「医療ひっ迫だから飲食店を時短する?ロジックが分からない」「まん延防止」を絶対要請しなかった知事が貫いた独自理論(前編) 

インタビューに答える荒井正吾奈良県知事=5月9日、奈良県庁

 新型コロナウイルス感染拡大の抑制策「まん延防止等重点措置」、通称「まん防」の初適用から1年が経過した。直近1週間の人口10万人当たりの感染者数が東京や大阪に次いで多い時期があったにもかかわらず、絶対に政府に適用を要請しなかった知事がいる。奈良県の荒井正吾知事(77)だ。県内の市長や医療関係者から要請を促されても、どこ吹く風。「効果がない」と公然と政府を批判する姿は、懐疑論を唱えるほかの知事よりも強硬だ。一体、なぜそこまでかたくななのか。背景を探ると、なるほどと思わずにいられない独自の理論があった。(共同通信=酒井由人)

 ▽頑固一徹

 奈良県大和郡山市出身の荒井氏は、東大卒業後に旧運輸省(国土交通省)に入省し、海上保安庁長官などを歴任後、自民党の参院議員を1期務めた。2007年の知事選で初当選し、現在4期目のベテランだ。二階俊博元幹事長とも「じっこんの仲」(中堅議員)とされ、中央省庁にもパイプを持つ。
 荒井氏の頑固ぶりを示すエピソードがある。2010年12月、近畿周辺の府県でつくる関西広域連合が発足した際、荒井氏は「組織として屋上屋を架すことになる」として不参加の道を選んだ。近隣府県の知事らが参加を促す秋波を送るもなびくことはなく、道州制導入まで見越した当時の橋下徹大阪府知事とは応酬を繰り広げた。

 最終的には2015年4月の知事選で3選を果たした後、参加を決めた。ただ、周囲の声に流されず信念を貫く姿は、コロナ対応と重なる。

 ▽旧日本軍の戦い方

 荒井氏は、新型コロナの感染が拡大した都道府県知事がそろって「まん防」を政府に要請した動きを「旧日本軍の戦い方」にたとえて鼻で笑った。記者会見での説明はこうだ。

新型コロナウイルス対策本部会議後、記者会見する奈良県の荒井正吾知事=2021年4月27日

 「近隣府県と同じことをしないのかと聞かれるが、全ての部隊が同じ戦法を用いることに、どのような意味があるのか。先の大戦の反省からすると、みんな同じ戦い方をしたのだからと言ってしまえば、責任の所在が分からなくなる。効果がないことはしたくない」
 ここで荒井氏が問いかけているのは、「まん防」に果たして効果があるのか、という一点だ。荒井氏は続ける。「まん延防止措置の適用実績を見ると、奈良県では効果が証明されないと思っておりますので、国に要望はいたしません」

 ▽時短要請は効果なし

 

大阪・ミナミを歩くマスク姿の人たち。新型コロナウイルス感染拡大を受け、政府は大阪府に「まん延防止等重点措置」を適用することを決定した=2021年4月1日午後

 どういうことか。そもそも奈良県は、隣接する大阪府や京都府などに通勤、通学する県民が多い。県北西部の生駒市であれば、電車で20分ほどで大阪・ミナミの繁華街がある難波まで出られるなど、利便性が高く、生活圏は大阪にある。

 県の疫学調査は、そうした事情に着目した。新型コロナに感染した県外在住者からうつされた人を1次感染、感染した県民からうつされた人を2次感染などと分類。流行「第5波」の昨年7~9月で、感染経路が判明した3352人を調べると、1次感染は509人で、うち最多の56%を占める286人が、大阪府に行ったり大阪府民と会ったりしたことで感染した「大阪関連」だった。感染者全体に占める割合としては決して多くないが、大阪関連を含めた1次感染の人が県内にウイルスを持ち込むことで感染拡大を招いていると県は考えている。

県の資料で示された「第5波」での一次感染、二次感染の集計結果。一次感染では「大阪関連」が約半数を占めている

 さらに、「まん防」の措置内容を見てみると、飲食店への営業時間短縮要請が柱となっている。そのため、飲食店が密集する繁華街を抱える都市向けの対策とも言える。奈良県は、東大寺や法隆寺といった名所を抱える観光立県でありながら大きな繁華街がない。だから、時短要請をしても、効果がない―というわけだ。
 実際、県独自の「緊急対処措置」を取った昨年4~6月に、時短要請に踏み切った奈良市など9市町と時短要請をしなかった30市町村を比較すると、9市町で平均の新規感染者数の減少率は84・2%だったのに対し、30市町村は76・4%と明確な差は見られなかった。

県の資料で示された県内での時短要請の検証結果

 こうして(1)大阪府に通う「奈良府民」の多さ(2)繁華街が少なく、時短要請の効果が不明確―の二つの要素が相まって「まん防は効果が無い」との結論が導かれた。荒井氏は「医療が逼迫するから飲食店を時短する。このロジックが分からない」と政府の対策を懐疑的に見ていた。

 ▽数字の意味

 医療界や県内の自治体から荒井氏への風当たりは強かった。昨年は、奈良市の仲川げん市長を始めとした首長らが、県に「まん防」や緊急事態宣言の適用を求める要望書を何度も提出した。宣言などが出ていた大阪、兵庫、京都の3府県と足並みをそろえた対応を求めるもので、「やれることはやってほしい」と口をそろえて訴えた。だが、荒井氏が動じる様子を見せることはなかった。仲川市長が「開かない扉に体当たりしても、らちがあかない」とぼやくほどだ。
 荒井氏には、政府がエビデンス(科学的根拠)に基づいた対策をしていないのではないか、という問題意識がある。
 奈良県の1日ごとの新規感染者数は、大阪府の新規感染者数のおおむね10分の1のスケールで推移してきた。大阪府で緊急事態宣言やまん防が出されても傾向は変わらず、感染拡大の波も大阪府と連動した。なぜ政府の措置が適用されていない奈良県の感染傾向が、大阪府と同じになるのか―。その答えが政府から出されないまま、飲食店に営業制限を課す措置が繰り返された。

県の資料で示された大阪府と奈良県の新規感染者数の推移。大阪府の数字を10分の1のスケールにすると、奈良県と大阪府の折れ線グラフがおおむね一致する

 荒井氏は声を荒らげる。
 「まん延防止措置や緊急事態宣言をするのだという空気になじめ、と言うのは、負け戦につながると強く思っています」(昨年8月25日)
 「効果があれば世界中に宣伝すればいいと思います。効果がなかったのが事実であり、それに追随する気はありません」(今年1月19日)
 新型コロナはオミクロン株の流行で、感染者数が爆発的に増加した。自宅療養者が増え、社会機能の維持にも懸念が出た。それでも、政府は緊急事態宣言やまん防の適用基準を、人口10万人当たりの新規感染者数や病床使用率などを目安として対応してきた。
 「数字の意味を分析していない情報は、インフォメーションではない」という荒井氏の言葉は、「頑固で風変わりな知事の放言」とは片付けられない重みがあるように感じられてならない。

 後編はこちら(荒井知事へのインタビュー詳報)
https://nordot.app/905398131768770560?c=39546741839462401

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