裁判長も同情、妊娠したベトナム人技能実習生に冷たかった日本 借金抱え、受診も断られ、企業と監理団体は「気付かなかった」

スオン・ティ・ボット被告が住んでいた社員寮=5月、広島県東広島市

 2020年11月、広島県東広島市の住宅で、庭に埋められた乳児の遺体が見つかった。死体遺棄容疑で逮捕されたのは技能実習生のベトナム人女性。自室のある社員寮で女児を産んだ後、必要な保護をしなかったために死亡させ、遺体を敷地内の土中に埋めたと判決で認定された。
 技能実習中の女性がひそかに妊娠・出産し、同様の罪に問われるケースが相次いでいる。「妊娠したら帰国させられる」と、実習生の間で信じられているためだ。制度上、妊娠・出産による不利益な扱いは禁じられているが、十分な相談体制もなく、必要な情報を得ていない実習生には分からない。多くは日本語が不自由で、地域との交流もなく孤立していることが、悲劇が繰り返される原因となっている。
 広島のベトナム人女性スオン・ティ・ボット被告(27)には逮捕後、判決までに広島拘置所で同僚記者と合わせて計8回接見し、彼女が置かれていた状況を詳しく聞いた。浮かび上がったのは、実習生を「安価な労働力」としか見ず、一人の人間として扱わない日本社会の冷たさだった。(共同通信=重冨文紀)

 ▽家計を支えるため、日本へ

 最初に接見した際、長い髪と丸いメガネがよく似合い、恥ずかしがりながらも時折見せる笑顔が印象に残った。

接見した広島拘置所=5月

 ベトナム北部バクザン省出身。農家を営む両親と兄、離婚した夫との間に生まれた娘が1人いる。衣類製造工場で働いていたが、家計を支えるため、約2年半前に来日し、東広島市の農業関連会社「ベジスタイル」で働いた。
 会社によると、勤務態度はまじめで大きなトラブルもなかった。日本語はベトナムの送り出し機関で半年間学んだが、簡単なあいさつができる程度で、日本人社員との会話は多くなかった。

 ▽病院に受診を断られ、中絶できず

 同じ実習生のベトナム人男性と交際関係になり、20年3月に体の異変に気付いて広島市内のクリニックを受診。妊娠が分かった。「私が堕ろしたいと言ったら、お医者さんは病院を紹介してくれた」。ただ、交際相手は妊娠を知ると一方的に連絡を絶った。
 約1週間後、紹介された東広島市の病院を1人で訪れた。しかし言葉が通じないのを理由に受診を拒否され、中絶できなかった。おなかが大きくなるにつれ、赤ちゃんの状況を心配して出産の約1カ月前、同じ病院を訪れた。
 公判での供述によると、今度は健康保険証を提出し、スマートフォンの翻訳アプリを使って問診票も書いたが、病院側は「通訳人の同行がない」として再び受診を拒んだ。
 記者がこの病院に事実関係を尋ねてみたところ「受診しておらず記録がないため、来たかどうか確認できない」とコメントした。

 ▽口にテープを貼り、庭に埋めた

 おなかが大きい状態で働くのは苦しかったが、妊娠のことは会社や監理団体、家族にさえも打ち明けられなかった。「知られると帰国させられると思っていた」。もともと、日本に相談できるような人もいない。
 20年11月11日、体調不良を訴えて仕事を早退。自室で産気づき、廊下で赤ちゃんを出産した。妊娠を隠し続けてきたため、「人に泣き声を聞かれるのが怖かった」。泣きやまない赤ちゃんの口にテープを貼った。
 出血がひどく、自分の体に付いた血をシャワーで洗い流して戻ってくると、赤ちゃんは動かなくなっていた。遺体を部屋にあった段ボールに入れ、庭に穴を掘って埋めた。ベトナムは土葬を習慣とする国。赤ちゃんを埋葬し、弔う気持ちだった。一方で人に見られてはいけないという焦りも。「怖かったのに誰も頼れなかった」
 翌日、罪の意識から会社の社長に全てを打ち明けた。社員が庭を掘り起こし、警察に通報。到着した署員が遺体を確認して発覚した。

 ▽打ち明けられなかった妊娠

 彼女は妊娠が判明した際、赤ちゃんを産んでベトナムに帰ることも考えたが、来日するために母国の送り出し機関に約150万円の借金があり、「働かざるをえなかった」。当時の月給は約11万円。大半は母国の両親に仕送りし、自分の1カ月の生活費は2万5千円ほどだった。
 公判で証人として現状を述べた広島文教大学の岩下康子准教授によると、ベトナム人実習生のほとんどが100万円前後の借金を抱えて来日している。

