バレー・髙橋藍「リベロで学べることも多い」海外で葛藤の末に遂げた進化。自ら背負う代表での責任

昨年、19歳で東京五輪メンバーに選出され、エース・石川祐希の対角で堂々とレギュラーを張った髙橋藍。その後、世界最高峰リーグと言われるイタリア・セリエAへの挑戦を表明し、昨年12月にパドヴァに渡りシーズンを過ごした。東山高校時代から海外リーグに興味を持っていたが、決断の最後のひと押しになったのは、東京五輪で抱いた「もっと自分に経験があれば、日本はメダルに届いたんじゃないか」という思いだった。自身の成長が、日本の進化に直結する。その覚悟で海を渡った髙橋に、イタリアでのシーズン、そして将来に向けて掲げる目標について聞いた。

(インタビュー・構成=米虫紀子、写真提供=日本バレーボール協会)

「中学1年の時にやって以来…」シーズン終盤、リベロで出場した葛藤

――初めてのイタリア・セリエAで得られた収穫や、ご自身の変化を感じられた部分はどんなところでしょうか?

髙橋:成長できた部分はすごく多かったと感じています。海外のトップ選手が集まる中で過ごして、試合に出る回数は少なかったんですけど、練習中から高いブロックに対してスパイクを打ったり、パワーのあるサーブを受け続けたりしたことで、高さやパワーの部分には慣れることができました。それに、イタリアではシーズン中でもかなりウエイトトレーニングに励むので、フィジカルの部分でも向上して、スパイクやサーブを打つ際に「あ、体重が乗ってるな」と感じるようになりました。

――シーズン終盤はリベロで出場した試合もありました。葛藤もあったのでは?

髙橋:そうですね。パドヴァは降格の危機にあったので、最後の3試合はどうしても勝たなければいけないというチーム状況でした。僕自身はチームへの合流が(大学の大会の関係で)シーズン途中からになってしまったので、なかなかスパイカーとして(先発で)試合に出ることが難しく、サーブレシーブを求められるかたちで途中出場するという試合が多かった。そのサーブレシーブを評価されて、レシーブの安定感をチームに生かすために、残りの3試合はリベロをやってほしいと監督に言われました。

やっぱりスパイカーとして学びに行っていたので、できるだけ多く試合に出て、スパイカーとして経験を積みたいという思いがありました。だから、「ここでリベロをやっていいのかな」と自分の中で迷いました。でも考え方を変えました。リベロで学べることもすごく多いですし、それだけ自分のレシーブ力が評価されているということ。そこは自分が自信を持って、さらに伸ばしていかなければいけない部分ですし、そこで少しでも世界に、「こういう選手がいる」と印象づけることができれば、とも思いました。それにリベロは、リーダーシップやチームの雰囲気を上げたり、チームを動かすことが求められるポジション。自分もこれからは日本代表の中で、リーダーシップという部分がもっと必要になると思っていたので、そこも含めて、リベロで学べることも多いんじゃないかと、少しマインドを変えて、リベロをすることにしました。リベロは中学1年の時に半年ぐらいやって以来でしたね。

――守備面を高く評価されながらも、アウトサイドでポジションをつかむところまで届かなかったのは、やはりチームへの合流がシーズン途中(12月中旬)だったことが大きいと捉えていますか? それとも実力的に足りないと感じた部分もありましたか?

髙橋:力的に足りない部分というのは、自分の中ではまったくありませんでした。監督からも、「他の選手に引けを取らない」ということは言われていました。だから全然やっていけるという思いでやっていましたが、自分がいなかった前半のシーズンに、パドヴァはすごくいい状態で、チームとしてまとまっていたので、やっぱり監督もなかなか(メンバーを)代えづらいところがあると、それは自分も理解していました。スタメンを張れなくても、日頃の練習の中で高いレベルでできていたので、この中で日々自分自身が努力して積み重ねていくことが、この4カ月間は大事だなと考えていました。

課題を手応えに変えたウエイトトレーニング

――昨年の東京五輪以降ずっと、前衛での高いブロックに対するスパイクを課題に挙げられていて、イタリアではその高いブロックに慣れたいとおっしゃっていました。その点は練習の中で手応えがあったんですね。

髙橋:そうですね。かなり慣れることができましたし、向こうではすごくウエイトトレーニングをしたので、パワーがついたし、ジャンプ力も上がって高さという部分も出せるようになった。相手をはじき飛ばすスパイクや、ブロックアウトといったところの成長はかなりできたんじゃないかと思っています。

――ジャンプ力も上がったんですね。

髙橋:はい。測ってはいないので数値的にはわかりませんが、感覚的に全然違います。滞空時間があってブロックがしっかり見えて打てているなという感覚ですね。そこはすごく手応えを感じています。

――ウエイトトレーニングはこれまでやってきたものよりハードなものだったんですか?

