の1本だけ。他の定期列車は夜間に設定されている。早朝の列車を撮るのは厳しいので、午後の列車を狙うことにした。金町から歩いて行けば、ちょうど良い時間に新小岩寄りの撮影スポットへたどり着く計算だ。
 常磐線金町駅の駅前ロータリーを抜けると、京成電鉄金町線の京成金町駅がある。隣駅は映画「男はつらいよ」シリーズで有名な柴又駅、その次が終点の京成高砂駅という短い路線だ。東京23区にありながら味わい深い単線なので、撮影意欲をそそられた。ほんの少しだけ電車を撮ってから、水戸街道と呼ばれる国道6号を西へ進んだ。
 大型トラックや乗用車がひっきりなしに通り過ぎるのを横目に見ながら1キロちょっと歩くと、新金線の随一の名所「新宿新道踏切」に着いた。都内有数の幹線道路を横切る踏切は壮観だ。警報器と遮断機に加えて信号機もあるのが特徴で、青信号なら車が踏切で一時停止することなく通過できるようになっている。
 

水戸街道を横切る「新宿新道踏切」

 すぐ近くの亀有警察署の前にある歩道橋に上ってみた。大通りの真上から踏切を撮影できるスポットとして知られており、何度も写真で見た風景が広がっていた。ニュースでよく見る写真には列車が写っているが、残念ながら数時間も待ち続ける気力はない。線路沿いに南下した。
 沿線には一軒家やマンション、小ぶりなオフィスビルが並んでいた。「静かで暮らしやすそうだ」などと思いながら歩いていると、線路の工事現場に出くわした。油圧ショベルを使って砂利をきれいに整備しているように見えたが、詳しくは分からない。それよりも、工事中の道路に立てる看板の要領で、線路の上に置かれている板に目を奪われた。板は赤い「×」印の光を発している。「工事中だから列車は通れません」と通行止めにしているわけで、珍しいものを見ることができてラッキーだった。
 しばらく歩いて小さな踏切に着くと、金町方面から黄色い列車のようなものが見えてきた。「臨時列車かな」。いつまでたっても警報器は鳴らない。不思議に思っていると、さっきの工事現場で働いていた油圧ショベルではないか。ゆっくりだが、滑らかに線路を走ってくる。車体の足元には、鉄の車輪があった。
 

新金線の線路を走ってきた作業用の軌陸車

 「軌陸車だ!」。心の中で叫んで小躍りした。軌陸車とは道路と線路の両方を走れる作業車で、車両基地の公開イベントで見学したことはあるが、実際に線路を走行する姿を見るのは初めてだった。カメラのシャッターを切りながら、工事現場で軌陸車とは気付かず、写真を撮らなかったことを悔やんだ。それにしても、昼間に軌陸車が走って工事までできるとは。改めて列車の本数が少ないことを実感した。
 この付近で新金線は、中川を渡ってきた京成本線の高架橋の下をくぐる。新金線の線路は中川の堤防のすぐ脇を通り、草木が生い茂っている。線路の反対側にはお寺があり、この土地が古くから栄えていたことを静かに語っているように思えた。その様子を見下ろすことができる道路橋のベンチで一休みして、旅客化されればできるという約500メートル離れた京成高砂駅との乗換駅を想像した。
 さらに新小岩方面に進むと歩行者専用の小さな踏切があり、「耕道踏切」という名前が付いていた。単線ということもあってローカル線のような風情を感じた。そろそろ定期貨物列車が来る時刻だ。「もう少し先、もう少し先」と撮影スポットに欲が出た。やや早足で歩いていたら、遠くから踏切の警報音が聞こえた。慌てて撮影できそうな場所へとダッシュしたが、貨物列車は無情にも通り過ぎてしまった。欲張ってはいけないという教訓を得て、再訪を決めた。
 ☆寺尾敦史(てらお・あつし)共同通信社映像音声部

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