岩下准教授が公判の証言で使用したプレゼンテーション資料

 「妊娠したら帰国させられる」という言い分も決して的外れではない。岩下准教授は「実際、実習生が出産後に復帰するのは難しい状況にある」と説明した。
 技能実習適正化法や男女雇用機会均等法は、妊娠や出産を理由として実習生に不利益な扱いをしないよう定めており、制度上、希望すれば出産後に実習を再開できる。しかし、厚生労働省によると17年11月~20年12月、妊娠によって実習を中断した637人のうち、実際に再開が確認できたのはわずか11人。制度を知らず、帰国に追い込まれる実習生が多い。

 ▽おなかが大きくても「気付かなかった」

 公判で証拠とされた供述調書によると、ベジスタイルの社長は事件の約1カ月前、「おなかが大きくなっている」と社員から報告を受けていた。しかし、社長を取材すると、「働きに日本に来ていると思っていたので、妊娠していたなんて考えるわけがない」と述べた。
 月に1回面談していた監理団体「もみじ協同組合」の職員も妊娠に「気付かなかった」と公判で述べた。「もっと細かく聞けば良かったが、普段の実習もまじめで問題ないと思っていた」

広島地裁=5月

 公判の最後、裁判長から「何か言っておきたいことはないか」と尋ねられたボット被告は「赤ちゃんはニーちゃんという名前で呼びます。ニーちゃんごめんなさい。どうかお母さんを許してください」と涙を流した。「ニー」は「かわいい、優しい」という意味という。

 ▽「管理団体や企業は孤立出産を防げた」

 最後の接見は判決を1週間後に控えた5月24日。記者は「私たちはどうすればあなたと赤ちゃんを助けられたか」と尋ねてみた。彼女はか細い声でこう語った。「隠してしまったけど、助けてほしかった。苦しかったことに気付いてほしかった」
 逮捕直後の段階では、日本で再び働く意欲もあったが、今はベトナムに帰国し、できれば給料の高いコンピューター製造会社で働きたいという。拘置所で約1年半過ごした結果、「ただただ疲れてしまった」と、うつろな表情を見せた。 

 5月31日、三村三緒裁判長は懲役3年、執行猶予4年の判決を言い渡した。検察側が懲役4年を求刑し、弁護側は執行猶予付き判決を求めていた点を考えると、判決は彼女の事情を酌んだと言えそうだ。
 判決理由の中で三村裁判長は「妊娠したら帰国、といううわさを信じても仕方ない実態がある」と理解を示した。その上で「社会的に孤立した状態で同情でき、被告のみの責任とするのは酷」「監理団体や企業が被告にもっと関心を寄せ、コミュニケーションを取ることができていれば、孤立した出産を迎えることは防げた」と指摘した。

判決当日の法廷=5月31日、広島地裁

 ▽一人の生活者として迎えて

 外国人の人権問題に詳しい高橋済弁護士は、技能実習生が孤立を深める根底に、制度自体の問題があると見ている。「言語や文化が異なる外国人を特定の地域に住み込ませており、他のコミュニティーとの関係が取りづらい実態がある」
 企業や監理団体だけでなく、自治体や各地の支援団体など、地域社会が積極的に関与することができれば、異変やトラブルに気づくことも可能になると指摘した。
 大切なのは、受け入れる側が単純に「労働力」と捉えるのではなく、こんな感覚を持つこととも強調。「来るのは同じ人間で、移動の自由もあるし恋愛もする。支援が必要な一人の生活者として迎えなければならない」。これまでも同様の事件が報じられるたびに、「出稼ぎにきて勝手に妊娠した方が悪い」など、心ない反応が少なからずあった。
 高橋弁護士はほかにも制度の問題点として「母国への『技術移転』と称して数年で帰国する前提で外国人を呼び込み、妊娠や転職などの例外を制限する仕組み」を挙げ、早期の制度改革が必要だと話した。

 ▽判決翌日の帰国

 判決後、接見を重ねてきた支援団体「スクラムユニオン・ひろしま」は、面会を求め、彼女を保護していた監理団体に問い合わせたが、担当者に「彼女の意向で会えない」と断られた。翌日、帰国したという。公判で証言した岩下准教授は「監理団体が彼女を囲い込んで周囲と遮断し、急いで帰国させた」と批判した。記者も最後に取材への感謝と別れを伝えたかったが、彼女の帰国を知らされたのは帰国の翌日だった。

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