髙橋:いえ、イタリアでもやっていたことは一緒なんですけど、頻度が多かったですね。シーズン中でも週に3回ウエイトトレーニングが入ってくるので、しっかりと体に刺激が入って、いい筋肉がついていく。そこはすごく良かったと思います。

――身長188cmは、アウトサイドヒッターとしてはセリエAの中では小柄ですが、「だから厳しいな」より、「やりようがある」という手応えのほうが大きかった?

髙橋:そうですね、全然やれると思いました。テクニックでいくらでも補えるし、自分自身のフィジカル、ジャンプ力というところもさらに伸ばしていければ、高さに対して、身長が低くても、戦えると自分は感じました。もちろん身長が低いことによって、高いブロックに対する打ち方はすごく神経を使わなければいけないというのはありますけど、でももう身長がこうなら、それはしょうがない。そこは本当に追求していかないといけないところですね。

『ONE PIECE』や『鬼滅の刃』も。イタリアでも人気の日本のアニメ

――イタリアでの4カ月間、バレー以外の面でも収穫はありましたか?

髙橋:はい。本当に行ってよかったです。単純に楽しかったですし、海外の選手はバレーボール以外の面でもすごく日本人に興味を持っていて、日本の文化が好きなので、そういうところからコミュニケーションを取れて、すごく世界が広がりました。海外の選手はやっぱり日本のアニメや漫画が大好きで、改めて日本のアニメって有名なんだなと思いましたね。それをきっかけにすごく会話がしやすかったです。特にパドヴァは年齢の近い若い選手が多かったので、その部分で気が合うし、話しやすかったです。

――特にどんなアニメが人気なんですか?

髙橋:『ドラゴンボール』だったり、『ONE PIECE』や『NARUTO -ナルト-』。最近の『鬼滅の刃』とか『呪術廻戦』も見ていますね。

――髙橋選手も詳しいんですか?

髙橋:そうですね、日本のアニメはけっこう見ます。向こうではタイトルが違うこともあって、例えば『鬼滅の刃』は『DEMON SLAYER(デーモン・スレイヤー)』と言ったりするんで、最初は何のことを言ってるのかわからなかったんですけど(笑)。でもそこもまた話す時のネタになります。そういうふうに、日本は海外でも人気の高いものがたくさんあると感じたので、すごく日本という国を誇りに思いました。

――日本を出発する前には、自炊をするのも楽しみで、得意料理はチンジャオロースだというお話もされていましたが、イタリアでは自炊していたんですか?

髙橋:一人暮らしだったので基本的に朝昼晩、自炊していました。でもやっぱり時間がないですし、練習して疲れて帰ってくると、メニューを考えるのがストレスになったりするので、だいたいメニューは決めていましたね。種類を変えるだけにして、パスタならミートソースとか、ジェノベーゼとか、いくつかの種類のソースを買って、味を変えていました。夜はお米を炊いていたんですけど、それに加えてチキンにするか、魚にするか、とパターンを変えるぐらいにしていました。

――イタリアでの生活で印象に残ったことや戸惑ったことは?

髙橋:向こうの人は本当にパーティーが好きだなっていうことですかね(笑)。みんなでご飯を食べる機会が多かったです。試合が終わった後もそうですし、何かちょっとしたことで、週に何回行くんだ?っていうぐらい行きました。チーム的に仲がいいというのもあると思うし、みんな話すのが好きで、かなり長時間話すので、最初はけっこうきつかったんですけど、慣れていくにつれて楽しめるようになりました。

――向こうでは英語でコミュニケーションを取っていたんですか?

