【読書亡羊】「笑顔が多い政治家はこの人!」「『日曜討論』はガチ」木下健、オフェル・フェルドマン『政治家のレトリック』(勁草書房) その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする週末書評!

テレビで「幸せな表情」を見せた政治家とは?

「笑顔が印象的な政治家」と聞いて、菅義偉前総理を真っ先に思い浮かべる人はそう多くないかもしれない。「鉄壁のガースー」と称された官房長官時代はもちろん、総理になってからも、コロナ禍だったこともあり、会見で笑顔を見せられる状況ではなかったのはその通りだろう。

だが、テレビ番組出演時などの政治家のレトリックや表情を分析した『政治家のレトリック――言葉と表情が示す心理』(勁草書房)によると、サンプルに制限があるという前提はあるものの〈菅はほかの政治家よりも幸せな表情を示すことが多〉かったのだという。

幸せな表情というのはつまり微笑みのことで、菅前総理の場合、「その場を和ませ、緊張を和らげるための表情」を、他の調査対象よりも多く見せていたというのだ。

「幸せな表情」、つまり微笑みや笑顔というのは基本的にはポジティブな表情である。間もなくやってくる参院選のポスターも、おそらく候補者の半分くらいが微笑んでいるか、口角の上がった笑顔のものを使うに違いない。ところが本書で引用されている研究によると、「笑顔であれば常に票につながる」わけでもないという。

選挙キャンペーンのポスターで笑顔指数が高い候補は支持が集まるが、投票率が一定より高い場合は笑顔の効果が消えるだけでなく、マイナスの効果になる。

なぜこうなるかについての言及はないが、投票率が高いということは国民が政治に危機感を持っていることの証左であり、ゆえに「笑ってる場合じゃないだろう」とマイナスの効果を生むのかもしれない。

メンツを守ろうとする政治家たち

本書は福岡工業大学社会環境学部の木下健准教授と、同志社大学政策学部のオフェル・フェルドマン教授の共著。政治家が戦略的に「どっちつかず」の回答を行っていることを指摘した前著の『政治家はなぜ質問に答えないか――インタビューの心理分析』(勁草書房)も面白かったが、今回はさらに数値化しにくい表情にも踏み込んで、政治家の話しぶりを分析している。

政治家にとって、インタビューの機会は自分の考えを視聴者、つまり有権者に届ける機会であると同時に、受け答えに失敗すれば社会的信用を失墜させる危険性と隣り合わせでもある。本書ではこれを「フェイスへの脅威」と呼び、いかに政治家がインタビュー時に自分の「メンツ」を守ろうとしているかを分析している。

そのためにBSフジ「プライムニュース」の反町理キャスターや、BS朝日「激論クロスファイア」の田原総一朗キャスターと政治家のやり取りが文字起こしされているが、「ツッコミが鋭い」印象の二人でも、実はそれほど厳しいツッコミはしておらず、むしろ全体を通じて〈比較的友好的で穏やかなコミュニケーションスタイル〉で接しているという。

もちろん質問によっては厳しいものもないではないが、政治家はするりとそうした質問を潜り抜け、あいまいな答えをすることで自身のメンツを保とうとする。「きちんと答えなければ次の質問でさらなるツッコミが待っている」のだが、こうした点で最も政治家にとって脅威の度合いが強い番組はNHK「日曜討論」だったと指摘されている。

実際、「日曜討論」に出演した国際政治学者の方々が、こんな会話を交わしている。

鈴木一人「日曜討論はガチで台本がありません。その場の瞬発力で一分以内に話をまとめるという無理ゲーです」
小泉悠「何の話を振られるかさえ教えてもらえないですからね」
東野篤子「かつては日曜討論に台本があった時代もあったのですかね。実際には台本なしで、『だいたいこんな内容で』という簡単な箇条書き3点ぐらいを書いた紙を直前にもらうだけですね。話す順番もわかりませんし」

インタビュアーと一対一ではなく、司会者だけでなく同席した専門家や政治家からの質問も飛んでくる可能性のある「日曜討論」こそ、最も政治家の「地力」をうかがえる番組かもしれない。

「ターミネーター」と握手をしたら……

章の合間に掲載されている「コラム」も見逃せない。特に、選挙運動についてのコラムは、参院選をまもなく迎える日本の有権者はもちろん、政治家も参考にした方がいい内容だ。

特に面白いのは「死んだ魚の握手」と題する「コラム2」。政治家が有権者と交わす握手の種類を6つのタイプに分析。

だらっとした生気のない手を出される「死んだ魚のような握手」だと、相手は否定的なイメージを持たざるを得ないが、かといって「ポンプ型」と言われる握った手をブンブンと上げ下げするような力強い握手も、これはこれで相手に不安を与えるという。

筆者がこれまで政治家と交わした握手で印象的だったのは立憲民主党の馬淵澄夫議員だった。

「ターミネーター」と言われるほど体を鍛えていることで有名なだけあって、瞬間的に「グッ」とつかむその腕力の強さは他の追随を許さず、今も「馬淵議員の握手は他とは違った」という感覚が残っているほどだ。これはこのコラムの分類によると「適切な握手」に入る。

適切な握手タイプとは…会いたいと思う人のところに歩みより、しっかりと目と目を合わせ、手を伸ばす。そして熱意を込めて、硬く、手と手を合わせて握手をする。

適切な握手は信じられないほど好意的な印象を与える。知識が豊かで、社交性に優れ、リーダーシップの能力があると思われる。優れた握手は人間の魅力と自信を示す、不可欠なコミュニケーションである。

「握手したくらいで、その人に投票しようと思うだろうか」という疑問もあるが、コラムによれば〈握手は触感的で個人的な接触であるため、さほど強い党派心や問題意識を持っていない有権者(無党派層)はこうした簡単な接触で判断してしまいがちとなる〉。

まもなく参院選、多くの候補が街に繰り出し有権者と接近する機会を持つ。有権者としては、候補者たちの表情やレトリックに気を払うのはもちろん、握手する手が「死んだ魚」や「ポンプ型」になっていないか、実際に確かめてみるのもいいかもしれない。

梶原麻衣子 | Hanadaプラス

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