レジでまごつく高齢者、これで解決 認知症でも安心して買い物できた スーパーやコンビニで導入進む「スローショッピング」

マイヤ滝沢店で女性ボランティアらが付き添って買い物する桜野順子さん(中央)。左は夫の正之さん=5月12日、岩手県滝沢市

 高齢者がレジでまごつき、後ろに並ぶ客がいらいらした表情で舌打ちする…。こんな光景を目にしたことはないだろうか。お金を自分で機械に入れるセルフ会計、何種類もあるポイントカードなど、スーパーやコンビニのレジは高度化している。会計の際に焦ってしまった経験は、高齢者に限らないはずだ。「ゆったりと安心してレジに向かいたい」。そんな希望に応える取り組みが出てきている。(共同通信=市川亨)

 ▽買い物で妻に笑顔、夫「ありがたい」

 盛岡市の隣、岩手県滝沢市にあるスーパー「マイヤ滝沢店」。車いすに乗った桜野順子さん(84)が来店すると、店の一角で待機していた女性ボランティアが笑顔で向かい入れた。1人が車いすを、もう1人は買い物カートを押して一緒に店内を回る。
 「豆腐は木綿でいいですか」
 「ありがとう」
 欲しい商品を渡されると、桜野さんの顔に笑みがこぼれる。最後に「ゆっくり会計」との表示がある「スローレジ」へ。時間はかかるが、手を借りながら桜野さんは自分でお金を出し、店員がゆっくり数えながらお釣りを渡した。

スーパー「マイヤ滝沢店」のスローレジ=5月12日、岩手県滝沢市

 この店が掲げる「スローショッピング」の様子だ。毎週木曜午後の1~2時間、スローレジを設置していて、高齢者だけでなく障害者や子ども連れなど、希望者は誰でも使うことができる。手間取って時間がかかっても、お互いさまなので焦る必要はない。
 手助けが必要な人には、地域のボランティアが希望に応じて付き添う。桜野さんは認知症が進行していて、手に取った商品をかごではなく自分のかばんに入れてしまうこともあり、レジでボランティアが声をかけて会計する。
 桜野さんにとって、自分で商品を選ぶ買い物は生活の中で楽しみの一つ。連れてきた夫の正之さん(74)は「妻の笑顔が見られるのは、私にとってもありがたい」と話す。

 ▽地元医師がスーパーの会長に直談判

 

高齢者向けに、床に大きな文字で分かりやすく書かれた案内表示=5月12日、岩手県滝沢市のマイヤ滝沢店

 店の工夫はスローレジだけではない。視線が下に向きがちな高齢者に合わせて、陳列棚の商品ジャンルを大きな字で床に表示。冷蔵庫のガラス扉の取っ手には、握力の弱い人でも開けやすいよう補助具を取り付けた。 

 買い物カートは、小さな文字を読めるようにした拡大鏡やフロアマップを取っ手の部分に取り付けたものを用意。買う物を書いたメモを置けるようにもなっている。
 店がこうした取り組みを始めたのは2019年。地元でクリニックを開く認知症専門医の紺野敏昭さん(73)が、スーパーの運営会社「マイヤ」の会長と社長に掛け合って実現した。

フロアマップや拡大鏡が取り付けられた買い物カート=5月12日、岩手県滝沢市のマイヤ滝沢店

 紺野さんは、買い物に行かなくなった認知症の患者から「レジで後ろの客にせかされた」「家族から『迷惑だから行かないで』と言われた」といった話を聞いていた。でも、本人は実は行きたがっている。何とかできないかという思いから、会社トップへの「直談判」に。話を聞いた会長らは「やりましょう」と二つ返事で応じた。
 

スローショッピングの実施を働きかけた紺野敏昭医師=5月12日、岩手県滝沢市

 紺野さんは「物を手に入れるという行為は生きる意欲につながる。特に、主婦だった女性にとって役割を奪われる喪失感は大きい。生きがいを取り戻すことで自信が付き、認知症の症状にも良い影響を与える」と効果を説く。
 買い物が終わった後は、ボランティアや介護・福祉関係機関の職員らと世間話をしたり悩みを相談できたりする時間も設けられていて、認知症の当事者や家族介護者が交流する場にもなっている。
 マイヤは、岩手県内でスーパーを20店近く展開。同様の取り組みは高田店が入る複合商業施設「アバッセたかた」(陸前高田市)でも行われている。他の店にも広げていく考えだ。

 ▽コンビニ女性店長が感じた「ほっとかれへん」という思い

 コンビニでスローショッピングを実施しているのが京都市の「セブン―イレブン京都山科百々町店」だ。18年前、夫婦で店を開いた店長の清水美奈子さん(60)は戸惑いの連続だった。買った食べ物を店のトイレで広げて食べる高齢女性、ATMからお金を引き出せず苦情を言ってくる男性…。いずれも認知症があることが分かった。
 入店拒否や警察への通報もできなくはない。だが、それでは根本的な解決にはならない。同じ地域に住む人たちで、日々顔を見かける。「ほっとかれへん」と清水さん。介護や福祉の関係機関と連絡を取り合い、店員と共に認知症サポーター養成講座を受けた。

認知症でなくても、手助けが必要な高齢の客には店員が付き添う=2021年11月、セブン―イレブン京都山科百々町店(同店提供)

 認知症と思われる客には店員が付き添い、繰り返し同じ物を買おうとした場合は、傷つけないように言葉をかけて棚に戻す。他の客を待たせないよう空きスペースへ誘導し、ハンディータイプのレジ機で会計する。 

 「セルフレジの使い方とか分からないことがあると不安になり、行動も落ち着かなくなる。『大丈夫よ』と何度も声をかける」と清水さん。不安にさせないことを一番に心がけている。

高齢者ら向けに導入したハンディータイプのレジ機を持つ清水美奈子店長=4月19日、京都市のセブンーイレブン京都山科百々町店

 客によっては買い物せずに30分ほど店員と話して帰ることもある。でも「非効率とは思わない。地域で商売する者として、お客さんが望む生活を続けられるようにしたい」と話す。

 ▽中四国や九州、福井でも

 類似の取り組みは他の地域でも見られる。中四国や九州でショッピングセンターなどを展開する「イズミ」(広島市)は64店でスローレジを実施。福井県民生協も昨年7月から全10店で「ゆっくりレジ」という名称で導入している。
 各地の先駆けとなったのは京都生協の「コープ宇治神明」(宇治市)。17年7月からレジ4台のうち1台を「ゆっくりレジ」として、平日の午前中に実施している。

 ▽取材を終えて

 スローショッピングは英国のスーパーが2016年に始めたのが発祥とされる。私はそれより前に英国で3年ほど暮らしたことがある。現地のスーパーで「えぇ?」と思ったのが、レジの前に行列ができているのに、店員が会計しながら客と世間話をしていたこと。でも、誰も文句を言わないし、そういうことは一度だけではなかった。
 日曜出勤の際、行きつけのチェーンのカフェに寄ったら、顔なじみの店員が「日曜も仕事しなきゃいけないあなたに、これは私のおごり」と、無料でコーヒーを渡してくれたこともあった。「いやいや、あなたはたぶん単なるバイトだよね…」と苦笑したが、人間味が感じられた。
 いいかげんさに腹が立つこともあった英国のサービス。でも、それがスローショッピングを生んだともいえる。日本の接客業はマニュアルに縛られていて、もう少しゆとりが店員にも客にもあっていいと思う。

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