日本三大車窓「姨捨」でスイッチバックと棚田を撮影

 【汐留鉄道俱楽部】「日本三大〇〇」は数知れないが、「日本三大車窓」を言える人は鉄道ファンでも多くはないかもしれない。そのうちの一つ、長野県千曲市のJR篠ノ井線、姨捨(おばすて)駅を訪ねて有名なスイッチバックと棚田にカメラを向けた。

 長野行きの普通列車で松本を出発。全長2656メートルの冠着(かむりき)トンネルを抜けると、車窓右手の木々の間から大パノラマが見え始めた。急勾配を下って来た列車は本線から離れ、海抜547メートルにある行き止まりの姨捨駅へと続く線路に入る。急勾配での発車が難しい蒸気機関車(SL)の時代には、本線から分岐する平たんな線路を敷いて駅を設置した。姨捨駅にも、1970年にSLが廃止されるまでは給水設備があったという。

左上が姨捨駅に停車中の普通列車。右下が本線を通過する「しなの」。本線寄り(松本方面)のホームの列車を絡めた方が2本の列車が近づくが、ピンぼけで撃沈した。

 私一人を下ろした2両編成の列車は、進行方向を変えて出発。運転士は、後ろになった車両の運転席から注意深く「前方」を確認しながらゆっくり進む。そのまま本線には戻らず、いったん引き上げ線に入って停車。ここで再び運転士のいる車両が前となり、本線に戻って山を下りてゆく。これがスイッチバックの一連の流れ。見ていてなかなか楽しかった。長野方面から来る普通列車は、まず引き上げ線に入ってからバックして駅へ。ちなみに姨捨に停車しない特急「しなの」は、スイッチバックをせずに本線の急坂をスイスイと上り下りしていた。

 さて、駅のホームから眼下に雄大な景色を望む。北信濃の山々を背景に、千曲川が流れる長野盆地(善光寺平と呼ばれる)があり、手前の斜面にはさまざまな形の小さな田んぼ(棚田)が階段状に広がっている。美観を構成する要素がてんこ盛りで、古くから三大車窓に数えられているのもうなずける。

 スイッチバックの撮影の前に、棚田へ足を伸ばした。千曲市のホームページによると「75ヘクタールに約1800枚」。99年には全国の棚田で初めて国の名勝となり、「棚田百選」にも選定された。2010年には農耕地で初めて重要文化的景観の指定を受けている。さらに20年には、棚田の水に映る月景色「田毎(たごと)の月」が、日本遺産に認定。そんな極め付きの絶景だけに、ネット上には四季おりおりの棚田を撮影した素晴らしい写真があふれている。私も1時間半歩き回って100枚ほど撮影したが、雨模様で田んぼの水がかなり濁っていたこともあって、納得のいく写真は撮れなかった。

田植え直前の棚田と、その先に広がる善光寺平。アクセントに木を配置してみましたが…。

 気を取り直して姨捨駅に戻り、スイッチバックを動画ではなく、1枚の写真でどう表現するかを考えた。ホームより一段低い所に本線が通っているので、駅に停車中の列車と本線を走行する列車を絡めることはできそうだが、それでは当たり前すぎて物足りない。本線と引き上げ線が分岐する場所にも行ってみたが、単にポイントが入り組んでいるところを走る列車の写真になってしまった。窓から顔を出して振り向くような体勢の運転士や、先頭車両の運転席が〝無人〟で走っている列車など、いろいろ撮影してはみたが、どれもピンとこない。だんだんと暗くなってきた。結局、長野行きの普通列車がホームに停車中に、松本方面に向かう「しなの」が本線を走り抜ける定番写真でお茶を濁し、天気が悪く「田毎の月」は見られそうもないので午後6時すぎに姨捨駅を後にした。

 ところで三大車窓のあと二つは、JR根室本線(北海道)の狩勝峠越えと、JR肥薩線(熊本県)の矢岳越え。前者は国鉄時代の1966年に新線に切り替わって廃止され、後者は2020年の豪雨で被災して現在も不通区間となっている。つまり、今行ける三大車窓は姨捨だけ。いずれにせよ、肥薩線が復旧してもまだ一つ足りない。みなさんの〝新〟日本三大車窓候補はどこの駅、路線ですか。  

☆共同通信・藤戸浩一 姨捨の訪問は1泊2日の長野旅行の一コマ。5月26日に特急「あずさ」で新宿から松本入りし、アルピコ交通上高地線、松本城、姨捨駅を訪れて長野泊。27日は御開帳中の善光寺、長野電鉄、上田電鉄別所線と回って北陸新幹線の「はくたか」で帰京。今さらですがW7系に初乗車となりました。人のいないところではマスクを外し、久しぶりに旅行気分を味わいました。

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