今、1+1の話 求められるのは概算力 日本建築家協会会員・東畑愼治 エッセー時の風

 「円周率は?」と問われれば大方の人が3.14…と答えるだろう。その数字は、電卓やパソコン(PC)でも瞬時に表示される。しかし待てよ、言い方は一つだけだろうか。

 「円周率は直径の3倍強」とも言える。前者の精算値に対し概算値もあるぞ。では、なぜ3倍強なのだろうか。まず、円をフリーハンドで描く。次に円の中心を通る直線を描いて、その円の中に正三角形を6個描けばOH!間違いなく3倍強だ。

 一つの対象に対して、複数のアプローチができるのが興味深い。視点を変えると景色が違って見える…感動だ。実はそれで理解がかなり深まっている。

 14世紀、アラブの生んだ歴史哲学者、イブン・ハルドゥーンの名言がある。「知ることは識別知・経験知・思索知の順に深まっていく」。人間が理解を深めるにはかくも時間がかかる。

 現代社会は今、携帯・スマホ等のデジタル機器が水や電気のようにインフラとなった。目の前を電磁波が絶え間なく行き交っている。それは、光と同じで1秒間に地球を7回り半。一例を示せば、QRコードの読み取りに0.03秒。まさに一瞬だ。

 知ることは、まだ知らないことを知ること。生来の好奇心はあっても、溢(あふ)れる情報の洪水からほんのわずかしか取り込めない。情報は必要だが、断片的なままでは役立たない。何を感じ何処に着眼し理解を深めるか?これは現代人の課題だ。まずは気になる箇所を反復したい。

 ここで、スティーブ・ジョブズ(1955~2011年)の業績と負の遺産を述べたい。

 その風貌からターミネーター(映画の影響?)が近未来から遊びにやって来たかと思った。

 Stay Hungry

 Stay Foolish

(ハングリーであれ愚かであれ貪欲であれ…有名なスタンフォード大学での卒業式の祝辞)

 私が最もすごいと思うことは柔軟で先入観がないこと。幾つになっても少年のような好奇心と柔らかい頭脳が羨(うらや)ましい。

 社会のニーズを天才的な感性でとらえ直し斬新な発想で次々と商品を世に出した。圧巻。電話・写真・動画・音楽・書籍等さまざまなデジタルな活動をひとまとめ。暮らしを革新させた。

 一つ特筆したい。生み出された製品は全てON・OFFスイッチがない。シンプルさと使い易さを徹底的に追求。やけどしそうな情熱と熱中ぶり。妥協のない難題続出に、スタッフたちの悪戦苦闘ぶりが想像される。

 おかげさまで、世界中が便利になった。しかしジョブズの負の遺産が横たわっている。特別に先入観のない天才が創り出したスグレモノの恩恵を享受しているうちに、生来人間が授かっている柔軟性・考える力・理解力が衰退していないだろうか。

⇒エッセー「時の風」福井新聞D刊に最新回

 さて、概算とは経験に基づき「このくらい」と見通すこと。大まかな全容の把握。次のステップに進むべき羅針盤的な方向付けとなる。精算は後でよい。 ここで精算をデジタルに概算をアナログに置き換えたい。デジタル機器は計算力や記憶力は抜群だが、操作や入力には曖昧さを許さない。しかし、使うのは正反対の人間だ。直線と曲線を見るがごとし。ものの見方や考える道筋も違う。人間は、大ざっぱ(私も家で言われる)でいいかげんな感情の動物だ。

 今、1+1の話。ごく普段の話をしている。デジタル化とは何だろうか。デジタルとアナログが偏らず共存する社会。ほぼ反対のものが同居。異なるものが多様に補い合う景色。それこそ本来の自然な姿だと思う。

 私は建築を通して社会と向き合い考えてきた。建築も基本的な方針・考え・構想(コンセプト)が問われる。何が大事か、要点は何か? 経験やカンも総動員。まず求められるのは概算力だ。よく考えて「このくらい」と見通す。PCは、それから。(5月22日福井新聞掲載)

 【ひがしはた・しんじ】1953年福井県福井市生まれ。神戸大学工学部建築学科卒。89年、東畑建築設計事務所設立、代表取締役。1級建築士。日本建築家協会(JIA)会員。福井県木材利用研究会会員。主な作品に福井県立図書館若狭分館、福井総合病院、福井市みやま保育園。エッセー集に「まず感じることから」「まだ知らないことへ」「敗者にさせない」など。

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