<名古屋>地下鉄アスベスト飛散で元請け業者の敗訴確定 不適正施工の責任認める

名古屋市営地下鉄・六番町駅構内で2013年12月に高濃度のアスベスト(石綿)が飛散した事故をめぐり市が工事の元請け業者に損害賠償を求めた訴訟で名古屋高裁(始関正光裁判長)が業者の控訴を棄却していたことが明らかになった。市によれば、上告はされておらず、高裁判決が確定した。不適正なアスベスト除去をめぐり事業者の責任を認めた判決が確定したのは全国で初めてとみられる。(井部正之)

2013年12月12日から13日にかけて高濃度のアスベストが飛散した名古屋市営地下鉄・六番町駅の改札口には「お詫び」が掲示されていた(2013年12月、井部正之撮影)

◆市の検証で負圧不足やすき間確認

この事故は同市の市営地下鉄名港線・六番町駅(同市熱田区)構内で機械室のアスベスト除去工事中だった2013年12月12日から13日にかけて、発がん性の高いクロシドライト(青石綿)が最大で空気1リットルあたり700本飛散し、利用者らが曝露したというもの。

高濃度のアスベストが検出後、市は元請けのライフテック・エム(同市)に工事を中止させた。その際、アスベスト飛散の原因者が事故対応で要した費用を支払うことで合意した。

その後市の検証で、
・作業時にアスベストの飛散を抑える湿潤化剤(飛散防止剤)がほとんど使用されていなかった
・現場に設置されていた「負圧除じん装置」の能力不足による「負圧不足」で場内が十分に負圧になっておらず、外部にアスベストを流出させやすい状況だった
・負圧除じん装置にすき間があり、高性能(HEPA)フィルターを通さずアスベストが外部に垂れ流しだったことがベビーパウダーを使った飛散実験で裏付け
──などが現地調査や実験で明らかになった。

危険性の高いアスベストの除去では現場をプラスチックシートで隔離し、負圧除じん装置により場内を減圧しつつ、HEPAフィルターでアスベストを除去し、清浄な空気だけを排出する。いわば大きな掃除機で吸い続けているようなものだ。新型コロナウイルスに感染した重症患者が入院する部屋と同じような構造である。焼き肉店のロースターで煙を吸う設備もフィルター以外はよく似ている。

その装置が能力不足だったり、すき間があってフィルターを通さず空気が外に出るようになっていれば、当然アスベストが外部に漏れる。しかも場内のアスベスト飛散を抑える湿潤剤がほとんど使われてなかったとすれば、より飛散しやすいのは間違いない。

◆市の主張を全面的に認定

こうした経緯から原因者が同社だとして市が損害賠償を求めて2017年3月名古屋地裁に提訴したのである。

1審でライフテック・エムは、
・市測定時に除去作業を開始していなかった
・負圧除じん装置にすき間が存在することが明らかにされていない。すき間があったとしても小さいので空気1リットルあたり700本という高濃度のアスベストが検出されることはあり得ない
・湿潤化剤の散布が不十分であったとしても装置の防じん率は99.9%でありアスベストの飛散に関係ない
・市の指示で負圧除じん装置の排出口がセキュリティ出入口に隣接する不適切な施工となった
──などと反論。

アスベスト飛散自体なかった、あるいは飛散があっても同社の責任ではないという主張だが、裏付けはまったくといってよいほど示されていない。

2021年3月、名古屋地裁(吉田彩裁判長)は市の検証結果に基づく主張を全面的に認め、同社に対し、市が請求した約2143万円全額の賠償を命じた。請求額の全額が訴訟で認められることは珍しく、市の完勝といってよい。

また下請けのアンサー(三重県桑名市)が元請けに対し、請け負い代金約3500万円の支払いを求めた訴訟でも、地裁はライフテック・エムに対し、施工したアンサーへの未払い金約295万円の支払いを命令した。つまり今回の不適正工事では元請けのライフテック・エムに全面的に責任があると地裁が認めたことになる。

控訴審では2月24日、名古屋高裁はライフテック・エムとアンサーによる控訴をそれぞれ棄却した。

前提事実は一部細かな補正がされた以外は1審と同じとされた。それどころか、訴訟の争点や当事者の主張も地裁判決に「記載のとおりであるから、これを引用する」と完全に省略。控訴した側の主張は1審とまったく変わっていないと判断されたことになる。