髙橋:今回は期間が短かったので、(イタリア語ではなく)英語を少しでも伸ばせたらなと思っていました。まだまだ全然ですけど、みんなが話しかけてきてくれたので、英語でのコミュニケーション能力は伸びたんじゃないかなと思います。自分のチームにはイタリア以外にもカナダ、ブルガリア、ドイツの選手がいたので、そういう選手とは今後ネーションズリーグなど代表でも会う機会があると思いますし、自分の幅が広がる、すごくいい経験をできたなと感じます。

「髙橋藍選手のような選手になりたい」という言葉を刺激に

――この1年間は、国際大会にデビューし、東京五輪に出場、イタリアリーグに参戦と一気に世界が広がった1年でしたが、その中で人生観が変化したり、目標が明確になった部分はありましたか?

髙橋:自分がこの先やっていきたいことは、一番は、日本代表を常に背負いながら、オリンピックでメダルを取ることを目標に、そこに導ける選手になっていくこと。トッププレーヤーになっていくこと。それはこれからもしっかりと目標にして、常にバレーボールに励んで努力していきたいと思っています。それに加えて、昨年から応援してくださる方々が増えましたし、いろんな方から、高校生や子どもたちが、「髙橋藍選手のような選手になりたい」という言葉を言ってくれているという話を聞くので、自分がそういう子どもたちに対してどういうことができるのか、ということも考えて行動していきたいと思っています。

自分も小さい頃に夢を与えてもらった選手がたくさんいたんですが、今は逆に、自分が子どもたちに未来や夢を与えられる立場になっているんだなと感じます。自分のためにやっていくのは一番なんですけど、子どもたちにバレーボールの魅力や素晴らしさを伝えていくのも自分の役目だと思って、意識していきたいなと、この1年を通して思うようになりました。

――確かに、今年の春高バレーでも目標の選手として髙橋選手を挙げる高校生が多かったです。

髙橋:自分はそれが本当にうれしくて。僕は決して豪快な選手ではなくて、身長があまり高くない分、レシーブ力を持ち味にしているスパイカーです。自分のような選手になりたいという考えイコール、“スパイクも打てるしレシーブもできる選手”ということだと思う。今の子どもたちがそう考えてくれることがすごくうれしいんです。それはこれからの日本のバレーボール界にとってもすごく大事になってくると思うので。本当に海外の選手のサーブやスパイクはすごい威力ですが、子どもたちがそうやってレシーブ力を重視してどんどん強化して、力を持ったいい選手が出てくれば、日本にとってすごく大きな力になると思います。

大学生Vリーガーの躍進。「そういう仕組みがもっともっと増えたら…」

――髙橋選手は今年大学3年生で、卒業までまだ2年ありますが、来シーズン(2022-23シーズン)の冬場はどうしたいと考えていますか?

髙橋:そこはまだわかりません。海外に挑戦できるなら、また挑戦したいという思いはあります。でも自分は日本体育大学というところも背負ってやっていますし、代表の活動に行かせていただいているのも、日体大のおかげなので、恩返しをしたいという思いはすごくあります。そこはこれからの話になってくると思うので、一番ベストなかたちを追求していきたいと思います。

――今シーズンは日本のVリーグでも、大学3年だった大塚達宣選手(早稲田大)やエバデダン・ラリー選手(筑波大)が、パナソニックパンサーズで活躍しました。内定選手以外の大学生が初めてV1の試合に出場し、学生にとって新たな選択肢が生まれています。学生の間にVリーグでプレーすることも髙橋選手の選択肢の一つになりますか?

髙橋:そうですね。自分の中でその選択肢もすごくあります。Vリーグがそうやって、大学生からでも(大学の)オフシーズンに活躍できる場をつくってくれるというのは、僕たちからしたらすごくうれしいことです。冬場のシーズンに、少しでも高いレベルでバレーボールができれば自分の強化になります。そういう仕組みがもっともっと増えたらすごくいいなと思います。

――その前に、6月にはネーションズリーグが開幕し、今年も代表シーズンが始まります。

髙橋:昨年はネーションズリーグや東京五輪、アジア選手権を経験したので、そこは自分の中で自信にして、次はチームを引っ張っていく立場になっていかないといけない。そこの責任も今年は背負ってやっていきたいなと思います。パリ五輪の出場権獲得に向けて、チームは一勝でも多くしていかないといけない。スタメンで出た時はもちろん、途中から出た時でも、チームの勝利に貢献する、自分の役割をしっかり果たすという意志を持って、一戦一戦本当に全力を出して、勝ちにいきたいと思っています。

<了>

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