キリンのヒット商品・スプリングバレー開発秘話 試験醸造は実に250回

スプリングバレー 豊潤〈496〉

 2021年3月の発売から半年で100万ケース(大瓶換算)を出荷し、同年のクラフトビール市場を約2倍に拡大するヒット商品となったキリンビール(東京都)の「スプリングバレー 豊潤〈496〉」。マスターブリュワーとして企画立案から携わった田山智広氏(59)は、「『ビールってこんなにおいしいものだったんだ』と気付いてもらう。そういう瞬間をスプリングバレーで実現したかった」と話す。

◆覚悟決めた「味の番人」

 「生まれも育ちも川崎」という田山氏が務めるマスターブリュワーは、同社のウイスキーを除くビール類やRTD(缶チューハイ等)の中身の総責任者。「新商品の開発やリニューアルで『最終的にこういうレシピでいこう』と味を決定する」のが役割で、「味の番人」と呼ばれる。ビールやチューハイを試作段階から何度も試飲するので「酔っぱらう仕事です」と笑う。

 昨年は同社の主力商品の一つ「一番搾り」をリニューアルしたが、「やはりお客さまに支持されているブランドのリニューアルは一番プレッシャー。大切なお客さまにネガティブな印象を与えてしまうリスクがあるので責任重大」だ。

 ビール業界は今、以前のように毎年新商品を市場に投入するのではなく、注力するブランドに集中投資し、育てていく時代。それだけに、スプリングバレーの商品開発には「不退転の覚悟で取り組んだ」と語る。

◆「とりあえずビール」の対極

 プロジェクトがスタートしたのは10年以上も前のこと。「お客さまのビールに対する見方が変わる、新しい付き合い方が始まる」。そんなビジョンを掲げて始まった。背景には、発泡酒や新ジャンルといった低価格帯が新商品の主戦場になっていく中で、いつの間にかビールの魅力が伝わらなくなってしまったという問題意識があった。

 キーワードは、クラフトビール。単なる新商品ではなく、それを飲むことが一つの自己表現だったり、ライフスタイルや価値観の表現だったり。「とりあえずビール」という画一的なイメージの対極にある「前例のない特別な新商品」を目指した。

 15年4月からは、横浜工場(横浜市鶴見区)や東京・代官山などの小規模醸造所付きレストランで100種類以上のクラフトビールを提供し、その魅力を伝えるとともに「個性がありつつ飲み飽きない。飲むほどに今までのビールとは全然違うおいしさと分かるバランス」に磨き上げた。そこでの経験やチャレンジは「要素技術」として製造に生かされているという。

 目指す味わいを実現するため、自社で開発したディップホップ製法を採用。厳選したホップを7日間漬け込む手間のかかる製法で、横浜工場にあるパイロットプラントで行った試験醸造は、実に250回にも上ったという。

 ◆スプリングバレー 豊潤〈496〉 キリンビールが「第二創業期を担う、成長エンジンとして重要なブランド」と位置付けるクラフトビール。キリンラガーの1.5倍の麦芽、希少な日本産ホップ「IBUKI」など5種類のホップを使用。同社横浜工場(横浜市鶴見区)など2工場で製造されている。

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