結局、高裁は市の請求は「理由があり」と認め、ライフテック・エムの反訴請求は「理由がなく」と切り捨てた。

高裁判決は情報公開で入手したため、一部個人情報として黒塗りされた部分があるが、同社の未払い金約295万円について施工業者のアンサーに支払うよう認めた1審判決が維持されたことを示す記載とみられる。いずれにせよ、基本的には1審判決に「記載のとおり」で、一部「控訴人らの各控訴理由に対する判断も含む」形で補正したにすぎない。

◆トンデモ主張繰り返す元請け

控訴審でライフテック・エムは、
(1)市の現場検証を実施したマルコオ・ポーロ化工(愛知県豊田市)に「原因究明を行う能力はない」
(2)飛散実験をした同社技術者の証言が「信用できない」
(3)現場でアモサイト(茶石綿)が検出されたのは事故と無関係
(4)駅構内のアスベスト飛散は負圧除じん装置からの漏えいでなく、市の保健所職員と施工者の接触汚染が原因
──などと改めて主張した。

いずれもほとんど言いがかりといってよい内容で、十分な裏付けもない。だが、高裁はそれぞれについて細かく検討し、見解を示している。

たとえば(1)や(2)に関係することでは、マルコオ・ポーロ化工の担当者が飛散実験でベビーパウダーによる疑似粉じんを使用した理由について、「クロシドライトよりも粒子の粒が大きいベビーパウダーが(負圧除じん装置のすき間から)入れば、クロシドライトも通過する可能性があったと判断できるためであると具体的に証言している」ことから、高裁は「証言の信用性は揺るがない」と判断した。

同じく(1)に関連し、検証で負圧の調査をしなかったことについては、すでに負圧除じん装置のすき間が確認され、写真や動画で煙の吸い込みや疑似粉じんがすき間から適切に除じんされずに流出するという「通過の痕跡を確認することができる」ことが示されていた。そのため、すでに現場の「養生や本件各(負圧除じん)装置に不備があった状況から、負圧を保つことができないことが明らかであったと判断して、負圧の調査を実施しなかった」と改めて調査の合理性を認めた。

(3)についても、負圧除じん装置の1つでHEPAフィルタ取り付け部から実際にアモサイトが検出されたことに言及。高裁は「(飛散事故現場の)換気機械室以外の場所で本件工事より前に本件装置3(負圧除じん装置の1つ)の内部に集積されたアモサイトが、本件事故の際に排出されたことが推認され、これは、本件事故の際、本件装置3にすき間があったことを推認させる事実である」とむしろ飛散原因である裏付けをより強めているとの見解を示した。

(4)の接触汚染が原因との主張にいたっては、測定が「前室エリアの入口の外で実施され、港保健所の職員は、前室エリアを含む換気機械室に立ち入っていないから、接触感染が生じた可能性があったとはいえない」などと否定した。

◆改めて制度の抜本改正が必要

同社はほかにもさまざまな主張をしていたようだが、高裁は「控訴人らの非難は当を得ないものというほかない」と一蹴。控訴は「理由がない」と断じた。

判決後、市交通局営繕課は「市の全面勝訴です。主張が全面的に認められた」とコメントした。請求金額の全額が認められている以上、たしかに市の完勝である。

4月25日、改めて市交通局に確認すると、営繕課の宇佐美智伯課長は「上告はされていない」として判決が確定したことを認めた。また「債権は回収できております」と、すでにライフテック・エムからの支払いが完了したことを明かした。

同社は何度電話しても「わかる者が不在」で、質問状をファックスで送ったが期日までに回答がなかった。

2013年12月の事故から8年あまり。駅構内に高濃度のアスベストをばらまいて約1万3000人の駅利用者や駅職員に吸わせたあげく、延々と「飛散してない」などの主張を繰り返した業者の責任がようやく確定した。

その間に規制も若干強化されたが、いまだにアスベストを飛散させる不適正工事が相次ぐ。作業場内外の測定は義務づけられていないうえ、結果が出るまで数日掛かる状況も変わらない。今回の件では名古屋市が独自測定していたからこそ、アスベスト飛散が2日間で済んだにすぎない。

そうした取り組みをしていない地域では測定もなく、測定している場合も飛散があれば測定データが改ざんされて闇に葬られてしまうのが実態だ。なにしろ筆者に対してもそうした内部告発が時々届くほどなのである。

測定結果が出るまで作業を停止するなり、すぐ結果を出すために欧米で採用されているようにその場ですぐ顕微鏡観察をすることだけでなく、データ改ざんを防ぐための仕組みはもちろん、欧米で導入されている除去業者の許認可制導入など、ほかの様々な問題も含めて改めて制度を抜本改正することが必要だ。そのうえで今回のようにずさんな工事をした業者にはきちんと責任を負わせていかなければ現場は良くならない。

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