<レスリング>【2022年全日本選抜選手権にかける】「74kg級世界5位」は捨てる! 新しいスタイルで2024年パリを目指す奥井眞生(男子フリースタイル86kg級=自衛隊)

 

2019年世界選手権で5位以内を決め、東京オリンピック出場枠を手にした奥井眞生だが…

 2019年の世界選手権の男子フリースタイル74kg級で5位に入賞し、東京オリンピックの国別出場枠を獲得した奥井眞生(自衛隊)。だが、奥井が東京オリンピックのマットに立つことはなかった。同年の全日本選手権での優勝が条件だったが、それを逃してしまい、優勝した乙黒圭祐との同門プレーオフで敗れたからだ。

 それから2年以上たった今、階級を86kg級へ上げ、2024年パリ・オリンピックへ向けて再び闘志を燃やしている。来月の明治杯全日本選抜選手権(同級の試合日は18日=東京・駒沢体育館)が復帰2戦目。昨年12月の全日本選手権では、小学校時代からの同期のライバル、白井勝太(クインテット)に準決勝で敗れた(最終成績は4位)。

 今大会でリベンジマッチに挑むが、同決勝で白井に惜敗した松雪泰成(レスターホールディングス)、学生二冠王者の白井達也(日体大)の名前も挙げ、「みんなすごい。白井(勝)だけを意識しては駄目」と警戒する。

東京オリンピックを逃し、やめるつもりだったが…

 ここまでの道は、迷いと苦難の連続だった。「オリンピックを逃したら、レスリングをやめるつもりでいました」。その気持ちを翻意させたのは、自衛隊スタッフのサポートだった。

プレーオフで敗れて以来、約1年9ヶ月ぶりに実戦のマットで闘った=昨年12月の全日本選手権(撮影・矢吹建夫)

 プレーオフに敗れた約1ヶ月後、ひざの手術を受け、その後リハビリに励んだ。手術直後は満足に歩けず、もう一度レスリングができるとは思えない状況だった。負傷箇所が炎症を起こしたりして通常より長い時間がかかった。

 その分、親身になって気遣ってもらうことを多く経験した。徐々に「サポートしてくれた人へ恩返しをしなければならない」という思いが出てきた。一番の恩返しは、もう一度オリンピックに挑むこと。マットに戻るまでに約1年。それから約10ヶ月後、ようやく全日本選手権のマットに立つことができた。

 困難を乗り越えてのマットだっただけに、「あの新鮮さと言うか、うれしさは忘れられません」と振り返る。支えてくれた多くの人の顔が浮かびつつ闘った復帰戦の経験は、パリへ向けての「大きなエネルギーになる」と言う。

「勝負のときにベストの状態で臨み、勝った選手がオリンピック代表」

 オリンピック代表を逃した経緯は、巡り合わせの悪さが重なった。乙黒とのプレーオフは、当初2020年2月1日に予定されており、どちらかが負傷した場合のため3月8日が予備日だった。乙黒が足首を痛めて延期を申し入れ、3月8日に変更。その後、今度は奥井が右ひざを負傷。前十字じん帯断裂という重傷だった。

右ひざには強固なテーピング。必死の思いで挑んだプレーオフ=撮影・保高幸子

 延期は1回のみのため、3月8日のプレーオフに出場するしかなかった。右ひざに強固なテーピングをして臨んだ奥井だが、ベストの動きはできず、2-5で敗れた。この試合の半月後、新型コロナウィルス感染拡大で東京オリンピックの1年延期が決定。

 「双方に1回ずつ延期する権利があったら」「オリンピックの延期が、もう半月早く決まっていれば」…、どんな展開になったか分からない。不運の連続に対する“恨み”のような気持ちが「なかった」とは明言しない。何度も浮かんでは消え、「しばらくは引きずりました」と言う。

 だが、何度考えても、行きつくところは「勝負のときにベストの状態で臨み、勝った選手が(オリンピックに)出る」だった。「たら、れば、を考えるのが嫌になりました。結果を引きずるのではなく、受け止めるしかない、と」-。

 オリンピックが行われた2021年8月にはパリを目指す気持ちになっていたので、複雑な思いも吹っ切れ、乙黒と、自衛隊所属となって出場した乙黒拓斗(65kg級)の2人を応援する気持ちになっていた。「拓斗の練習量は世界一ですね。あれだけ練習するから金メダルを取れるんだ、と熱いものがこみ上げてきました」と振り返る。復帰の原動力は、周囲の人のサポートとともに、チームメートの努力とひたむきな姿でもあった。

尊敬する高谷惣亮だが、「乗り越え、崩さないとならない」―

 復帰&階級アップ第1戦だった昨年の全日本選手権は、準決勝と3位決定戦で敗れて4位。3位決定戦は気持ちの盛り上がりに欠けたのかもしれないが、体力が続かなかったことが敗因。まだ86kg級の体にはなり切っておらず、体にかかる負担は大きかった。1試合でなら体力が何とか通じても、試合数をこなすほど厳しくなっていくのが階級アップの壁なのかもしれない。

86kg級で通じる強さを目指し、トレーニングに力を入れる(自衛隊内のトレーニング場)

 今は無理に体重を増やす必要はないほどの体力がつき、技の精度を高めようという余裕も生まれた。86kg級では通じなかったタックルを、どうやって通じるようにするかに挑むことに、「やりがいを感じるようになっている」と言う。

 86kg級でやる以上、オリンピック4度連続出場を目指す高谷惣亮(ALSOK=今大会は92kg級に出場)との闘いは避けられない。今年33歳にして世界を目指し続ける情熱は「尊敬します」と言う一方、「続く選手が乗り越え、崩さないとならない」とも言う。

 高谷は74kg級から86kg級へ階級を上げ、成功した選手。奥井は「74kg級のときと86kg級のときとでは、レスリングを変えていますよね。闘い方を工夫していることが分かります」と話し、階級を上げたら闘い方も変える必要を感じると言う。

 「新しい自分なんだ、と思わないとならない」。世界5位にまで駆け上がった74kg級の自分は捨てる。新しい奥井が、86kg級の世界選手権代表を目指す。

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