熊本地震の遺族や被災者、思い語る 取材記者と現地巡るバスツアー 熊日創立80周年の記念事業

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熊日東京支社の小多崇編集部長(左上)から熊本地震の被災状況などの説明を受けるバスツアーの参加者ら。奥は崩落した阿蘇大橋=29日午前、南阿蘇村立野(後藤仁孝)

 2016年の熊本地震で甚大な被害が出た阿蘇地域や益城町を熊本日日新聞の記者と巡るバスツアーが29日あり、県内の50~80代の19人が、震災の傷痕や道半ばの復興の様子を見学した。

 熊本地震の発生直後から被災地に入って取材した熊日の小多崇・東京支社編集部長が案内。阿蘇大橋の崩落現場近くや南阿蘇村の震災伝承館「轍[わだち]」(旧長陽西部小)を訪れ、車窓から復興した俵山トンネルや県道4車線化と土地区画整理事業が続く益城町の街並みも見た。被災者らの講話も聞いた。

 熊日と熊日サービス開発主催で、熊日の創立80周年記念事業。

 南阿蘇村の震災伝承館「轍」では、本震で阿蘇大橋付近の崩落に巻き込まれて犠牲になった大和晃[ひかる]さん=当時(22)=の父卓也さん(64)が講話。捜索がすぐに始まらず、打ち切りも早かったことで行政に不信感があることを明かした。「報道で、たくさんの人が心を寄せてくれたことが発見につながった」と話した。

熊本地震で犠牲になった大和晃さんの父卓也さん(左上)の講話を聞くバスツアーの参加者たち=29日午前、南阿蘇村震災伝承館「轍」(後藤仁孝)

 卓也さんは「晃を忘れてほしくない」「報道機関に助けられた」との思いで取材は全て受け入れている。案内役の小多崇・熊日東京支社編集部長は「若い世代にバトンを渡しながら、試行錯誤して報道を続けなければいけない」と話した。

 益城町の特別養護老人ホームひろやす荘施設長の永田恭子さん(56)は、高齢者とともに住民の避難を受け入れた体験をバスの中で紹介し、「力仕事は住民の皆さんがしてくれて、職員は助かった。おかげで福祉避難所の役割を果たすことができた」と話した。

 小多編集部長は、阿蘇大橋周辺で復興の進捗[しんちょく]を説明。益城町の木山仮設団地などを例に挙げ、今も生活再建の途上にある人がいることも話した。

 参加した熊本市西区の元自衛官の男性(74)は「被災者の思いや紙面では分からない記者の思いにも触れることができて新聞がより身近になった」と話した。(東誉晃)

南阿蘇村震災伝承館「轍」を見学するバスツアーの参加者たち=29日午後、同村河陽(後藤仁孝)
南阿蘇村震災伝承館「轍」で、熊本地震の被災車両を見学するバスツアーの参加者たち=29日午後、同村河陽(後藤仁孝)
熊本地震で大規模な斜面崩落が発生した現場付近を見学するバスツアーの参加者ら=29日午前、南阿蘇村立野(後藤仁孝)